第八幕 1 『探索』
街道沿いの村(フレシェン村と言う)を出発した私たち討伐隊は街道を外れ、獣道よりは幾分かはマシな程度の草原の生活道を征く。
「ロウエンさん、今回もお願いね」
「任せとくッス。あの強烈で独特な気配なら、居ればある程度距離が離れていても直ぐに気付くッス」
『異界の魂』の気配ならば私でも気付くことは出来ると思うけど、ここは本職に任せる。
「ティセラさんもよろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。…またカティア様とこうしてお仕事できるとは思いませんでした」
…彼女を覚えてるだろうか?
以前ブレーゼンの魔軍襲来の事件の際に、治療班としてエメリール神殿より派遣されていたティセラさんだ。
あの時はたまたまブレーゼンに来ていたが、本来は総本山所属とのこと。
しかも、結構高位の神官だったらしく、ディザール神殿・エメリール神殿の神官と神殿騎士の混成部隊を率いてもらう事になっている。
彼女自身も退魔系魔法の使い手で…何と、私と同じく[日輪華]まで使えるらしい。
地位が高いのは、実力に裏打ちされたものだと言う事なのだろう。
部隊は役割ごとに小隊を組んでいる。
私は全体の指揮と、
護衛の二人と、指揮に関してのサポート役として父さんが私の側に控えてくれる。
これが本陣…というほどの軍勢ではないけど、まあ、そんな感じ。
ティダ兄を隊長として、カイト、アネッサ姉さん、ロウエンさんに、騎士たちの中でも選りすぐりの精鋭数名を加えた遊撃部隊。
他の騎士達は退魔系魔法の使い手たちを守るための護衛部隊。
そして、ティセラさん指揮下の退魔士部隊だ。
「目撃情報から推測するに、憑依された魔物はそれほど強力な個体じゃ無いとは思うし、そうであれば十分すぎる戦力だとは思うけど…」
「正体が確認できるまでは油断は出来ねえな。慎重に事に当たらねえとだろ」
「うん。それに、戦力が多いに越したことはないからね」
「確かブレーゼンでは…Sランク相当の相手だったんですよね。それも、今日よりもはるかに少ない人数で相対した、と」
「そうだね、あの時は初見だったから…オキュパロス様の助力がなければ全滅してたよ。ケイトリンはリッフェル領の時に…見たんだっけ?」
「チラッとですけどね。ヤバそうな気配だったのは分かったので、多分私も察知はできると思います」
「うん、お願いね」
街道付近では草原だったのが、山道に差し掛かると荒れ地に変わる。
そして行軍すること暫し。
私達は村長さんから聞いた、目撃情報のあった山中へとやって来た。
剥き出しの岩肌は荒涼としており、疎らに草花が生えるのみで、生き物の気配はあまり感じられない。
「どう?ロウエンさん。何かいる?」
「う〜ん…この辺りには特に魔物の気配は感じないッスね。そっちはどうッスか?」
「同じく、ですね〜。[探知]にも何も引っかかりません」
「まあ、山は広いからね。さて、どうやって探そうかな…」
「目撃情報は複数あるんだろ?そこを順に辿っていけば良いんじゃないか?」
「そうだね。どれも山道近くだった、って聞いてるから、取り敢えずは道なりに進もうか」
この道はどこか別の地域に通じているわけでもなく、山腹の途中で途切れていると聞いた。
荒涼としたところだが、所々に貴重な薬草などが生えているらしく、それを採取する者が利用するための道らしい。
「戦闘する場所も考えないとだね…」
結構な人数がいるから、狭い場所での戦いは避けたいところだ。
幸いにも山道といってもそれほど急なものではなく、開けた場所もそれなりにあるので、接敵した場所が狭くて戦闘に不向きだった場合は上手く誘い込まないといけない。
「カティアちゃん、この先に何かいるッス」
「目的のヤツ?」
「いや、これは…多分普通の魔物ッスね」
ふむ…事前に聞いた分布情報だと、それほど脅威のある魔物はいなかった。
普段から採取でここまでやって来るのだから、村人でも対処可能な程度のはず。
もちろん、村人でもある程度の戦闘経験がある人が来てるのだろうけど。
「でも、おかしいッスね…事前に聞いた程度の魔物であれば、こっちはこれだけの大人数なんスから、気配を察したら逃げると思うんスけど…」
「確かに。…警戒した方がいいかも知れん」
ロウエンさんの意見にカイトも同調する。
「スオージの森の時も魔物の分布が変わってたしね…距離は?」
「あと2〜300ってところッス」
あの辺か…あそこなら戦闘に支障ないくらいには開けている。
言われてみれば確かに何らかの気配を感じる。
私もそこそこ斥候スキルは修めているけど、あそこまでの距離があると流石に本職には敵わない。
警戒しながら進み、あと4〜50メートルほどと言うところまで来た。
「あの岩場の陰に潜んでるっぽいですね」
こちらも気配を察知していたケイトリンが教えてくれたが、ここまで来れば私でも気配は分かった。
すると、その会話が聞こえたわけでもないだろうが、その岩陰から魔物が姿を現した。
手足の無い長い体は10メートルにも届きそうな大蛇だ。
人一人など造作もなく飲み込めるであろう巨体であるにも関わらず、その身をくねらせて音も無く這い出してきた。
「
「いちおー、種類としてはこの辺の魔物分布にいるヤツではあるね…Cだっけ?」
「あの大きさだとBくらいはあると思った方がいいと思うッス。やはりイレギュラーではあるッスね」
「りょ〜かい。でも、それくらいならウチらだけでいけるかな。…退魔士隊は後方に下がっていてください!騎士達は念の為彼らの護衛を!ヤツは私達が対処します!」
私は部隊に指示を出す。
通常の攻撃魔法を使える人もいるとは思うけど、本命以外に無駄に魔力を使わせるわけにもいかないし、これだけの人数を投入するまでもない相手だ。
と言う事で、相対するのは私達エーデルワイスとケイトリン&オズマ。
「じゃあ、行くよ!前衛は父さん、カイト、ティダ兄でお願い!無理はしないで詠唱の時間を稼いでね!合図で後退!」
「「「応!」」」
「ロウエンさんは前衛の支援で撹乱を!」
「うぃッス!」
「私と姉さんは冷気系上級魔法の詠唱を始めるよ!ケイトリンとオズマは私達の護りをお願い!」
「分かったわ〜」
「「了解!!」」
それぞれが私の指示に従って行動を開始する。
前衛の3人が三方から取り囲むような配置につくと、大蛇は取り敢えず手近にいたカイトを襲撃する。
拘束して締め殺そうと、近付いて長大な体を巻きつけようとするが、カイトはそれをスルリと躱して離れざまに斬りつけた!
「ふっ……!!」
ザンッ!!
タイラントボアのゴムのように弾力のある身体は見た目よりも守備力が高く、生半可な攻撃では弾かれてしまう程であるが…カイト自身の剣腕と、聖剣の威力もあって容易にその身を切り裂いた。
しかし、その長大さに見合うだけ胴体の太さも相当なもので、ダメージは与えたものの致命傷には至らなかった。
前衛が包囲網を整えて、ロウエンさんが巧みに牽制して囲みを突破しないように隙間を補い、詠唱が完了するまでその場に抑え込む。
「後退して!!」
私と姉さんの詠唱が完成したので前衛に後退指示を出し、絶好のタイミングで二人同時に発動する。
「「[絶凍気流]!!」」
毎度お馴染み、爬虫類にはコレ。
冷気系上級魔法を容赦なく浴びせる!
二条の極低温の気流が大蛇に襲いかかり、その巨体を瞬時に凍結した。
「はい終わり、っと」
「良い準備運動にはなったな」
それほど苦戦もせずに魔物を倒し、一息つく。
このメンバーならBランクくらいは問題にならないね。
「私達は出番なしでしたね〜」
「優先順位を間違えるな。俺たちはカティア様の護衛が最優先だ」
「分かってるわよ、そんな事は。真面目クンめ…」
「はいはい、喧嘩しないの」
まあ、この二人は『仲が良いほど…』ってやつなんだろうけど。
とにかく。
イレギュラーはあったが、あれくらいなら特に問題は無い。
だけど、スオージの時と同じように魔物の分布には異常が起きているようだ。
警戒は常にしておかなければならないだろう。
引き続き、私達は異界の魂を探索するために山道を進むのだった。
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