第九幕 13 『授業風景』

 入学式の翌日からは、早速授業が行われる。

 初回と言うこともあり、先生との顔合わせ、授業の進め方、基礎の確認、と言ったところだ。




 そして本日一番気になる授業が…


「1年1組の皆さん、こんにちは。私は魔法学の授業を担当するリーゼと申します。よろしくお願いしますね」


 そう、リーゼさん…いや、リーゼ先生の魔法学の授業だ。

 入学式では驚いたよ。


 と言うか、この人も年齢不祥だよな…

 見た目からは私よりちょっと上くらいかな、って思ってたんだけど。

 下手したらルシェーラの方が大人っぽい雰囲気に見えたりする。

 でも、学院卒業してからも冒険者としてもそれなりに活動してたんだし…もっと歳上なのかも。




「え〜と、私の自己紹介しますと……出身はブレーゼン領です。小さい頃から魔法が好きで…それが高じてアスティカント学院の魔法科に入りました。見た目は頼りなく見えるかもしれませんが、魔法の知識に関しては自信を持ってますので、その点はご安心ください」



「せんせ〜!質問良いですか〜!?」


 リーゼ先生が自己紹介したあと、お調子者っぽい男子生徒が手を上げて言う。


「あ、はい。いいですよ」


「せんせ〜って、お幾つなんですか?」


 おっと、なんてタイムリーな。

 それは私も気になったところだ。

 でも、レディに歳を聞くってのはど〜なのよ?


「ふふふ…ヒミツです」


 むむむ、秘密かぁ…

 じゃあ、あとで個人的に質問しよっと。




 あとは、「恋人はいますか?」とか「スリーサイズは!?」とか…私にしたのと同じような質問が。


 だからお前ら…それはセクハラだから!!


 リーゼ先生は可愛いし、もと【おとこ】の記憶を持つ身としては、気持ちは分からんでもないが……どうもウチのクラスの男子バカ共には、鉄拳制裁きょういくが必要みたい。

 

 まあ、当の本人は特に気にした風もなく軽くあしらってるのだけど。

 これがオトナのよゆーってやつなのだろうか?








「はい、それじゃあ質問はこれくらいにして、そろそろ授業を始めましょうか」


 最後の「俺と付き合ってください!」と言う勇者バカの質問(?)をまるっと無視して、いよいよ授業が始まる。




「さて、この授業は必修の魔法学基礎と言う事ですが…皆さんの中には今時点で魔法を扱うことが出来ない方もいらっしゃるかと思います」


 ルシェーラがコクコクと頷いてる。


「そのような方でも、基礎的な知識を身につけることで扱えるようになるかも知れませんし、そうでなくても知識を身につけることに損はありません」


 基本的に魔法の資質の有無と言うのは、それを扱うための器官…『魔核』の機能の優劣に因るところが大きいと言われている。

 しかし、魔法を扱えるだけの魔核を有していたとしても、実際に魔法を使うためには魔力制御の技術や魔法語の理解なども必要になる。


 逆に、魔法を使わない人でも優れた魔核を持つ人もいて、そういう人は見た目によらず身体能力に優れているなど、魔力が肉体に影響を及ぼすことも知られている。

 ルシェーラはまさにこの典型だと思うので、魔力制御や正しい知識を勉強すれば魔法を使えるようになる可能性は高いと思う。

 …それも得手不得手がある訳で、既に不得手と判断してるのかもしれないけど。


 でも、ティダ兄も使えるようになったし、望みはあるはず。

 アネッサ姉さんによると『愛の力』らしいが。





「逆に、魔法の扱いに慣れて…それこそ私などより優れた魔法を実践できる人もいるかと思います」


 と、私を見ながら言う。

 いや、ウチのクラスには私よりも魔法チートがいますよ〜。


「そのような人も、独学で勉強されてたりすると意外と基礎が抜けていることもありますので、復習も兼ねて授業を受けて頂ければ…と、思います」



 まー要するに、「あんたたち真面目に授業受けなさいよ!」って事だね!




「では、魔法の基礎的な知識について確認していきましょうか。皆さんがどれだけ基礎を押さえているかも確認したいので、こちらから質問させてもらいますね」


 そう言ってリーゼ先生は私達を見渡してから、魔法の基礎に関する話を始めた。



「まず、『魔法の資質』とは何か?…というところですが、誰か説明できる人はいますか?」


 この問に、多くの手が上がる。

 流石は学園生…その中でも入試成績上位者が集まってるだけはある。

 積極的に答えようとする姿勢も中々のものだ。

 もちろん私も手を上げてるよ。



「…では、そこのあなた」


「はい!魔法の資質…それは妄想力の有無です!飽くなき妄想イメージの力こそが魔法に必要なのです!」


 ……前言撤回。

 ただのお調子者もいるよ。

 と言うかこいつ、セクハラ質問してたヤツだよ。

 私にもリーゼ先生にも。

 やっぱり一度シメておかねばなるまい。



「う〜ん……確かに魔法の発動プロセスにおいて、引き起こす事象の確たるイメージがあれば、ある程度の効果向上が期待できる…と言う説もありますが、それは実証されてませんし、仮に効果があるとしても微々たるものだと言われてますね」


 へえ……あながち間違ってるってわけでもないんだ。


「他の方はどうでしょうか……では、カティアさん」


 あ、私か。

 魔法の資質についてはさっき考えていたことだ。


「はい、魔法の資質に最も大きく寄与する要因は、魔核の優劣だと言われています。これを裏付ける証拠とされている実例や実験結果は多数あり、もっとも有力な説…まず確実であるとされています」


「はい、その通りですね。更に言えば…魔核の優劣というのは生来の資質、先天的なものと言うのが一般的な考えだったのですが、近年では後天的に鍛えることも出来るのではないか?という説も出てきており、研究テーマになっていますね」


 歴史上、国によっては魔法の資質の有無によって差別が行われたこともあるという。

 近年ではそんな話は聞かないけど、後天的に資質を伸ばせるのであれば、そんな差別が行われる心配もなくなるかもしれないね。

 


「では次に…魔法発動における詠唱が果たす役割について…」


 再び手が上がる。



「…ではルシェーラさん」


「はい、詠唱というのは、魔法の発動に必要な魔素…いえ、術者の制御下にある場合は魔力でしたわね…その魔力の制御を補助するためのものです」


 魔法の資質が無いと言ってるけど、要点はちゃんと押さえてるね。



「そうですね。では、その原理についての説明は出来ますか?」


「ええと…すみません、そこまでは分かりませんわ」


 あぁ…その辺になると、基礎とは言っても専門的に学んでいなければ分からないと思う。



「謝る必要はありませんよ。分からないことを学ぶための授業なんですから。…そうですね、ではレティシアさん、どうでしょう?」



「あ、ハイ。えーと…先ず、魔力制御の中核を担うのが魔核であることは言うまでもありませんが、一説によれば、この魔核と脳内の発声を司る領域が近傍にあることによって、ある特定の発声が魔力制御に一定の方向性を与えると考えられています。しかしながら、この説を実験的手段によってこれを証明することは、人道的な見地から言っても不可能であるとされてきました。ですが、発声が具体的に魔力制御にどう影響するのか…という検証を一つ一つ地道に積み重ねていくことで、現在ではその説が確実視できるほどに有力であると言われています。この検証の積み重ねは、発声と魔力制御の関係性に意味を見出し『魔法語』として言語化されるに至りました。この魔法語の編纂の歴史こそが近代魔法学の歴史であるといっても過言ではないでしょう」


 …セリフ長っ!!


「素晴らしい回答です!よく勉強されてますね。そこまで理解されてるのであれば……資質があるにも関わらず魔法を扱うことが出来ない人が少なからずいることの理由の一つについては説明できますか?」


 まだ続くのね…



「はい。魔法語というのはただ発声するだけで魔力の制御や魔法発動が行えるものではありません。魔核の魔力を励起させながら発声させる必要があります。故に、魔法の資質を有していても、この魔核の励起ができなければ魔法を扱うことができません。この魔核の励起と言うのは、感覚的に出来るようになる人もいますし、特定の修練によって出来るようになる人もいますが、万人が習得できるような画一的なプロセスというのは今のところ見つかってません……が、さきに話に出た『イメージ』と言うのが鍵になるという研究もあります」


「え?そうなんですか?それは初めて聞きました」


「あ、ウチの蔵書の古い文献にそういうものがありまして…ただ、研究者が道半ばで没してしまったらしく、個人での研究だから後を引き継ぐ者もなく…ということらしいです」


「それは勿体ないですね…学園や学院であれば引き継いで研究する者も現れるかもしれませんね…」


「そうですね、学園に寄贈するように伝えておきます。…それで、魔法を扱えない理由の続きなんですけど」


 え…まだ終わらないの?



「魔法語は魔力制御の方向性をある程度決定付けるものではありますが、人種などの様々な要因によって、同じ魔法語を発しても効果を発揮させる事ができない人が一定数存在するというのも理由の一つです。あとは、たとえ魔法が使えない人でも、無意識、あるいは意識的に魔力を体内循環させて身体強化する人もいます。ルシェーラちゃんなんかは、この典型例ですかね」


 突然名前が出てきたルシェーラが、「え?私?」みたいなキョトンとした表情をしている。





 その後もリーゼ先生とレティの魔法談義が続いたのだが…流石に途中で止めたよ。

 ためになる話だとは思うけど、それだけで授業が終わってしまいそうな勢いだったからね…



 しかし、レティも結構な魔法オタクだよ。

 この二人に燃料を投下しちゃ駄目だというのがよく分かった。

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