第二幕 17 『正体』

 例の『夢』から覚めたとき、窓からは既に朝日が差し込んでいた。

 起床するにはちょうどよい時間のようだ。


 ミーティアは私の腕を枕にして、すぴー、すぴーと寝息を立てている。

 すぐに起こすのも可愛そうだし、私が支度をしている間は寝かしておくか…


 そ〜っと、起こさないように腕を外そうとするが…


「うにゅぅ…ママ…」


 逆に、ぎゅっと腕を抱きこまれてしまった。

 むむ、これはなかなか難易度が…


 何とか少しづつ腕を外してなんとか脱出に成功した。



 そうして、ミーティアをベッドに残したまま、毎朝のルーチンをこなしていく。


 あ〜、そう言えばミーティアの服とか下着とかいろいろ揃えないとだね…

 ミーティアの今の服装は発見当初のシンプルなワンピースのままだ。


 せっかく可愛い女の子なんだから、もっとオシャレさせてあげたい。


 神殿に行くついでに、カイトさんに買い物にも付き合ってもらおうかな。

 ふふ、パパなんだからね。




 よし、私の支度は終わったから、ミーティアを起こそうかな。


 ベッドに近づいて、彼女の肩を揺らしながら声をかける。


「ミーティア、朝だよ。起きなさい?」


「うみゅ……ふわあ〜…あふ」


 大きなあくびをしながら、それでもちゃんと身体を起こして大きく伸びをする。

 寝ぼけ眼を両手で擦りながら目をぱちぱちさせて、ようやく表情がはっきりしてくる。


「…おはよ〜、ママ」


「うん、おはよう。ちゃんと起きられて偉いね〜」


「えへへ〜」


 頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細める。

 …可愛い。


「じゃあ、支度しましょうか。先ずは歯を磨いて、顔を洗いましょう」


 よく分からないだろうから、一つづつ教えながら支度をさせていく。

 髪を梳かしてあげるが、寝癖など付いておらず櫛の通りも滑らかで殆ど手入れが必要ない感じだ。

 私の髪もそうなんだけど、これは楽で良いね。


 髪型は…最近は気温も高くなってるし纏めてあげたほうがいいかな。

 シンプルに首の後ろのところで留めればいっか。

 以前ユリシアさんのお店で貰った髪留めを付けてあげる。


「これでよしっ、と。本当は着替えもしたいんだけど、まだお洋服が無いからね。今日買いに行きましょうね」


 たしか、ユリシアさんのお店には子供の服も置いてあったと思う。


「おようふく?」


「そう。あなたは可愛いのだから、ちゃんとオシャレしないと」


 【私】のオシャレ好きの血が騒ぐぞ。


「うん、みーてぃあ、おしゃれするっ!」


「うんうん、たくさんお買い物しましょうね」


 ふふふ、ちょっと楽しみになってきた。







 宿のロビーでちょうどカイトさんに会ったので、一緒に朝食を取ってから神殿に向かう。



「エメリール様の神殿には行ったことはあります?」


「ああ、この間の事件の後にな」


「そうなんですね。私も事件の後に初めて行ったのですけど、そこで神界に招かれまして」


 神殿に向かう道すがら、リル姉さん達と会ったときの話をする。

 …もちろん恋愛相談したのは内緒だ。


 ミーティアは私と手を繋いでとてとて歩いている。

 もう、今更コソコソしてもしょうがない、と開き直ってます。


 気温も暖かで外套来てフード被ってるほうが不審者みたいで余計目立つし…



 そして、中央広場に面したエメリール神殿にやって来た。


 中に入り祭壇の前まで進んで、早速祈りを捧げる。

 隣でカイトさんも同じように片膝をついて祈る。


(リル姉さん、今日はお話したいんだけど、大丈夫かな?)


 心の中で呼びかけるようにすると…意識が引っ張られるような感じがして、視界が白く染まった。









「こんにちは、カティア。よく来たわね」


 前回と同じように、森の中に開けた広場のような場所で、リル姉さんがテーブルセットの椅子に座って優雅に微笑んでいる。

 相変わらず絵になるなぁ…


「こんにちは、リル姉さん」


「うにゅ〜?ママ、ここどこ〜?」


 !?

 って、ミーティアも来たの!?


「こんにちは小さなお嬢さん」


「ふわ〜、おねえちゃんきれ〜。ママのおともだち?」


「ふふ、ありがとう。そうね、カティアのお姉さんみたいなものよ」


「ふ〜ん、そうなんだ〜」


 あ、何か二人とも普通に会話し始めてる…


「えっと、リル姉さん?この子はミーティアって言うんだけど、何でここにいるのかな?」


「今日は彼女の事を聞きに来たんでしょう?」


「うん、そうなんだけど…」


「ここにいるのは…あなたとこの子の魂の波長が殆ど同質のものだったので、おそらくカティアと一緒に引っぱってこられたのよ」


「え…?魂が…同質?どういう事?」


「わからない?…彼女こそが、あなたの魂に損傷を負わせた『異界の魂』なのよ」


 …え?


「ええーーーっっ!!!???」


 え?

 うそ?

 なんで?

 衝撃の事実を聞かされて頭の中は大混乱に陥る。

 ちらっとミーティアを見ると、本人はよくわかってないみたい。

 ペタペタさわって、ほっぺをむに〜、とする。

 ん〜、もちもち(現実逃避)


「むに〜?」


「え?…こんなに可愛いのに?…え?」


 未だ混乱中。


「え?でも、大丈夫なの?この世界の魂を糧にしないとって…」


 昨日ギルドの食堂で普通にご飯食べてたけど…


「…いったい何がどうなったのかまでは分からないけど、彼女の魂はもとのカティアの魂を核にして完全にこの世界の魂として定着してるわ。これならこの世界で普通に暮らすのは問題ないでしょうね。こんな事はこれまでに無かったことよ。…あるいは、やはりシギルが良い方向に作用したのかも」


「ふぇ〜…じゃあ、私の事を『ママ』って呼ぶのは…」


 …本人はいつの間にか椅子に座ってジュースをちゅ〜ちゅ〜飲んでる。

 キミの話をしてるんだぞ。


「本能的に自分に近しい存在であることを理解したんでしょうね」


 近しい、と言うか同じ魂を持つわけだからね…


「…じゃあ、カイトさんを『パパ』と呼ぶのは…?」


「…あなたが彼を好きだという感情を感じ取ったんでしょう」


 うわぁ〜っ!

 は、恥ずかしい!

 そ、そんなハッキリと言われると…


 羞恥に身悶えするが、リル姉さんは微笑ましげな目を向ける。



 あ、あれ?

 そう言えば…

 ふと、疑問が生じる。


「ねえ、リル姉さん?ミーティアはなんで実体を持ってるの?私の身体を乗っ取らないで、いったいどうやって…」


「あの古代遺跡よ。あなた達が探索しているところをたまたま見ていたんだけど…」


 そうだ、ミーティアはあそこにいたんだ。

 シギルで封印された隠し部屋。

 その件もあってリル姉さんに聞こうと思ったんだ。

 そっか、リル姉さん見てたんだね。


「あの遺跡はいったい何なの?『神の依代』って?」


「あなたが見たとおり、『神の依代』を奉じるための神殿ね。神の依代とは、私達神々が地上を去るという事になった時に、それを憂いた一部の人間がいつの日か私達が再び地上に戻る事を願って創り出した…人造人間ホムンクルスよ」


人造人間ホムンクルス…?」


「そう。私達の魔法や技術を学んだ天才魔道士が生み出した、生きた神代遺物アーティファクト。中に入る魂によって様々な姿をとるわ。ミーティアの魂はこの世界の魂として定着したけど、ある意味生まれたてだから精神は幼く、それを反映した姿になったのね」


「そんなものが…」


 当の本人はジュースを飲みきってお菓子に手を出している。

 …さっきから、いったいどこから出てくるんだ?


「あむあむ…ママ、これおいし〜」


「ああ、ほら、食べかすがついてるよ」



 そんな私達のやり取りを複雑そうな表情で見ていたリル姉さんが聞いてくる。


「…カティアは、この話を聞いてどう思うの?この子の事を恨んだり嫌ったりはしないの?」


「え?…う〜ん、別に何とも。恨みも無いかな…もともと異界の魂に対しては可哀想って気持ちが強いし、今私はこうして生きているし。それに、ミーティアは可愛いし。こうしてこの世界で生きていけるなら、良かったんじゃないかな」


 と、ミーティアの頭をナデナデする。


「むふ〜」


 猫の様に目を細めて気持ち良さそうだ。

 可愛い。

 この姿を見て嫌う事ができる人なんていないでしょ。


「そう、良かったわ。ふふ、本当にお人好しなのね」


「そうかなぁ〜?」


 普通だと思うよ。






「さて、今回の話はこれくらいかしら?」


「うん、そうだね」


「じゃあ、リナとリリア姉さんを呼びましょうか」


 と言って、リナ姉さんはどこからともなく神様電話ゴッドフォンを取り出して二人に連絡を取り始める。

 …神々しい女神様がスマホで通話する姿はやっぱりシュールだ。






「来〜た〜よ〜!こんにちは、カティアちゃん!」


 今日も元気なリナ姉さんが、シュッ、と登場。

 

 そして…


「リル、来たぞ。ほう、その娘がカティアか。ん?もう一人ちっこいのがいるな?」


 リナ姉さんと一緒に現れたのは、髪と瞳の色は私達と同じだが、凛々しい雰囲気でカッコいいという表現がピッタリの美女。

 髪はポニーテールにして、白銀のいわゆるドレスアーマーを身に纏ってる。

 見た目は完全に姫騎士、口調も格好も勇ましい感じだ。


「あ!ホントだ!何、この子!?凄く可愛い!!」


 ムギュっ、とミーティアに抱きついてほっぺをスリスリ。

 ミーティアは目を白黒させてビックリしている。


「え〜と、始めまして…エメリリア様ですよね?」


「ああ、そうだ。リリア、でいいぞ。妹達と同じように気軽に接してくれ」


「あ、うん…じゃあリリア姉さんで。よろしくお願いしますね」


「ああ、よろしくな。で、あっちのちびっ子は誰なんだい?」


「あ、この子はミーティアって言って…」


 と、リル姉さんと話した内容を伝える。





「ほう、そんな事が…確かに、あの『異界の魂』特有の相容れない感じはしないし、危険は無さそうだな」


「大丈夫よ!だってこんなに可愛いんだもの!」


 冷静に判断するリリア姉さんと、さっきの私みたいにポンコツな発言をするリナ姉さん。


「それにしても、あの人造人間ホムンクルスを見たときは随分と未練がましいものだと思ったが、世の中何が役に立つのか分からんな。まあ、奇跡的に色々な要因が複雑に絡み合って起きた特殊事例だ。応用できればよいのだが、まさか他のシギル持ちを実験台にする訳にもいかん」


「同じようなことが起きるとは限らないからね」


 あ、リナ姉さんがミーティアを膝に乗っけてお菓子で餌付けを始めた。

 あまり食べさせないでくださいね…





 そして、新たに加わった二人を交えて暫し談笑する。

 ミーティアはお菓子に満足したのか、今度は草原で元気に走り回ってる。



「そうだ、カティアちゃんって、オキュパロスから魔法を教わったのよね?」


「え?う、うん。[変転流転]って魔法を教わったよ」


「むむ。これは姉として負けてられないわね…よし!私は加護をあげるわ!」


「え!?…いいの?」


「もちろんよ!って言うかオキュパロスが教えたのに、私達が何もしないなんて、姉の名折れよ!」


 何?その対抗意識は…


「ふむ、そういう事なら私からも加護を与えよう。これで我ら三姉妹の加護が揃うな」


「『生命の女神』たる私の加護は、治癒系魔法の効果を極限まで高めるわよ!」


「『勝利の女神』たる私の加護は、自分自身のほか、仲間と認識した対象の能力全般を増強するぞ。お前の[絶唱]と重ねればかなりの効果が期待できるんじゃないかな」


「あ、ありがとう!姉さんたち!」


 もともと転生の際にリナ姉さんからは対『異界の魂』用に加護を貰っていたが、これは即死系攻撃全般の完全無効化らしい。

 どれも物凄く強力な効果だ。

 有効に使わせてもらいますね。







「そうそう、その後、カレとはどうなの?」


 と、唐突にリナ姉さんが切り出してきた。


「!…え、え〜と、とくに進展は、無いかな…あはは…」


「そう、まだ悩みが解消しきれないのかしら?」


「う〜ん、そっちはもうあまり気にならなくなってきたと言うか…」


 と、昨日見た夢のことを話す。

 私の魂、意識は混ざり始め、一人のカティアとなりつつある事を。


「そう…そういう形になるのね。カティアはそれで大丈夫?」


 リル姉さんが聞いてくる。

 転生前に、どうなるかは未知数と言っていたので、気にしているのだろう。


「うん、大丈夫。一番いい形だと思うよ」


「そう、良かったわ」


「じゃあ、そのへんの悩みは解消されつつあるとして…告っちゃえば?」


「!?こ、告っ…」


「まあ、いきなりは無理か。あなた奥手そうだものね」


 そうだよ。

 焦らなくていいって前も言ってたじゃない…


 それに、カイトさんってまだ私から一歩引いてるような感じがするんだよね。

 まだ時期じゃないというか…

 何かを抱えてるというか…


 と言うようなことを話すと…


「ふ〜ん?カイトって言ったっけ?どんな人なんだろ」


「ああ、それなら今現実のカティアの隣に居るわよ」


「あ、ほんと?どれどれ?」


 どうやら、現実世界の様子を見てるらしい。

 うう、恋愛相談してる対象を見られるのは何だか恥ずかしいぞ?


「ほぉ〜、なかなかのイケメンじゃない。誠実そうだし。…あれ?この感じ…何でここに…?…ああなる程、そういう事。ま、人間いろいろあるよねぇ」


 観察しながら独り言を呟くリナ姉さん。

 …凄く気になるんですけど。


「ふむ、私も…む?これは…」


 と言ってリリア姉さんも観察し始めるが、やはり何かが気になるようだ。

 カイトさんがどうしたんだろう?

 凄く気になる!


「二人ともどうしたの?」


「なに?リルお姉ちゃん、気づいてなかったの?相変わらずのうっかりさんなんだから」


「そ、そんな事は。…もう、なんだと言うの……あ、ああ、そういう事…それに、これはまさか…」


 と、リル姉さんも何かに気付いたらしい。

 そして、妹からもうっかりさんと思われてるんだね…


「ね、ねえ?カイトさんに何かあるの?」


 私は急に不安になって皆に尋ねる。


「…う〜ん、ちょっと私からは…彼、秘密にしてるでしょうし」


 そ、そんなあ〜…

 あれだけ思わせぶりなことを言っておいて、それはないよ。


「大丈夫よ、そんな泣きそうな顔しなくても。別に悪い話じゃないし、いずれ彼から話してくれると思うわよ」


「そう、ですか…?」


「ええ、きっと。あなた達の巡り合わせは運命でしょうから」


 そう、リル姉さんも言ってくれるけど、運命って…?


「お姉ちゃん…?」


「だから、あなたは焦らず自然体でいればいいのよ。今まで通りにね」


「…分かりました。いつかカイトさんが教えてくれるのを楽しみにしてます」


 結局、私がやることは変わらない。

 これまでと同じように、少しづつ彼のことを知っていこう。




 そして、その後も少し話をしてから私とミーティアは神界を後にした。










ーー その後の三女神の会話 ーー


「ねえ、お姉ちゃん。どういう事?運命って。あのカイトって人、………って以外になにかあるの?」


「私も今回始めて気が付いたのよ。あの二人の巡り合わせは正に運命という他ないわ」


「…なる程。魂の守護者たるお前が、巡り合わせと言うからには…」


「…ああ、そういう事?つまり、あの二人は前世から浅からぬ縁がある?」


「ええ。前世で果たせなかった想いの強さが、再び彼らを巡り合わせた。そう思えるの」


「いいね〜、ロマンチックだわ〜」


「…どうか、今世では幸せでありますように…」




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