第三幕 6 『変貌』


ーー 遊撃部隊 ーー


『俺を侮辱したこと、後悔させてやるぞ!』


 ドンッ!


 オーガエンペラーはダードレイの煽りに激昂し、衝撃音を発するほどの踏み込みで襲いかかってきた!


『ふんっ!!』


 大上段より振り下ろす戦斧は大振りだが、その速度は凄まじい。

 技に頼らずとも大抵の敵は労せず粉砕することができるだろう。


 ブォンッ!

 ドゴォッ!!!


 風圧ですらひと一人吹き飛ばしそうな一撃は、しかしダードレイには通じずあっさりと躱される。

 勢い余った戦斧は地面を穿ち、飛礫を辺りに撒き散らす。


「へっ、ウスノロが。そんな大振りが当たるものかよ」


『ググッ!きさまぁっ!!コロスッ!!!』


 さらなる煽りに、いっそう冷静さを失う。


「俺ばかりに気を取られていいのかい?」


『なにっ!?』


 ダードレイが相手をしている隙に、他の面々は陣形を整えてオーガエンペラーの周囲を取り囲む。


 既に周囲の配下は尽く倒されてしまい、もはや皇帝エンペラーは孤立無援の状態だ。


「…背中ががら空きだぞ」


 ザシュッ!

 ザンッ!


『ぐあっ!?』


 背後から忍び寄ったティダが双剣の連撃を見舞う。

 しかし、流石にSランクと言うだけあり、浅く表面を切るに留まる。


「…硬いな。これは手間がかかりそうだ」

 

『ぐああーーっ!!許さん!!纏めて吹き飛ばしてやるっ!!』


 そう言って、オーガエンペラーは真紅の身体を更に紅く染めて力を溜め始める。

 その絶大な気に呼応して空気がビリビリと震え始めた!


「むっ!?あれはマズい!総員退避っ!!」


『喰らえっ!![爆縮怒号烈気]!!』


 両腕を地面に叩きつけるようにして、体中に溜め込み圧縮した闘気を一気に開放すると、オーガエンペラーを中心にした同心円状に強烈な衝撃波が幾重にも重なって、地面を抉りながら襲いかかってくる!


「うおっ!!」


「くっ!?」


 全員が既に十メートル以上の距離をとっていたにも関わらず、その衝撃の強さに思わず吹き飛ばされそうになる。

 幸いにも退避が早かったため直撃は避けることができ大きなダメージを受けることはなかったが、クレーターのように大きく抉られた地面をみると、そのあまりの威力に戦慄を覚えた。


「もらった!!」


 殆どのメンバーが後方に飛び退って避ける中、フランツだけは跳躍して避けながらオーガエンペラーに向かっていた。

 そして跳躍の勢いのまま頭上から襲いかかる!


 ヒュッ!

 ザンッ!!


『ぐああーーーっ!!?』


 大技を放って完全に隙だらけになったところに、風切り音をさせながら振るわれた長剣が肩口から袈裟に切り裂く!


「よし!畳み掛けるぞ!!」


 クリティカルヒットに乗じて一気呵成にとばかりに襲いかかる!


 ダードレイ、ティダ、ハスラム、クライフ、デビッドと一座のメンバーが息のあったコンビネーションで攻め立てると、続けざまにカイト、ルシェーラ、フランツと攻撃を繋げていく。

 連撃の合間には魔導師二人の上級攻撃魔法も加わって、相手に反撃を許さず一方的にダメージを与えていく。


 しかし、それでも流石はSランクだけあって倒し切ることができない。

 与えた傷も驚異的な回復力ですぐさま塞がってしまうのだ。


「ちっ!しぶてえな!!」


「!?おじさま!敵の様子がおかしいです!!」



 異変に真っ先に気づいたのはルシェーラだった。


 次から次へと畳み掛けるような攻撃により、倒しきれないものの明らかにこちらが有利な状況…のはずだ。

 しかし、いつの間にか攻撃をくらっても悲鳴を上げることもなくなり、不気味な沈黙を保っている。


 戦意を喪失しているわけではない。

 まるで、火山が噴火する直前に地面が鳴動するかのような…そんなプレッシャーがじわじわと高まっている。




 そして、その時は来た…!


『ぐるぁぁぁぁーーーっっ!!!!』


 プレッシャーが最大限まで高まったとき、凄まじい雄叫びを上げて溜め込んだものを一気に爆発させた!!


 直接的な攻撃ではない。

 しかし、その放たれたプレッシャーは物理的な威力さえ伴って空気を震えさせる。


『ふしゅ〜〜!!』


 そして、オーガエンペラーは『変身』を遂げた。


 真紅だった体は黒く染まり、通常のオーガよりも一回りも二回りも大きかった体躯は更に肥大化した。

 額に生える3本の角は倍ほどにも伸びて先端は槍のように鋭くなった。

 その目は血走って理性の欠片も残っていないように見える。

 もはやその口は言葉を発することもない。

 ただだだ獣の如く吠えるのみ。




「こいつぁ……手応えがありそうだ」


「…カティアの支援があって良かったな」


「そうだな。流石はウチの自慢の歌姫だ。相変わらず神がかった歌声だぜ。だが、早く終わらせねぇと喉が潰れちまうな」


 今も戦場にはカティアの歌声が響き渡り、支援効果は継続中だ。

 効果範囲、持続時間、効果量どれをとっても通常の魔法では得ることのできない最高レベルの支援だ。

 これまでの戦闘でも感じたが、体感的には1.5〜2倍ほどに己の能力がブーストされているような気がする。



 そして、今目の前で変貌を遂げた怪物は、カティアの支援がなかったら果たしてまともに相手できただろうか…と、思わせるくらいの力を感じさせるのだ。


「ま、何とかなるだろ。さあ、第2ラウンドの開始だ!」


ーーーーーーーー





 戦況は思った以上に順調だ。

 私は歌を止めるわけにはいかないので、細かな戦況は確認できないから、あくまでも目で見る限りでは、だが。


 こんなに長く、連続で歌ったことはない。

 しかし、それで潰れるほど柔な鍛え方はしていない。

 戦闘終了まで必ずやり遂げてみせる…!


 領軍も冒険者たちも良く戦ってくれている。

 大将を討ち取って軍団レギオンを瓦解させるという作戦以上に、各地の戦闘では何れもこちらの方が押していて、魔物の数は少しずつ減少していっている一方、こちらの数は殆ど減っていないように見える。



「[快癒]っと〜。戦況は上々のようね〜。ティダとダードさんたちは上手くやってるかしらね〜」


 姉さんが私に治癒魔法をかけてくれながら言う。

 戦闘に参加できるほどではないが、少しづつ魔力が回復しているのだろう。

 強がってはみたものの、多少喉に痛みを感じていたので助かった。


「それにしても、カティアさんの支援効果は凄まじいですね…見える範囲ではこちらの被害は出ていないんじゃないですか?」


 リーゼさんがそう言うが、そんなことはないだろう。

 これだけの大規模戦闘でこちらの被害なしなんて…


「そうね〜、さっき救護班のところの様子を見てきたけど〜、命に関わるような怪我をした人は見てないわね〜」


 …うそ?

 いや、それなら嬉しいことだが…







 と、その時、敵陣の奥の方でここにいても分かるくらいの強大なプレッシャーが発生するのを感じた。


「…あら〜、これはちょっと大変そうね〜」


 姉さんの口調だと全然大変そうに聞こえないけど、額からたら〜、と汗を流しているのを見ると相当焦ってるようだ…


 一体何が起きたの…?

 例えSランクとは言え、ゴブリンエンペラーやオーガエンペラーでは個の力としてここまでのプレッシャーを感じることは無いはずだ。


 …心配だが今[絶唱]を切らすわけにはいかない。

 もどかしいけど皆を信じて待つしかない。


 どうか、皆無事に帰ってきて…!

 カイトさん…







ーー 遊撃部隊 ーー


 変貌を遂げたオーガエンペラーの猛威がダードレイたちに襲いかかる。


『ぐるぁぁーーーっ!!!!』


 ヒュッ…ドゴォッ!!!


「きゃっ!?」


「ルシェーラ!下がれ!」


「だ、大丈夫ですわ!!やれます!!」


 明らかに、これまでと比べてスピード、パワーが格段に上がっている。

 

 息をもつかせぬ連続攻撃によって、こちらが攻撃する隙が見いだせない。


『ぐがあぁぁーーっっ!!』


 ぶぉんっ!!!ドガァッ!!


 攻撃手段は変貌前と変わらず渾身の力で戦斧を叩きつけるのみ。

 だが、その攻撃速度と威力は先程までとは桁違いだ。

 その破壊力を物語るかのように、幾度となく繰り返される攻撃によって周囲は大小のクレーターがそこかしこに作られている。


「ちっ!大振りで単調の癖に付け入る隙が無え!このままじゃジリ貧だ!ティダ、時間を稼いでくれ!」


「…あれをやるのか!?」


「おうよ!やりたかねぇがそうも言ってらんねぇ!」


「分かった!こっちは何とかする!」


 そう言ってダードレイとティダは位置を入れ替える。

 ダードレイは一歩下がって呼吸を整えて集中を高めていく。


 ダードレイに代わって最前列に躍り出たティダはそのまま敵に肉薄して、オーガの攻撃をかいくぐりながら僅かな隙をついて双剣で切り込む。


 ときおり離れた瞬間を狙って他の前衛メンバーも切り込み、どうにか攻防の均衡を保っている。


(ダードさん、何かするつもりか?…俺も、いよいよとなれば出し惜しみしてる場合ではないか)



 ダードレイが奥の手を使うのを決意したのと同じように、カイトもまた自身の奥の手を見せる覚悟を決めようとしていた。


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