第六幕 7 『覚悟』


「さて、打ち解けたところで今後の話を…と、その前に、礼がまだだったな」


 と、父様が言うけど…礼って?

 何かしたっけ?



「ダードレイ殿、娘をここまで立派に育て上げてくれたこと…感謝する」


「私からもお礼を言わせてください。きっと、姉もあなたに感謝していることでしょう」


 二人とも立ち上がって頭を下げながら父さんにお礼を言う。


「…いえ、感謝するのは俺の方です。カティアは戦で荒んでいた俺の心を救ってくれた。こいつがいなかったら俺は未だに殺伐とした世界でしか生きられなかったかも知れない。俺だけじゃない、ウチの一座の連中はみんなそうだ。だから…カティアは俺たち一座皆の大切な娘なんです」


「父さん…」


 うう…そんなこと言われたら、嬉しくて泣いちゃうじゃないか…


「…本当に、カティアの育ての親が貴殿で良かった。これからもカティアの良い父親であってくれ」


「…ええ、もちろんそのつもりです」




「で、だ。感謝の言葉だけでは足りないと思っていてな。確かダードレイ殿は先の大戦でも多大な功績を上げていただろう?なあ、アーダッド?」


「ええ、当時コイツと一座の連中がいなけりゃアダレットの侵攻を許していたと思いますぜ」


 これまで黙って話を聞いていた閣下だったが、父様から話を振られるとそれに同調して答える。

 何かちょっとニヤついてるような…


「うむ。だが、その時の功績で叙爵するという話を辞退していただろう?」


「…傭兵をやっていたのは生活の糧を得るためであって、戦働きで栄達を願うつもりは無かったもんで」


「そうらしいな。だが、今回の件に加えて過去の件も考えると、俺としてはその功績に是非とも報いたいところなのだが…そうだな、子爵位くらいなら反対意見も出ないと思うのだが、どうだろうか?」


「…ご配慮いただき大変ありがたいところですが、謹んで辞退します」


「ははは!やはりそう言うか!何とも無欲なことだ」


「だから言ったでしょう?地位や名誉には興味無い男だって」


「ああ、全くもって大した男だ。だが、何もしないというのは国の威信にも関わるし、俺の気も済まない。貴殿にとっては面倒かもしれないがな。そこで…まぁ、金品の授与でも良いのだが、それじゃあ面白くなかろう?」


 面白くなかろう、って…

 何かイタズラを仕掛けるみたいな顔してるな。

 閣下もそんな感じだ。


「そこでだ。ダードレイ殿個人にではなく、ダードレイ一座として叙爵すると言うのはどうだ?」


「一座に…?」


 えっ?

 そんな事出来るの?


「そうだ。前例が無いわけじゃない。法人爵と言うのがあってな。それが与えられた団体そのものを貴族として扱うというものだ。その団体の一員として活動する場合には貴族として扱われるが、別に個人が貴族位を持つわけじゃない。色々とメリットがあるぞ?」


「ダードよ。これは受けておいたほうがお前たちの活動にとっても大きなプラスになるぞ。煩わしい貴族の義務なんか少ない割に得るものが大きいしな」


 ふ〜ん、法人爵かぁ…そんなのがあるなんて知らなかったな〜。

 話を聞く限りは悪くなさそうだけど、父さんどうするのかな?


「そこまで考えていただき感謝します。だが、俺の一存で決められることではなさそうなんで、一座の連中と相談して決めたいです。…侯爵サマ、後で詳しい話を聞かせてくれるか?」


「おう、分かったぜ。陛下、この場はそれでいいですよね?」


「ああ、是非とも前向きに考えてくれ」


 という事で父さんに対する報奨の話は保留ということで一旦終わりに。








「じゃあ、今度こそカティアの今後の話をしようか」


「私の今後…」


「ああ。先ずお前に問いたいのは…王族としての責務を果たす覚悟があるかどうか、だ」


 王族としての責務。

 私がイスパル王国の王女を名乗るのであれば、それは避けられないものだろう。


「難しく考える必要はないぞ。まだ整理がついていないのであればこれから考えるも良し。そのつもりが無いのであれば、王族であることは公表せずにこれまで通り生活するも良し。重要なのはお前自身がどうしたいか、だ」


 え?

 そんな自由な感じでいいの?

 …でも、もう私の気持ちは既に決まっている。


「父様…私はこれまで市井で過ごす中で色々な人に出会いました。今は大きな戦もなく平穏な世で…本当にいろんな人が、いろんな夢を持って生きてます。私はそんな人たちの平穏を護りたい…それを脅かす存在を決して許せない。王都への旅の中で、その思いは強くなりました。…そのためなら、私は私の王族としての責務を果たしたいと思います」


「…そうか、良い心がけだ。では…」


 と、父様が言いかけるのを制して私は続ける。


「…ですが。私は私自身の夢も諦めたくはありません。私はダードレイ一座の歌姫としてこれからも舞台に立ち、一座の皆と一緒に多くの人々を楽しませたいです。その上で王族としての責務も果たしたい。親友レティが言ってくれました。夢を諦める必要なんてない。やりたい事があるなら何だってチャレンジすればいい、って。だから、私はやるべき事はやるし、やりたい事は諦めない、って決めたんです。……それは、我儘でしょうか?」



 私の話を聞いた父様は瞑目し、しばし沈黙。

 …怒られるかな?

 と、思っていたら徐々に身体を震わせて…


「ふ、ふふふ…ふはははっ!!」


 と、大声で笑い出した。

 ちょっと怖い…


「いや!愉快愉快!我が娘ながらなんと豪胆なことよ!なぁ、カーシャ?」


「ええ、本当に。見た目の美しさだけでなく、心も強く正しく立派に育ってくれて…ダードレイさんや一座の皆さんには改めて感謝しなくてはなりませんね」


「全くだ。是非とも叙爵の件は前向きに検討してもらいたいものだな。…やりたい事は諦めない。責務も果たす。いやはや、とうにその覚悟ができてるなら、大変結構なことではないか。その意気やよし!」


 良かった…

 どうやら父様も母様も、私の答えを気に入ってくれたみたい。



「どうだ、カーシャ?俺は資質ありと見たがな」


「そうですね。これまでの報告でも期待しておりましたが…こうして実際に話をしてみて、それは確信に至りました。市井で育ったがゆえに民の心をよく知り、そうでありながらも一つ上の視点で民の安寧を願う。それに…永く民の幸せを願うなら自らの幸せをも願ってこそ。まさしくイスパルの王に相応しい資質を持っていると私も思います」


「お、王!?…いや、その、王族の一員としての責務は考えてましたけど、王になるとか…そこまでの覚悟は出来ていないというか…」


 全く予想していなかった話に狼狽えてしどろもどろに答える。

 いや、私に王様なんて務まるとは思えないのだけど…


「ははは!まあ、そうであろうよ。逆に、今の段階でそこまでの覚悟ができていたらこっちが驚くぞ」


「あくまでも将来の可能性の一つ、という話ですよ。こころざしや資質、能力だけで王が務まるものではありません。あなたはこれから多くを学び、多くの人と交流し、実力を示し、実績を積み、信頼を得て…そして民に認められて初めて王たる資格が得られるのです。国というのは一人の力で動かすものではないのですから」


「…はい、分かりました。私が将来どうありたいか、自分がそうなれるのかも分かりませんけど、今はただ自分ができることを一生懸命やりたいと思います」


「そうだ、それでいい。まあ民を護る力なら今時点でも既にあると思うがな。あの[絶唱]の力はまさに王者が持つに相応しいものだ」


 そっか、閣下から報告が上がってるんだね。

 あれだけの戦果を上げたのだからそれも当然か。


「人々を護るために使うのは吝かではありませんが…積極的に戦で使いたいとは思わないです」


「そうだな。あくまでも民を護るためにこそ使うべき力だろう。侵略に用いるようなことはあってはなるまい。だが、そのような考えを持つものもいよう。ゆめゆめ惑わされぬようにな」


「はい、それはもちろん心得てます」


 あの[絶唱]の力はリリア姉さんの加護の力も相まって絶大な効果を発揮する。

 もちろん悪用するつもりなんて毛頭無いが、父様の言うとおり甘言に惑わされぬよう己を律しなければならない。




「…そういえば、王位を継ぐということであれば、お二人のお子様であるクラーナ様もおられると思うのですが…」


 私の異母妹と言うことになる。

 確か御年5歳…まだ幼いが、平民育ちの私なんかより順等で相応しいと思うんだけど。


「クラーナはお前の妹なんだ、『様』なんてつける必要はないぞ」


「クラーナももちろん王位継承権を持ちますが…私としては本来王位を継ぐはずだった姉さんの娘であるあなたを第一位に据えたいと思ってるのです。…私は王に足る資質は持ち合わせてませんでしたし、姉の代わりに過ぎないですから…」


「カーシャ、そんな事を言うものではない。確かに俺たちの婚姻には政略的な思惑があったことは否めない。だが、周りがどう思おうとも俺はお前を誰かの代わりと思ったことなど無いし、一人の男としてお前を愛している」


「ユリウス…」


 きゃ〜っ!

 父様かっこいいわ〜!

 これは惚れるでしょ。

 母様も赤くなって目を潤ませて可愛いったらありゃしない。

 お熱いことで羨ましいね。




 しかし、私が王位継承権第一位って…

 何だか想像してたよりも話が大きくなったなぁ…

 さっきも言ったけど、まだまだそこまでの覚悟は持てないよ。

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