幕間10 『リーゼの事情』
王都に到着してから暫く経つが、リーゼはまだアスティカントには向かわず、図書館に通ったり冒険者として活動して日々の糧を得ながら過ごしていた。
ことの他、国立図書館の蔵書が素晴らしく、ついつい入り浸ってしまったが…
流石にもうそろそろアスティカントに向かおうか…と思った矢先に、手紙で色々と相談に乗ってくれていた彼女の学院生時代の恩師であるグレイル学院長が、アクサレナに来るという事を知った。
折角の機会だからもう少しアクサレナに留まって彼を待ち、話をさせてもらおうと約束を取り付けたのだった。
「お久しぶりです、グレイル先生」
「ふぉっふぉっふぉっ…久しぶりじゃな、リーゼお嬢ちゃん、元気そうじゃな」
と、ごく自然な手付きでお尻の方に伸びてきた手を、リーゼは慣れた様子で叩き落とす。
「先生も相変わらずのようで、何よりです」
何事もなかったかのようにニコニコと挨拶を躱す。
どうやら二人にとっては普通のやり取りらしい…
「それで…『学院』で研究をしたいとのことじゃったか?」
「はい。新たに判明した神代魔法などについて研究を進めて、その成果を論文に纏めたいと思ってます」
「ふむ、手紙の通りじゃの。…じゃが、それはアスティカントでなくてはならんのかの?」
「え…?だ、駄目でしょうか?」
「ああ、いや、そうは言っておらぬよ。ただ…その神代魔法の使い手とは、カティア姫のことじゃろう?」
「!…そ、それは」
名前は公にしないと約束していたので思わず口籠ってしまうが、根が正直であるため態度で丸バレである。
「ほっほっほ、まあワシも色々と情報の伝手があるでの。それと照らせばある程度は予想はつくのじゃよ」
「は、はぁ…でも、本人のご意向もありますので…」
「もちろん、無闇に話すようなことはせんよ。それで、先程の話なんじゃが…お主、教師になる気はないかの?」
「へ?きょ、教師…?」
突然の突拍子もない話に、リーゼは困惑しながらそのまま聞き返す。
自分が教師などと…何の冗談だろうか、と。
だが、グレイルの表情は飄々としてはいるが、冗談と言うわけでも無いようだった。
「実はな、『学園』の魔法学の教師に急遽欠員が出たらしくてな…良い人材が居ないものかと相談を受けておるのだよ」
アスティカントの学院には各国から寄附が行われており、このような人材面での交流なども行われていたりする。
今回の話も、そういったものの一つなのであろう。
「アスティカントには優秀な研究者は多いがな、いかんせん変わり者が多くてのぅ…安心して任せられる者がなかなか居らんのだよ。その点、リーゼお嬢ちゃんは実力も人柄も申し分なし、じゃ」
魔法オタクと言う点で、リーゼも十分変わり者なのだが…比較的常識人の部類に入るのだろう。
もしこの場にカティア達が居たら、複雑な表情を浮かべるに違いない。
「学園ならばアスティカントと大きく環境が異なるわけでもあるまいし、距離も近いから必要があれば行き来はそれ程苦にもならんじゃろうし…なんと言っても魔法を実践できる者の近くにいた方が良いじゃろ?」
「それは…確かに」
「それにじゃな…カティア姫の近くに居れば、他にも面白そうな研究テーマが見つかるのではないか?」
それもその通りだ、とリーゼは思った。
王都に来るまでの間にも興味深い事は幾つもあった。
あのブレゼンタム東部遺跡での出来事や、ミーティアが発動した神代魔法も…
なるほど、グレイルの提案はリーゼにとって魅力的なものに違いなかった。
それに、最近はここアクサレナで気になる人も…
「…わかりました、先生の提案は私にとっても魅力的だと思います。ですが…何の実績もない私が早々に名門である学園の教師に採用されるのでしょうか?」
彼女は学院の卒業と同時に冒険者となって、各地を放浪していたので、何らかの研究成果があるわけではないし、人に何かを教えるといった経験もない。
それが心配だったのだが…グレイルはこともなげに言う。
「大丈夫じゃろ。学園にはワシが紹介状を書くし、お主は後輩への教え方とか上手かったからのぅ。何より、部屋に籠もって研究しかしとらん者より実戦経験豊富なのが良い」
「…分かりました。どれだけ出来るか分かりませんが、やってみます。…だけど、カティアさんとかレティシアさんには、私が教えてもらいたいくらいなんですけどね…」
「ほぅ…そこまでか。じゃったら、授業のアシスタントをしてもらっても良いじゃろ」
「そうですね、そうします。まぁ、それも採用されたらの話です」
「よし、では決まりじゃな。先方にはワシから伝えておく。リーゼお嬢ちゃんには紹介状を用意しておこう」
「はい、ありがとうございます。先生は直ぐにアスティカントに戻られるのですか?」
「いや、その前にイスパルナに行く予定じゃ」
「イスパルナに…?」
「視察じゃよ。新技術とか言う話なのじゃが…いまアクサレナに来ている他国の賓客の殆どは行くのではないかな?」
「新技術…あれかな?」
「ほ。何か知っとるのかの?教え子のリディーが関わっとるらしいのじゃが」
「ええ、『鉄道』という乗り物ですよ。王都に来るときに乗せてもらったのですが…凄いですよ!」
そう言って、リーゼは自分が乗せてもらった列車の凄さを、やや興奮しながら身振り手振りで説明する。
…
……
………
「ふ〜む、馬車の十倍…とな。それは凄いのぉ…神童レティシア嬢の噂話はワシも聞いていたが、そんなものまで創るとは…」
「本当にすごい方ですよ。それなのに気さくで話しやすいですし。その辺はカティアさんと似てますね」
「ふむ。カティア姫といい、レティシア嬢といい…時代の変革者なのかもしれぬの…」
そう、感慨深げにグレイルは呟くのだった。
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