第九幕 11 『二人の歌姫』

 合唱クラブの見学にて。

 クラリス先輩に促されて、新入生たちも歌うことになった。


 いきなり合唱で合わせることなど、もちろん出来ないので一人ずつ歌う。



 レティたちはパスとか言ってる。


「いや〜、プロの前で歌うのはハードル高いっしょ」


 とはレティの弁だ。

 そんなこと気にしなくても…皆の歌も聞きたかったのに。


 ……特にステラが気になるのだけど、「絶対にイヤです」だって。

 珍しく強い口調で真顔で主張してたので、よっぽど嫌なのだろう。

 シフィルがこっそり耳打ちしてくれたのだけど、別に本人が言うほど音痴ではないが、人前で歌うのが恥ずかしくて極端に嫌がるとのこと。







 と言う訳で、私の以外に歌うのは、私達と一緒に見学していた他の新入生数人だけだ。

 ここに見学に来てるくらいだから、みんな歌うのは好きなんだろう。



 一人ずつ歌を披露する。

 流石にみんな上手だ。

 それに、みんな楽しそうで…歌うことが好き、って言う気持ちが伝わってくる。


 しばし観客になってその歌声に聞き惚れる。










 そして、その娘の歌う番がやって来た。


 金色に近い茶色の長い髪を、綺麗に結い上げて一纏めして後ろに下ろしている。

 ややたれ気味で優しそうな雰囲気の大きな瞳は黒曜石のような漆黒。

 控えめな感じではあるが、かなりの美少女。

 名前はアリシアさん。


 柔和な面差しに、やや緊張した表情を浮かべながら歌い始める。




 すると、途端にその場の空気が一変した。




 彼女が歌うのはこの国でもよく知られた、秋の豊かな実りと収穫を喜び、感謝を豊穣神に捧げる歌。


 技量的には荒削りとも言えるが、そんなのは些細なことだ。


 美しく伸びやかな歌声が直接的に感情を揺さぶる。

 まざまざと脳裏に情景が浮かぶ。


 そして何よりも、彼女の歌を愛する気持ちが伝わってくる。



 素晴らしい才能……そう、これは才能だ。

 努力だけでは到底得ることの出来ない唯一無二の才能タレント


 傲慢な物言いだが…こと歌に関しては、私に並び立つ者はそうそう居ないと言う自負があった。


 しかし彼女は……



 二人で舞台ステージに立つ光景を夢想する。

 煌めく光と喝采の中で、二人で声援に応える姿を…私は確かに垣間見た。





 いつの間にか歌が終わっていた。


 私も含めて誰も彼もが、ただ静かに余韻に浸っていた。

 やがて、時が動き出すかのようにざわめきが生まれる。




「す…素晴らしいわ!!これは初めてカティアさんの歌を聞いたときと同じ衝撃よ!!」


「ええ!?そ、そんな……カティア様と比べられるなんて、烏滸がましいです」


「そんなことないよ!!ううん、そんなこと言っちゃダメ!あなたの才能は唯一無二のものだよ!」


 謙遜する彼女に、思わず大きな声を上げてしまった。


「そうだよね〜……カティア以外に、あんな歌が歌えるなんて、驚いたよ」


「本当ですわ。この学園で二人が出会ったことが奇跡ですわよ」


「歌のことはよく分からないけど、すごく感動したよ!」


「私もあんなふうに歌えたらなぁ…」


 みんなも口々に彼女の歌称賛する。



「あ、あう…」


 あらら…真っ赤になっちゃった。

 あまり褒められるのに慣れてないのかな?



 でも、歌ってるときは堂々としていたし、舞台に上がるのは問題ないだろう。

 …これはスカウトせねば!!


 彼女ならきっと、大人気の歌姫になるに違いない。






 と、そんな事を算段しているうちに私の番がやって来た。

 あれほどの歌声を聞かされて、否が応でも気合が入るというものだ。


 観客ギャラリーも期待の眼差しを私に向けている。



 皆の期待に応えるべく、私は呼吸を整えて…静かに歌い始める。


 歌うのは、出会いの歌、新たな始まりの歌。

 今日この日の出会いを喜び、そして未来の希望を語り合う。

 そんな情景を思い浮かべ、それに自分たちを重ねて…感情を込めて歌い上げる。





「凄い…」


「ホント、いつにもまして神がかってるね…」


「涙が出そうですわ…」





 さっきアリシアさんが歌ってる途中から、演劇クラブの面々や、外からも人が集まって来ていた。

 今や私の前にはたくさんの観客ギャラリーが私の歌に聴き入っている。

 目の前の光景に、やっぱり大勢の人に楽しんでもらえるのが歌い手としては何よりも嬉しいのだと実感する。






 やがて私が歌い終わると、大きな歓声と拍手が巻き起こった。


 私は、目の前で聴いていたアリシアさんに問い掛ける。


「どうだった、アリシアさん?」


「は、はいっ!とっても素敵でした!」


「ふふ…ありがとう!あなたの歌も素敵だったよ。…ううん、アリシアさんだけじゃない。みんなとっても素敵だった。歌が好きだって気持ちが溢れてたもの。やっぱり歌っていいよね!」



 彼女たちと一緒に歌うことができるのなら、こんな素敵なことはないだろう。


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