第五幕 5 『モーリス公爵邸』


「さて、父上と母上がお待ちかねでしょうから、そろそろ行きましょうか」


「あ、はい。レティシアさん、ありがとうございました。凄かったです。明日乗るのが楽しみです」


「ふふ、喜んでもらえて良かったです(また、あとで…)」


 レティシアさんが耳打ちしてきたので、軽く頷く。


 初めて出会った私以外の転生者だ。

 私としても色々と話がしたい。


 機関車が保管してある車庫のようなところから、公爵邸に戻って本邸に入って行く。


「「「いらっしゃいませ、お客様。リュシアン様、レティシア様、お帰りなさいなさいませ」」」


 正面入口から入ると、ずらっと並んだ使用人、メイドさんたちが出迎えて挨拶をしてくれる。

 流石は公爵家の使用人というだけあって、息ピッタリで動きも揃って洗練された感じだ。


 そして、使用人たちが並んだその先にはリュシアンさんによく似た雰囲気の紳士と、こちらはレティシアさんを大人にしたようなご婦人が。


「皆様、ようこそおいでくださいました。私は当家の主人で、アンリ=モーリスと申します」


「妻のアデリーヌです」


 リュシアンさんとレティシアさんの両親でモーリス領の領主ご夫妻だね。

 最高位の貴族の方たちだが、丁寧で物腰が柔らかく、優しそうな雰囲気に少しホッとする。


「本日はお招き頂きまして誠にありがとうございます。私はダードレイ一座の座長を努めておりますダードレイと申します」


 流石に今回は父さんも真面目に挨拶をする。

 …やればできるじゃないの。


「同じく、座員のカイトです。お会い出来て光栄です」


「カティアと申します。本日はお招きいただき誠にありがとうございます。リュシアン様には大変お世話になっております」


「公爵様、奥様、お久しぶりです。本日はお世話になります」


 父さんに続いて、カイト、私、ルシェーラも挨拶をする。



「イスパルの臣下として、カティア様を我が家にお迎えするという栄誉にあずかり、大変嬉しく存じます」


「えと…私のことはどこまでご存知なのでしょうか?」


「カティアさん、父と母には私の知り得たことは全て報告しております。申し訳ありません」


「あ!いえ、それは当然だと思いますよ。ただ…まだ正式に認められてるわけでもないのに、そういうふうに扱われるのがちょっと心苦しいと言うか…」


 未だピンと来てないし、将来的にそういう立場になるかも知れないという事も想像が出来ていない。

 だけど、ディザール様との約束もあるし、私にできる事が広がるのなら真剣に考えなければならないだろう。


「ふむ…確かに、これまで市井で過ごされておいでなら戸惑われるでしょうな。しかし、カティア様の望む望まないに関わらず、今後は王族として振る舞わねばならない場面も出てくるでしょう」


「…ええ、それは分かっています」


 あの教団を止めるためにも、私の王族という立場はあった方が色々動けるだろう。

 だけど、以前リュシアンさんに言った通り…私はダードレイ一座の歌姫でありたい。

 両方を求めるのは、我儘なのだろうか…?


「ご理解されているのならば私がこれ以上あれこれ言うことではありませんな。なに、焦らずとも良いのです。ご自身でじっくり考え、結論を出すのがよろしいでしょう」


 私の葛藤を見透かしたかのように、優しく助言してくれる。

 最初の印象通り優しい人みたいだ。


「はい、ありがとうございます」



「あなた?皆様お疲れなのですから立ち話はこれくらいにして、皆様をお部屋に案内するのが先じゃないかしら?」


「おお、これは失礼しました。先ずはお泊りいただく部屋に案内致しましょう。晩餐の用意が出来ましたら邸の者がお迎えにあがります」



 と言う事で、先ずは今日泊まる部屋に案内してもらう事に。

 一人につき一部屋(ミーティアは私と一緒)、それぞれ使用人に案内してもらう。








「カティア様のお部屋はこちらでございます」


 とメイドさんに案内された部屋は…

 …絶対客室じゃないよね、コレ。


「ママ、おへやがすごく広いの!」


「そうだね〜…」


 まあ、王族を下手な所に泊めるわけにはいかない、って事かな…

 う〜ん…色々と気を遣わせちゃって逆に申し訳ないなぁ…

 この辺、【俺】の小市民意識がどうしても出てきてしまう。

 もうあんまり気にしない方が良いかな?


 入口を入って直ぐの部屋は使用人の控室らしく、御用があったらお申し付け下さい、だって。


 実際に私が過ごす部屋は更に奥、まず広々とした居間が出迎える。

 そこから浴室、寝室などの各部屋に繋がっているようだ。


「ママ〜!ベッドもすごいよ〜!」


 と、室内探検していたミーティアが報告してくる。

 彼女が言うとおり、天蓋付きの豪奢なベッドはキングサイズを優に超え、10人くらいでも寝られるんじゃ無いだろうか?



 広すぎて落ち着かないけど、取り敢えず居間のソファに座る。


「夕食…晩餐があるって言ってたよね。正装に着替えたほうが良いかな?」


 そう思ったとき、部屋の扉がノックされ声がかかる。


「カティア様、よろしいでしょうか?」


「あ、はい、どうぞ」


「お寛ぎのところ失礼致します。カティア様、御召替えであればお手伝いさせていただきます」


 …私の呟きが聞こえたかのようなタイミングだね。


 最初は断ろうかとも思ったけど、彼女の仕事だろうし…あとで怒られるかもしれないと思い直して頼むことにした。


 私が了承すると、続々とメイドさんたちが部屋に入ってきた。


 …え?

 何か大袈裟すぎじゃない…?










「こっちのドレスもお似合いよ」


「いいえ、こちらの方がカティア様の可憐なイメージにぴったりだわ」


「何言ってるの、カティア様のお美しい髪を引き立たせるには、この色のほうが断然良いわよ」


 …何やら私が着るドレスの事でメイドさんたちが揉めている。


 お風呂に入ったあと、マッサージやら香油やらいろいろケアされ、さあ着替えを…というのが今の状況だ。


 最初は私が持っているドレス(以前、リファーナ様に貰ったやつ)に着替えようとしたのだが、是非私達に選ばせてほしいと言われて、そのあまりの勢いに押されて思わず了承したのだが…


「とにかく!モーリス公爵家メイド隊として無様な仕事はできないわよ、皆!」


「「「おー!」」」


 …あれ?

 私の中のメイドさんのイメージと何か違う…


「申し訳ありません、カティア様。普段レティシア様があまりお世話をさせてくれないので…カティアさまのお美しさに、荒ぶるメイド魂が触発されて張り切ってるのでしょう」


 そう言うのは、私を案内してくれた…確かパーシャさんだったかな。

 メイドさんたちの中では高い地位の人みたい。

 しかし、メイド魂って荒ぶるものだったのか…


 レティシアさんは…まあ、作業着つなぎで作業してるところを見ると、あまりお嬢様っぽくは見えないしね。

 もしかして前世は男だったり?


 それにしても、ルシェーラと言いレティシアさんと言い…私が出会う貴族令嬢は何でこう…令嬢っぽくないのだろうか。

 ルシェーラは口調はそれっぽいんだけどねぇ…



 ちなみに、隣ではミーティアもお世話されてる。

 時々、「きゃー!可愛いっ!」とか「うにゃー!?」とか聞こえてくるよ…



「では、御髪を整えさせていただきますね。[霧風]、[熱風]…」


 パーシャさんが、霧を発生させる魔法と熱風の魔法を巧みに調整して髪を整えてくれる。

 これ、結構繊細なコントロールが必要なんだけど、流石は公爵邸の使用人ともなると優秀な人が揃ってるんだろうね。



「ほんとう、お美しい髪ですね…レティシアさまの眩いばかりの黄金も素敵ですが、カティア様の髪色はまるで星の光のような神秘的な輝きです…」


「あ、ありがとうございます…」


 ストレートに褒められてちょっと照れる。

 そして、星の光というくだりで忌まわしき二つ名も思い出してしまった…




 そんなふうに、張り切ったメイドさんたちに徹底的に身嗜みを整えられて、私達は晩餐に向かうのだった。

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