第四幕 16 『別れ』


「父さん、少し遅かったね。マクガレンはもう倒しちゃったよ」


「…そうみたいだな。まあ、皆無事ならそれでいいさ」


「俺は最近活躍の場がとんと無いのでな…少し残念だ」


 何言ってるの。

 ティダ兄は軍団レギオンの時に散々暴れたでしょ。

 まあ、実力の割には目立たないのが不満みたいだけど…


「ふふ、カティアちゃんは〜、王子様に助けてもらったのかしら〜?」


「凄い剣幕でしたもんね、カイトさん」


「う、うん。カイトが来てくれなかったら危ないところだった」


「そう〜、良かったわね〜」


 本当、嬉しかったな。

 ピンチに颯爽と現れて…カッコ良かった。

 そうだ、今は人が多いから無理だけど、後であのシギルのこと聞かなきゃ。

 教えてくれるかな…?




「カティアさん、すみません遅くなりました」


 ヨルバルトさんも駆けつけてくれた。

 でも、今回はこちらが連絡出来なかったんだからしょうがないよね。


「いえ、むしろこちらから連絡が出来なかったのに、よく……そうだ、カイト。聞くのが途中だったけど、どうして私達が危ないって分かったの?」


「ああ、ミーティアが突然やってきてな…『ママが危ない!』って言ってな。それで急いで助けに来たんだ。…転移で」


「転移魔法!?それって、実在するかも疑問視されてた神代魔法じゃないの!」


「らしいな。リーゼが呆然としていたぞ」


「それはそうですよ。転移魔法なんてお伽噺でしか出てこないものですよ。それこそ神の御業というものです。私だって目の前で見てなければ信じられません」


「…最近は忘れてたが、『神の依代』というのは伊達じゃないという事か」


「…突然大きくなったのも、それが影響してるのかな?」


「能力を使うのに必要だったのかもな。それでも負担は大きかったみたいだが…」


 私の腕の中で眠るミーティアを心配そうに見ながらカイトは言う。

 そっか、私の為に一生懸命頑張ってくれたんだ…


「…ありがとうね、ミーティア」


 髪を優しく撫でながらお礼を言うと、「ふみゅ〜」と寝言を言いながら身動ぎする。

 少し大きくなったけど、まだまだ小さな子供に変わりはない。

 ふふ、本当は私が守るべきなのに、逆に助けられたね。


「ミーティアちゃんが起きたら色々聞かないと…!」


 …あかん。

 まずはこの魔法オタクリーゼさんから守らないと…!






「ヨルバルトさん、そろそろ収拾しないとじゃないですか?」


「そうですね。マクガレンも倒しましたし…叔父上に収めてもらえば大丈夫でしょう」


 ヨルバルトさんは、どこか安堵してるような、それでいて悲しそうな複雑な表情だ。

 様変わりしたとはいえ、自分の父親を失ったのだ。

 苦しくないはずはない。

 それでも、感情を押し殺してやるべき事をやろうとしていた。

 それが、かえって痛々しく感じる。



 その時、ふと不思議な気配を感じた。

 ……何となく分かる。

 これは多分…シギルの力の一端だ。

 現世から去りゆく魂が残していく者に対する想いを感じるのだ。

 …良かった、まだ残っていたんだね。


 私は咄嗟に鎮魂歌レクイエムを口ずさむ。

 再び私のシギルが、先程までとは異なり淡く儚げな光とともに現れる。

 それに呼応して蛍の灯りのような…無数の淡く儚い光が辺りに舞う。


「これは…」


『ヨルバルト…』


 そこには、既に肉体を失い魂だけの存在になったマクガレンさんがいた。

 文字通り憑き物が落ちた、穏やかな表情でヨルバルトさんに話しかける。


「!……父上!?」


『すまなかった…私が不甲斐ないばかりに…お前に辛い想いをさせてしまった…』


「……」


『私は取り返しのつかない罪を犯してしまったが、せめてお前には伝えたかった…悲しみに暮れるあまり、お前の事を蔑ろにしてしまってすまなかった…そして、愛している、と』


「…父上!私だって…!本当だったら、時の流れがあなたを癒やしてくれるはずだった…私だって支えになれた!なのに…!」


『…もう、時間が無い…黒き神の教団には気を付けよ…人の心の闇につけ込み、邪悪な野望を成し遂げようとする者たちだ…』


 …やはり『異界の神』と『黒き神』は同じもの?

 とすると、グラナが再び暗躍してるということか?


 300年前に異界の魂が現れた時もグラナが侵略戦争を起こし、皇帝自ら異界の魂…彼らの信奉する黒き神に魂を捧げて魔王となった。


 同じことがまた行われようとしている…のか?


『…カティア殿も、すまなかった…そして、ありがとう…願わくば、愛しき者と共に…末永く幸あらん事を…』


 マクガレンさんのその言葉に、カイトは片手で私を抱き寄せて、私と共に力強く頷いた。


 それを見たマクガレンさんは、満足そうに微笑みを浮かべて…


『…ありがとう…ありがとう…これで…私も…愛しき妻のもとへ…』


 天へと昇って行くのだった。







「ヨルバルトさん…大丈夫ですか?」


「…はい。あなたのお陰で最後に父と話すことができた。…父を憎まずに済んで良かった。これで、私は前に進むことができます。本当にありがとうございます…あなたには感謝してもしきれません」


 これまで感情を抑えていたヨルバルトさんは、流れる涙を拭う事なく、天を見上げながら言う。


「いえ…私は自分に出来る事をしたまでです」


 そう、私は自分に出来る事をやっただけ。

 …でも、まだ彼の魂が残っていたのなら、異界の魂だけ滅ぼすとかできなかったのかな?

 つい、そんな事を考えてしまう。


 そんな事を考えていると、カイトが私の頭をポンポンと優しく叩いて言う。


「何を考えてるのか何となく分かるがな。何でも一人で抱え込むのは良くないぞ。…まあ、俺も前にダードさんに言われたんだがな」


「…うん、そうだね。…それにしても父さんは良いこと言うじゃない。珍しく」


「珍しく、とはなんだ。これでも年長者としてだな…」



 そんな風にいつものやり取りが始まると、しんみりとした空気はどこかに吹き飛んでしまい、騒がしくも和やかな雰囲気がその場を満たすのだった。










 しかし、ロウエンさんの警告によって、その雰囲気が一変する。


「…大将ちょっと待つッス。まだ何かの気配が……!?上ッス!!」


 ロウエンさんの警告に皆一斉に上空を見上げる。


 そこには月明かりに照らされて空中に佇むフードを目深に被った人物がいた。


「と、飛んでる!?」


「何者だ!!」


「…気付かれないうちに立ち去ろうと思ったのですがね。なかなか優秀なようでなにより」


 …奇妙な声だ。

 まるで前世のボイスチェンジャーを介して喋っているかのようだ。

 無機質で感情がまるで感じられない。


 それにこの気配…今まで気が付かなかったのが不思議なくらいに禍々しい気配を感じる。

 それこそマクガレンの比ではない。


「てめえ…何してやがった!!」


「別に何も。ただ、マクガレンとやらの様子を見ていただけですよ。実験の経過観察と言うやつです」


「実験…ですって!?」


「そう、実験です。人為的に…人間に異界の者を降ろせるかどうか、と言うね。結果はご覧の通り。ある程度は成功と言っても良いですが…力の方は流石にかつての魔王には遠く及びませんでしたね」


 実験…?

 実験だって!?

 愛する人を喪った悲しみにつけ込んで…

 たくさんの人を不幸にしたこと全て、その実験とやらのせいだったと言うの?


「…ふ、ざけるなっ…!![灼天]!!」


 怒りに任せて炎の上級魔法を放つが、ヤツの目前で突然魔法は掻き消えてしまった。


「なっ!?魔法が!?」


「[灼天]!!」


「[氷槍]!!」


 リーゼさんと、姉さんも魔法を放つが、私と同様に着弾する前に掻き消されてしまう。


「駄目ね〜、魔法そのものが無効化される感じ〜」



「全く…ご挨拶ですね。どうやら歓迎されていないようなので私は退散することにします。では皆さん、御機嫌よう」


「魔法が駄目ならこれでどうッス!!」


 と、ロウエンさんが素早く矢を番えて放つ。

 しかし、それも不可視の壁に阻まれたかの様に弾かれてしまう。


 駄目だ…!

 ヤツをこのまま逃してしまったら、また犠牲がでてしまう!



 と、その時。

 私の心の中で、私ではない誰かの声を聞いた。


『揺るぎなき正しき心と、悪を許さぬ怒り。それを持つ者こそ、我がシギルを継ぐに相応しき者なり』


 すると、マクガレンとの戦いでシギルを発動した時と同じように私の身体から光が溢れ出す。

 しかしその色は鮮烈な青だ。


 そして、剣と盾を象ったような光り輝く印が現れる。

 私が剣を抜き放って正眼に構えると、私の身体を包んでいた光は剣に集まってその輝きを更に増した。


 これからどうすれば良いのかが自然と頭に浮かぶ。


 剣を大上段に振りかぶって…渾身の力を込めて一気に振り下ろす!!


「[天地一閃]!!」


 気合とともに振るわれた剣閃が、青い光の奔流となって敵に襲いかかる!


 魔法も弓矢もその身に届かず油断していたのか、ヤツはろくな回避行動も取れずに直撃を受ける。

 煌めく青い光の奔流は怒涛のごとくヤツを飲み込みながら、遥か上空へと登っていく。


 領主邸の喧騒に気付いて起き出した街の住民達も、領主邸から立ち昇る青い光の柱を目撃したことだろう。




 そして、強烈な光が通り過ぎ去ったあとには何も残されていなかった。


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