第六幕 4 『押しかけメイド』

 王都に到着した翌日、午前中はギルドへの転入手続きを行ったり劇場の下見に行ったりして、午後邸に戻ると…私に王城からの来客があり、父さんと一緒に応対することに。

 いや、来客というか…


「お初にお目にかかります。私はカティア様の身の回りのお世話をするようにと仰せつかりましたマリーシャと申します。この度は、いと尊きイスパルの血筋に連なる御方のお世話を任されたこと、身に余る光栄に存じます」


 …だって。

 身の回りの世話…要するにメイドさんである。


 折り目正しく口上を述べ挨拶をする様は洗練されていて、流石は王城務めと言った感じだ。


「えっと…ご丁寧にありがとうございます。でも、まだ国王陛下にもお会いしていないうちからその様に扱われるのは…」


「はい。カティア様が市井で過ごされ、このように傅かれるのには慣れていらっしゃらない事は承知しております。しかし、何れはそのようなお立場になられるのですから早く慣れていただくように、との陛下のご配慮でございます」


「はぁ…左様でございますか…」


 う〜ん…何れは慣れるのかなぁ?


「まぁ、それは建前で…実のところは単なる親心だと、僭越ながら私は思っております」


「親心……私は歓迎されてるのでしょうか…?」


「もちろんです。カティア様の事が分かってからというもの…毎日毎日まだかまだかと鬱陶し…コホン、待ちかねているご様子でしたし、昨日も到着の報せを聞いた途端に公務を放り出して逃げ出そうとしたところを捕縛…もとい、お止めするのが大変でした」


「そ、そうですか…」


 何だかさらっと毒を吐いたような気がするけど…まあ、歓迎されてることは分かった。

 そんなに楽しみにしてくれてるのなら私も嬉しいな。



「と、まあそんなご様子ですので…他の謁見や政務の調整も必要ではありますが、そう間を置かずにお会いできることでしょう。おそらくは今日明日にでも日取りの連絡が来て…一週間以内には場が設けられることでしょう」


「はい、分かりました。私もお会いするのを楽しみにしております」


 実の娘が会うだけだと言うのに、王様ともなると色々調整があって大変なんだねぇ…



「でも、マリーシャさん」


「カティア様、私めに敬語は不要でございます。どうか、マリーシャ、とお呼びください」


「う、うん、分かったよ。それで、マリーシャさ……は身の回りの世話をしてくれるって言うけど…この邸のことはみんなで持ち回りで管理することになってるんだ。ここで生活する以上は自分のことは自分でするのがルールだよ。もちろん私もね」


「…まぁいいじゃねえか、カティア。これから慣れていくため、って事なんだろ?別にそれで文句言うやつなんざウチにはいねえだろうし」


 それまで黙って聞いていた父さんが、そこで初めて口を出す。


「でも、父さん…」


「まあ聞け。お前の気持ちも分かるがな、ここはマリーシャのことも考えてやれ。ここで断って帰したら彼女の立場が無えだろ?」


「あ…」


 そうか、私ってば自分のことばかり考えてたな…

 私の小さなこだわりで彼女の立場を悪くするのは本意ではない。

 流石は父さん、そういうところはしっかりしてるよね…


「私のことなど些細なことではありますが…ご配慮いただきまして恐縮にございます、ダードレイ様」


「ああ、俺にそんな畏まる必要は無えぞ。王族の世話をするってこたぁ、あんたも結構な良家の子女なんだろ?」


「ご慧眼感服いたします。仰せの通り私は貴族家の出ではあります…ですが、私の役目にそれは関係のないことです。それに、カティア様をお育てになった方に礼を尽くすのは当然のことでございます」


「そうか(堅えな…)。まあ、俺…と言うか一座としてはあんたがここに滞在することは別に構わねえと思ってる。そもそもこの邸は国のものなんだしな。お上の意向に否やを言える立場じゃねえだろ」


 まあ、それもそうだ。


「カティアもいいだろ?」


「…うん、そうだね。さっきの話もあるし…私のためを思って配慮してもらってるんだもんね。マリーシャさ…これからよろしくね」


「はい、こちらこそよろしくお願いします。誠心誠意尽くす所存でございます」


 …堅いなぁ。

 これから打ち解けたらもっと気楽に接してもらえるかな?



 とにかく、これで彼女も一緒にこの邸で暮らすことになるのだが、もう一つ気になることが…


「マリーシャってモーリス公爵家のパーシャさんって人に似てるんだけど、もしかして親戚だったり…?」


「パーシャは私の妹です。そう言えば公爵家にご滞在されてたのでしたね」


「うん、その時にお世話になったんだ」


「そうですか。姉妹でそのような名誉に預かることができようとは…真に嬉しく存じます」


 やっぱり…見た目も雰囲気も似てるな、って思ったんだよね。

 パーシャさんの方がもう少し砕けてる気がするけど。


「パーシャはレティシア様の専属ですので、レティシア様が学園に入学の折には一緒に王都に来ると聞いてます」


「あ、そうなんだ!良かったね」


「はい。久しぶりに会うことが出来そうで、嬉しく思います」


 そう言う彼女は本当に嬉しそうに見える。

 イスパルナと王都は結構離れてるし、気軽に会うことは出来ないだろうからね。

 レティの鉄道が完成すれば彼女たちももっと会えるようになるんだろうな。








「それでは早速ではありますが、仕事に取りかかりたいと思います。カティア様のお部屋はどちらでしょうか?」


「え?あ、そうだね、案内するよ」






 そうして、昨日私が決めた部屋へと案内したのだが…


「…カティア様、ここは使用人の部屋だと思うのですが」


「う、うん、そうだね…」


 私とミーティアの部屋は、もとは二人部屋の使用人用の部屋だ。

 なお、ミーティアはカイトと一緒にまだ劇場にいる。


 邸には住込みの使用人向けの二人部屋、四人部屋、上級使用人用の一人部屋、客間などがあり、一座の面々はこれらを使っている。

 二人部屋、四人部屋でも一人で使う感じだが、ティダ兄一家みたいな家族連れは少し広めの部屋を一緒に使ってる。

 改めて考えると、すごい部屋数だよね…

 かつては相当な高位貴族の邸だったのではないだろうか?


 もちろん当主やその家族が暮らしていたであろう部屋もあったのだが、誰もそこを使おうとしなかった。

 広すぎて落ち着かないって…まあ、私もなんだけど。



「カティア様、ダードレイ様」


「は、はい!」


「お、おう…」


 何だか迫力が…!


「カティア様がどのような方か、今までお話させていただき私にも理解できました。ご自身が王家に連なる者と分かってもそれに驕ることなく皆に分け隔てなく接するところは大変好ましく存じます。ですが…これからはご自身の立場に相応しい振る舞いというのも必要になるのでは…かように私は愚考するものであります」


「は、はぁ、でも…」


「俺ぁそう言ったんだがな」


「もしカティア様が王城でお暮らしになるつもりで、こちらには一時的に滞在するだけとおっしゃるのであれば、よろしいかとは思いますが…長らくこちらで過ごされるおつもりになるのであれば、相応しきお部屋がよろしいかと存じます。これは一座の皆様のためでもあります」


「一座の皆のため…つまり、私が蔑ろにされてるって受け止められかねないってこと?」


「そうです」


「うう、分かったよ…何か私だけ仲間外れみたいで寂しい…」


「…子供かよ」




 という事で早くも邸内で引っ越しをする羽目に…

 まあ、荷物がそれほど多くはないので、すぐ終わるんだけど。



 移動した先は、もともとは当主の家族…インテリアやクローゼットの広さから言って多分女性が使っていたと思しき部屋。

 ミーティアと二人で使うには広すぎる気もするけど…

 これならば、とマリーシャも納得してくれた。

 




「それではカティア様。誠心誠意お仕えさせて頂きますので、これからよろしくお願いいたします」


「うん、私の方こそよろしく。至らないところがあれば遠慮なく言ってね」




 こうして、邸で一緒に暮らす同居人が新たに増えたのだった。

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