第二幕 6 『遺跡へ』

 千秋楽から二日後。


 私とカイトさんは再び侯爵邸に向かっていた。

 早朝、まだ日が出てからそれほど経っていないような時間だ。


 貴族の家に訪問するには非常識な時間だが、今日の目的を考えれば妥当であると言える。


 先方もそれを了承してるので問題はない。


 私はいつもの冒険者装備に、この間新しく購入したミラージュケープを装備している。

 同日にカイトさんに買ってもらった髪留めももちろん身につけてる。


 カイトさんも初めてあった時のような冒険者の出で立ちだ。

 変わったのは、私が贈った腕輪くらいかな。



 お嬢様には昨日のうちに依頼の内容を説明している。


 侯爵閣下を見送りに東門まで行ったときにお会いしたのだ。

 その際に今日の待ち合わせについても確認した。



 そして、今回の同行者はもう二人…


「すみません、ロウエンさん、リーゼさん。急にこんなことお願いしちゃって…」


 そう、うちのロウエンさんと、もと『鳶』パーティーのメンバーであるリーゼさんに助っ人をお願いしたのだ。


 なぜ二人に頼んだかと言えば…


「いいッスよ、別になんの予定も無かったッスから。それに、まだ探索しきっていない遺跡ならば斥候を入れたほうがいいって言うカイトの判断は正しいッスよ」


「私も、アスティカントまでの路銀をもう少し稼いでおきたいと思ってたので…声をかけてもらってちょうど良かったです。それに、古代遺跡にも興味がありますし。魔法トラップの感知はお任せくださいね」


 そういう事だ。


 【俺】の記憶によれば、東の遺跡には大したトラップは無かったはず。


 しかし、それはあくまでもゲームでの話でしかない。


 一応、スーリャさんに聞いた情報によれば、遺跡の構造自体は大体記憶していたものと一致していた。

 ただ、一層あたりの広さが大きく異なっていて、現実のこの世界の遺跡の方がかなり広いようだった。

 更には、全階層探索されてるわけではないとのこと。

 想定では数階層程度と予測されているが、それよりも規模が大きければ5階層対応すれば依頼としては成功扱いになるらしい。


 現実世界との乖離があるかもしれないし、侯爵家のお嬢様がいるのだから万全を期すべきと言うカイトさんの意見も尤もだと思ったので二人に声をかけたのだ。


 もと『鳶』の他のメンバーにも声をかけようとしたんだけど、もう新しいパーティーで活動してるみたいだったので諦めた。



 遺跡の規模が思ったよりも大きそうなので、今回の依頼については野営を行う可能性も考えているが、それは閣下もお嬢様も承知している。




 そうして歩くことしばし、私達は侯爵邸に到着した。


 ん?

 門のところに誰か…

 って、お嬢様?


 …護衛も付けずに何してんすか。

 お嬢様が一人にならないように、わざわざ迎えに来たのに…


 普段のヒラヒラしたドレス姿ではなく、私達と並んでも違和感が無いような冒険者風の出で立ちだ。

 ちょっと安心した。


 いや、まさかキンキラの鎧とかを想像したわけじゃないけど、生粋のお嬢様だし。

 でも、中身は閣下と同じか。


 艷やかな黒い髪は後ろでまとめてポニーテールのようにしている。

 シンプルな黒いシャツにズボン、その上に装備する白銀のブレストプレートだけは高級な感じがする。

 焦げ茶色の外套を羽織り、貴族のお嬢様とは思えないくらいに地味な色合いのコーデだが、本人のオーラというか雰囲気がそうさせるのか、そこはかとなく気品が漂っているのは流石だ。


 しかし、何よりも目を引くのはその手にした得物だろう。



「おはようございます、お嬢様。今日はよろしくお願いしますね」


「おはようございます、カティアさん。私の我儘を聞いて下さりありがとうございます。こちらこそよろしくお願いしますわ。カイトさま…それに、ロウエンさんにリーゼさんも」


「ああ。特に大きな依頼もなかったしな。別に構わんさ」


「よろしくお願いしますッス」


「ルシェーラさま、よろしくお願いします」


 ロウエンさんもリーゼさんも、夜会のときに挨拶して面識はあるらしい。



「ところで…お嬢様の武器はそちらですか…?」


 と、先程から気になっている、お嬢様が手に持っている武器について聞く。


「ええ。変ですか?」


 変ではない。

 武器としては別に珍しいものでは無いだろう。

 ただ、お嬢様の得物としては些か不釣り合いに見えるのだ。


 なんせ…いかにもたおやかな細腕で手にしているのは、自分の背丈をゆうに超える槍戦斧ハルバードだったのだから。

 長さは2メートル以上はあるだろうか。

 槍の部分は肉厚幅広長大で、両刃になっている斧の部分も戦斧と変わらないくらい大きなもの。

 普通のハルバードよりも、その重量は相当なものであると思われる。


 てっきり、レイピアとかの刺突剣とか、せいぜい片手剣くらいを想像してたのだけど…

 でも、そう言えば奥様も両手剣を使ってたって言ってたなぁ…


「いえ、変ではないのですが、ちょっとイメージと違ったので…」


「ふふ、ちゃんと扱えるので心配はございませんわ」


 いや、それは心配してない。

 絵面が気になっただけだ。



「じゃあ、みんな揃ったし行こうか」


「そうですね、行きましょう」


「東の街道ッスよね」


「どんな遺跡なのか楽しみです」


「ふふふ、ワクワクしますわ」


 わいわいと話しながら私達一行は東門へと向かった。







 東門より街道に出て、これから徒歩で休憩も含めて4〜5時間の行程となる。


 一時間ほど進んだところで、街道を外れて草原を進んでいく事になる。


「確か、この辺りから街道を外れて北に向えば良いはずです」


「ああ、カティア案内を頼む」


「はい!任せてください!」


 ここから先は私が先導して草原を進んでいく。

 道らしい道は無いものの、草花の背丈もそれ程高くはなく平坦なので歩き難いと言う事はない。


「のどかなところですわね。何だかピクニックに来ているみたいですわ」


「そうですね、この辺りは普段は危険な魔物もいないですし…でも、この間のスオージの森の異変の影響で本来この近辺では出現しない筈の魔物に遭遇する可能性もありますから油断はしないで下さいね。私も以前、ちょうどこの辺でグレートハウンドに遭遇しましたし」


「ええ、もちろん油断など致しませんわ」



「っと、噂をすればってやつッスかね?何かいるみたいッス。前方の、あの茂みが濃くなってるところッスね」


 と、ロウエンさんが警告を発する。


「むむ…またか。今度は何だろ?」


 茂みのところ…

 言われてみれば気配があるな。


 あそこに隠れてるならそんなに大きくないと思うけど…


 と、注意して見ていたら、のっそりと姿を現してきた。


「ロックリザード、か」


 体長3メートルを超える巨大なトカゲだ。

 その名の通り岩の様にゴツゴツした鱗を持ち、その見た目通り非常に頑強である。

 力も巨体に見合ったものがあり、噛みつかれたらただじゃ済まない。

 スピードはそれほど早くはないが、瞬間的には侮れないものがある。

 脅威度はDランクだ。


「街道もまだ近いし、放ってはおけないか…」


「では、せっかくですから私が相手をしますわ」


 ルシェーラ様がそう言うが…

 ちら、とカイトさんを伺うと、コクリと頷いて…


「そうだな。準備運動としては妥当だろう。頼んでいいか?」


「お任せくださいませ」


 そう言ってルシェーラ様は前に出ていく。

 特に気負うこともなく自然な感じだ。


「え?お嬢様一人で大丈夫なんですか?支援とかは…」


「まあ、大丈夫だ。あの程度の魔物ならなんの問題もない」


 リーゼさんの不安そうな言葉に、カイトさんは事も無げに言う。


 そう言ってるうちにルシェーラ様はロックリザードの目前まで迫り…


 様子を窺っていたロックリザードが、それまでの緩慢な動きから想像できないほどの俊敏な動きでルシェーラ様に襲いかかる!


 巨体にも関わらず意外な俊敏さで、噛み付こうと襲いかかってきたロックリザードを、ルシェーラ様は軽くサイドステップで避ける。


 間髪入れず振るわれた尻尾の一撃も、僅かに屈んでこれも危なげなく躱す。


 そして、再び頭から襲いかかろうとしたロックリザードに向かって…


「せぇーーいっ!!」


 気合一閃!

 ハルバードを大きく薙ぎ払う!


 狙い違わずその太い首に斧の部分が吸い込まれ…岩の如き頑強な鱗をものともせずに断ち切ってしまった。


「…脅威度Dとは言え、あの頑強なロックリザードを一撃ッスか。あのゴツい得物は伊達じゃないって事ッスねぇ」


 そうだね。

 重量武器の威力を遺憾なく発揮してると思う。


 それにしても…長柄かつ重量級のあのハルバードを軽々と振り回してるのに、豪快と言うより華麗って感じだった。

 いや、カイトさんが保証してたし、実力を疑ってる訳じゃなかったけど実際に目の当たりにすると驚きだね。


「お嬢様、ホントに実戦経験ないんですか?凄く落ち着いて手慣れた感じでしたよ」


「あら、そう言って頂けるなんて嬉しいですわ。間違いなく実戦は初めてですし、これでも緊張してたのですわよ」


「それであれだけやれるなら、大したものですよ」


「ふふ、ありがとうございます。ところで、あの魔物はどうするんですの?」


 ロックリザードかぁ…

 魔核はそれほどでもないけど、確か食肉として結構高値になるんじゃなかったかな?


「ロックリザードは肉が美味いッス。丸々一匹なら結構な金額になるッス」


「う〜ん、でもこの巨体だし、依頼に何日かかるか分からないし…」


 ちょっと解体して手分けしてもかなり嵩張るし、日持ちもしないしねぇ…


「それでしたら、私の収納倉庫ストレージに丸ごと入れてしまいましょうか」


 と、あっさりした様子でルシェーラ様が言う。


「え?これを?って、収納倉庫ストレージ!?」


「ええ。この指輪が魔道具になってまして…」


収納倉庫ストレージの指輪って!?神代遺物アーティファクトじゃないですか!!」


 あ、リーゼさんが食いついた。


 私の拡張鞄くらいのものだったらそれほど珍しくはないんだけど…

 収納倉庫ストレージというのはそれとは比べ物にならない程の大容量を持っていて、それを作り出せるのは神代魔法のみ。

 さらに、収納した物は時間経過しないと言われている。


 神代魔法が使える指輪なんて当然神代遺物アーティファクトしかありえないだろう。


「我が家に代々伝わっている秘宝ですわ。今回冒険者の活動をするにあたってお母様が持たせてくれたのです」


 …流石は侯爵家。

 大貴族は伊達じゃないね。


「み、見せてくださいぎゃっ!?(ぐきっ!)」


 リーゼさんが我を忘れてお嬢様に飛びかかるのを、思わず首根っこを掴んで止める。


 今回この人の暴走を止めるのは私の役割かぁ…


「リーゼさん、落ち着いて下さいね。相手はお嬢様ですよ?」


「はっ!?し、失礼しました…つ、つい我を忘れてしまいました」


 毎回思うけど、首は大丈夫なのかしらん?


「ふふふ、大丈夫ですわ。見せるくらいは構いませんが、今は依頼中ですし、野営とかで時間があるときにしてくださいね」


「うう、スミマセン…では、後で見せてもらえますか?」


 謝りつつも約束するあたり、リーゼさんも結構逞しいね…



「じゃあ、ルシェーラ、頼めるか」


「ええ、『ここに扉を開け』」


 あ、発動キーワードは神代語なんだ。

 まあ、それもそうか。


 キーワードによって指輪から光が溢れ…その光はリング状になってロックリザードを囲む。

 そして、リングが小さく閉じていくとロックリザードの巨体はすっかり消え失せてしまった。


「凄いッス。跡形も無くなっちまったッス」


「これが収納倉庫ストレージ…初めて見ました。一体どういう魔力の制御が行われてるのか。魔道具だから詠唱は分からないけど、発現事象から考えると…」


 ああ!?

 考察が始まってしまった!

 リーゼさんお願いだから戻ってきて!









 お嬢様にロックリザードを収納してもらい、リーゼさんを何とか現実に引き戻して、私達は再度歩き始める。


 そして、他の魔物に遭遇することもなく3時間ほど歩くと…

 そこは、かつて【私】が倒れていた草原だった。


 倒れた私が目覚めたときに、自分の顔を確認した小川の方に向う。


 軽くジャンプすれば飛び越せるくらいの小川がそこにある。

 あの日と変わらず流れは穏やかで、水は澄み切っていた。


「なんとも穏やかな風景ですわね。本当にピクニックに来ているみたいですわ」


「そうだな。この川に沿って上流に向えば良いんだよな?」


「ええ、そのはずです」


「そうか、分かった。…さて、ずっと歩き通しだったし、せっかく絵になるような場所なんだ。休憩していくか?まだ少し早いが、昼食をとってしまっても良いかもしれん」


「あ、良いですね、そうしましょうか」



 と言うことで、ここで少し休憩していく事になった。


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