第八幕 3 『暗躍するもの』

 残念ながら、『異界の魂』の探索・討伐は空振りに終わった。


 一度はその気配を確認したが、突如としてそれが消えた…それは、まるで存在そのものが突然消失したかのようにも思えたが、結局のところ何が起きたのかは全く分からない。



 何らかの異能でその存在を隠しているのか、あるいは…

 その鍵を握っているのは、やはりあのシェラという名の女性ではないだろうか。


 彼女は何というか…異質な存在に思えた。

 現実離れした美貌は穏やかな口調とは裏腹にどこか怜悧な雰囲気で…そして、どこか秘密めいたものを感じたのだ。


 王都所属の冒険者と言う事だったが…

 ギルドの個人情報は守秘義務があるので、おいそれと情報を聞き出すことは出来ない。

 だが、こと『異界の魂』の件に関しては国とギルドは綿密な協力体制にあるから、何かしらの情報が得られるかもしれない。

 あるいは、父様に相談して、暗部…諜報員に探りを入れてもらうか?




 何れにしても、先ずは報告だ。

 何の成果も無く帰投の連絡を入れるのには少し躊躇いがあるけど…このまま無為に探索していても埒が明かない。


「もうこれ以上の探索は無意味かな?」


「ああ、何らかの理由でいなくなった…そう考えるのが自然だな」


「何ともモヤっとするがな。しょうがねぇだろ。ロウエンもあれ以来何も感じねぇだろ?」


「そうッスね…」


「じゃあ、報告を上げたら帰還しようか…」




 念の為ほかの皆の意見も聞いて…特に異論は出なかったので、いよいよ踏ん切りをつけて、私は通信の魔道具を取り出してコールする。


 呼出音が数度鳴ってから、相手が出る。


『はい、こちらルシェーラですわ』


「こちらカティアです。ルシェーラ、侯爵閣下とリュシアンさんは一緒にいる?」


『はい、一緒ですわ。スピーカーモードに切り替えますわね』



『おう、嬢ちゃん無事かい?』


『リュシアンです。カティア様、ご無事でしょうか?』


「ええ、部隊の皆も特に問題はありません。と言うか…」


 私は事の経緯を話し始める。



 目撃情報があった通り、異界の魂らしき気配を察知したこと。

 しかし、突然前触れもなくそれが消失したこと。

 気配があった場所にいた不審な人物のこと。

 探索を継続しても結局異界の魂は見つからなかったこと…



『なるほど…状況は理解しました。そのまま探索を続けても意味は無さそうですね』


『だな。話を聞く限りは、もはや時間の無駄だと思うぜ』


「はい、これから帰還しようと思います。ですが…」


『見張り番ですか?』


「はい、出来れば数日は様子を見れると良いのですが」


 状況的には、もういなくなったと考えるのが自然だけど、念の為しばらくは様子を見ておきたいと思った。

 もし、また現れるのであれば……その位置を見失わないように見張る人員がいれば、私達が再び急行して対処できる。


『分かりました、手配します』


「お願いします。それと、先の話にあった冒険者の女性、シェラさんについてですが、出来るだけ情報が欲しいです」


『ギルドには正式に協力依頼を出すとして…並行して暗部の者も手配すっか』


「はい、そこまで出来れば……何か分かると良いのですが」


『とにかく今は些細な情報でも欲しいところだ。しかし……気にはなっていたが、やはり裏がありそうだな』


「気になる事?」


『いや、会議でも少し話題になったんだけどよ…目撃情報があったにも関わらず空振りだった、ってぇのが何件かあってだな』


「…今回のケースと同じ?」


『ああ、そうかも知れねぇ。勘違いって可能性も否定できなかったんだがな。今回の話を聞くと、怪しさ倍増だな』



 と、それまで黙って話を聞いていたカイトが、ある疑念を口にする。


「……確かリッフェル領の事件の時、黒幕らしき人物が『人為的に異界の魂を降ろした』と言うような事を言ってたよな。そのような実験だった、と」


『ええ、それは私も聞きましたわ』


「うん、確かにそう言ってたね。……まさか!?」


 カイトが言わんとしていることを理解して、私は驚愕の声を上げる。

 でも、確かにそう考えると説明はつく。


『!!…もしかして、そう言う事なのですか?』


『なるほど、つまりカイトが言いてぇのは…』


「ええ。どのような手段なのかは分かりませんが、『異界の魂』を確保した…と言う可能性はないでしょうか?」


『…辻褄は合うな』


「繋がってるように見えるよね…さすがだわ、カイト!」


 強くてイケメンで優しくて頭もキレる!


「あらあら〜、カティアちゃんの目がハートマークになってるわね〜」


『イチャつくのは帰ってからにしてくれ。だが、的を射てるとは思うが…現段階では、あくまでも推論にすぎねぇな』


「そうですね…何とか確証が得られれば良いのですけど。そうなると、俄然あのシェラと言う女性は怪しい」


『ああ。暗部には頑張ってもらわにゃならん』


「閣下、暗部に調査をさせる時はくれぐれ慎重にお願いします。…どうも、あの人からは危険な雰囲気を感じます」


『分かった。そう伝えておく。…嬢ちゃんがそこまで言うとなると、本当にヤバそうだな』







「さて、報告はこれくらいにして…そろそろ帰還しましょう。…ティセラさん、ここまで来て頂いて申し訳ありません」


 報告の場にはティセラさんも一緒にいたのだが、特に口は挟まずに黙って聞いていた。

 今回はかなりの人数を神殿から派遣してもらったのに、成果が上がらなかったので申し訳なく思う。


「そんな!カティア様のせいではございません!…それに、成果がなかったわけではありません。僅かでも暗躍するものの影が見えたのですから」


「そう…ですね。今回は空振りに終わりましたが、今後も協力をお願いすることはあるかと思います。その時はまた、よろしくお願いしますね」


「もちろんです。神殿としても、世の安寧を脅かす存在を放っておくことなど出来ませんから」


 そう、ティセラさんは言ってくれた。

 そうだね、立場は違えど人々の安寧を願う気持ちは一緒だ。

 きっとこれからも、力を合わせていくことになるだろう。







 それから…報告も一通り終って、少し休憩を取ってから私達は王都に向けて帰還するのだった。


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