第一幕 エピローグ 『再び始まる…』

 カイトさんと別れた私は一旦宿に帰ってきた。


 打ち上げの時間までまだ少し時間があるけど、さすがに歩き疲れたからちょっと休憩。

 服は…そのままでいいか。


 約束の時間が近づくまで部屋でのんびりした。



「え〜と、『金の麦穂亭』だっけ…たしか、この辺りのはず」


 約束の時間も目前となり、私は宿を出て南地区の飲食店や酒場が多く集まる地域で目的のお店を探している。


「お〜い、カティアちゃん!」


 声をかけられ振り向くと、『鳶』の面々が。

 カイトさんも一緒だ。


「あ、皆さん、さっきぶりです」


「カティアさん、昼は挨拶もせず済みませんでした…」


「あ、リーゼさん。復活されましたか」


「ええ…済みません。どうも魔法の事となると周りが見えなくなってしまいまして…」


「あはは…でも、熱中できる事があるのは羨ましいです」


「そう言ってもらえると…あ、ところであの[変転流転]なんですけど、ちょっと詠唱で分からないところがありまぐえっ!?」


 あ、デジャヴュ…


「はいはいダメよ、リーゼ。せっかくもとに戻ったのに、また手間をかけさせないでちょ〜だい」


「ちょっ…レイラ…さん、く、苦しい…」


 レイラさんに首根っこを掴まれて引きずられて行った…

 …後で話を聞いてあげようかな。



 みんなと一緒にお店の前まで来ると、うちの父さん達もちょうど到着したところだった。


「おう、カティア。『鳶』の連中も一緒か」


「うん、ちょうどそこで一緒になったの」


「あら〜?カティアちゃんは〜、カイトくんとデートしてたんでしょう〜?」


「なっ!?なぜそれを!?」


「…あらあら〜?冗談のつもりだったのだけど〜本当に〜?」


 し、しまった!

 ハメられた!?(※自爆です)


「そういえば〜、そのケープ見たことないわ〜。もしかして〜プレゼントかしら〜?」


「ち、違うよ、これは自分で買ったんだよっ!」


「『これは』〜?」


 い、いかん、喋れば喋るほど墓穴を掘ってしまう!

 ここは戦略的撤退を…!


「まあまあアネッサさん、そのくらいにしてあげて下さい」


 と、レイラさんが根掘り葉掘り聞こうと迫ってくる姉さんを止めてくれた。

 おお!救いの神はここにいたか!


「お店の前で立ち話も何ですし、中でじっくりたっぷり根掘り葉掘り聞かせてもらいましょう?」


「あら〜、それもそうね〜」


 どうやら救いの神はいなかったらしい…


 


 店内には他のお客さんもいたが、隅の一角が予約席になっていた。


 皆着席してそれぞれ飲み物を注文する。

 そして、皆の飲み物が出揃ったタイミングで、父さんが乾杯の音頭を取る。


「そんじゃあ飲物はみんな回ったか?…よし。では、依頼の成功と、新しい出会いを祝して。乾杯!」


「「「かんぱ〜い!(ッス)」」」


 父さんの掛け声に合わせて、それぞれ手にしたコップを掲げたあと、お互いに軽くぶつけあってカツン、と打ち鳴らす。

 私はコップに口を付けて、なみなみと注がれたビールをぐびぐび、と一気に半分ほど飲み干す。

 ぷはぁ!

 う〜ん、美味しい!


 【私】は今まで殆ど酒精の無いものしか飲んだことが無かったけど、【俺】は結構お酒は好きな方だったので、久し振りに飲めて嬉しいな。

 味わいも前世と比べて大きな違いはない。

 もちろん、前世の方が洗練されてると思うけど、これはこれでクラフトビールみたいな感じでとても美味しいと思う。


 一杯目は早々に飲み終わり、早くも二杯目を注文した。


「…おい、カティア。そんな一気に飲んで大丈夫か?あまり強いのは飲んだ事ないだろ?」


 と、ティダ兄さんが心配そうに聞いてくるけど、大袈裟だな〜。


「大丈夫だよ、ビールなんて大して強くもないでしょう?」


「…そうか?なら、いいんだが…」



ーー 五分後 ーー


「それれ〜、カイろさんわ〜ろうなんれすぅ〜?こいびろとかって〜いるんれすか〜?」


 あはは〜、何か気分いい〜。


 あれ?

 何でカイトさんはそんなにドン引きしてるのかしらん?


(なぁ…あいつあんなに酒に弱かったか?)


(…普段飲んでるのはジュースみたいなもんだったからな)


(あら〜、だからティダも言ってたのに〜。でもこれはこれで面白いわ〜)


(カティアちゃんにも、意外な弱点があったッスね〜)



「…なあ、そろそろやめておいたらどうだ?大分酔ってるぞ?」


 酔ってないですって、【俺】はお酒に強かったんだから〜。


「なにいっれるんれすか〜、ビールなんかれ酔うわけないじゃないれすか〜。れ?ろうなんれす?」


「…いや、いないが…」


「そうれすか〜。奇遇れすね〜、わらしもいないんれすよ〜。『お互い様』れすね〜?」


 そっか〜、いないんだ〜。

 良かった~。


「…そうだな…」


「じゃあ〜、わらしのことっれ〜、どうおもいまふ〜?」


「あ、ああ、可愛いと思うぞ」


「やっら〜!じゃあ〜、ちゅう〜しれくらさい〜」


「何でそうなるっ!?」


「え〜い!ひざまくりゃっ!きゃははっ!」


「お、おいっ!?…もう、無茶苦茶だ…」



「…アネッサ。[解毒]頼む。流石にこれ以上は忍びない…」


「そうね〜。もう少し見たい気もするけど〜、カイト君もドン引きしてるし〜。…はい、[解毒]っと」


「…はっ!?…あ、あれ?私はいったい何を…?」


 …二杯目のビールに口を付けたところまでは覚えてるんだけど?

 取り敢えず謎なのは…


「…何でカイトさんに膝枕されてるんです?」


「…覚えてないのか?」


「…全く」


 いつまでも膝枕してるわけにもいかないので身体を起こすと、皆がこちらに注目していた。

 うう…恥ずかしい。

 いったい私は何をしたんだ!?


「カイト君を口説いてたわね〜」


「!?」


「こんな可愛い子にゴロゴロにゃんにゃんすり寄られて役得ね。でもだめね、カイト。女の子に恥をかかせるものじゃないわ」


 ゴロゴロにゃんにゃん!?

 ほんと何してたのっ!?


「…カイトさん」


「あ、ああ、何だ?」


「忘れてください」


「…善処しよう」


「カティア。お前、酒はやめておけ」


「そうね〜。カイト君と二人きりの時に〜しておきなさい〜」


「…いや、俺の前でも困るんだが…」


 そ、そんな〜!?

 お酒が飲めないなんて〜…


 くっ、初めて転生のデメリットを感じたわ…


 そしてカイトさん、ごめんなさいね!?

 そんなにドン引きされると、私、泣きます!




「は〜い、じゃあカティアちゃんはこちらへ〜」


「ささっ、どうぞどうぞ!」


「ううっ…お手柔らかに…って、リーゼさんもですか?」


「ふふ、私だって女の子ですからね。魔法にだけ興味があるわけじゃないんですよ?」


 そうですか…

 あなたは魔法オタクを貫き通してくれても良いのですよ?


「…でも、別にそんな大した話はないですよ?」


「それじゃあ〜、そんなに恥ずかしがることはないわね〜」


「ですね。さあ、洗いざらい吐きなさい!」


 そして、朝偶然出会って手合わせしたことから、一緒に買い物したことまで、事細かに報告させられた。


「へえ〜、プレゼントし合うだなんて。カイトもなかなかやるわね〜」


「うふふ〜、店員さんナイスよ〜」


「…冒険者向けの魔道具店。そんなお店があったんですね。後で場所教えて下さいね」


 うう…大したこと無いって言ったけど、やっぱり恥ずかしかったよ。

 と言うか、手合わせはともかく、その後は傍から見たら完全にデートにしか見えなかったね…

 もう、【俺】の意識の葛藤とか関係なく普通に楽しんでたよ。


 そしてリーゼさんは『私も女の子だから』と言ってた割に、やっぱり興味があるのはそっちなんだね…

 


 そんなこんなで賑やかで楽しい時間が過ぎていく。


 そんな中、ほろ酔いでご機嫌になった父さんが、何か余興をやれ、とロウエンさんに振る。


「おう、ロウエン。お前、なんか面白ぇことやれや」


「また、無茶振りッスねぇ…まあ、オイラにできるのはこれくらいッスね…」


 無茶振りと言いつつ、ロウエンさんは立ち上がって…余っていたコップを回収して重ねていく。


 十個くらいあるかな?


 そして、重ねたコップを空中に投げる。

 バラけながら落ちてくるそれを左右の手で交互に掴んでは投げ掴んでは投げ、と繰り返す。


 だんだんとスピードを上げていき、それが限界に達すると…

 最後に一つコップを掴んだと思うと、全てのコップがそこに次々と重なって行って、終了。


 見事なジャグリングに周りで観ていた他の客からも喝采が上がった。

 だが、父さんのコメントは辛辣だ。


「それは見飽きたぞ」


「オイラに一体何を求めてるんスか…」


 まあ、一座では見慣れてるからねぇ…


「いや、凄かったですよ!うちも何か出来ればいいんですけど。…あ、そうだ、カイト!あなた確かリュート弾けるでしょ?私お店から借りてくるわ!」


 と言って、レイラさんがお店の人にリュートを借りに行った。


 このお店、端の方にオルガンみたいな物もあって、これらの楽器は借りられるらしい。

 即興で演奏会とか行われたりするそうだ。

 それって、凄く楽しそう!


「カイト、借りてきたわよ!」


「まったく、強引だな…」


 そう文句を言いつつも、リュートを構えてじゃらん、と軽く音を出して調子を確かめる姿がとても様になっていて格好いい。


「リクエストは?」


「そうねぇ、何がいいかしら?」


「あ、じゃああれはどうです?『気まぐれな神』とか。今回はオキュパロスさまにご縁が有りましたし」


 と、リーゼさんが提案する。

 そうだね、今回オキュパロス様の助力が無かったら、こうして打ち上げする事も出来なかった。


 …あまりその呼び名は好きじゃ無いらしいことは黙っておこう。


「ああ、わかった」


 じゃら〜ん、と掻き鳴らすと店内の注目が集まる。

 

 巧みな指さばきで弦を弾き、軽快なリズムの、どこかユーモラスな曲が流れ始めた。

 オキュパロス様の様々な逸話を面白おかしく歌にしたもので、他の神々をモチーフにした楽曲と共に広く大衆に親しまれている。


 店内は大いに盛り上がり、たくさんの人々が手拍子でリズムを取り始めた。


「おお、こいつぁ凄えな!玄人はだしってもんだ。おい、ロウエン、お前負けてんぞ」


「切なくなるんでここで比較に出さないで欲しいッス…」


 本当、素敵な演奏…

 私は手拍子に加わることもなく、じっくりと聞き惚れていた。


 やがて曲はクライマックスを迎え、ジャンッ!と小気味良い音と共に終了した。


 店内中は拍手喝采の嵐。

 大いに盛り上がる。


「凄い凄い!カイトさん!カッコ良かったです!」


「ふふ、ありがとう」


「全く大したもんだ。おい、カティア!ここで負けてちゃあ、一座の名折れだ。つぎはお前が歌って、度肝を抜いてやんな!」


「あ、だったら!私カイトさんの演奏で歌ってみたいな!」


「ああ、いいぞ。俺も楽しみだな」


「あら〜、素敵じゃない〜(初めての共同作業ね〜)」


「やった!カティアちゃんの歌が聞けるなんて、ラッキー!」


「ふふ、楽しみですね」



 そうして開かれた即興の音楽会。

 お店の人の好意もあって簡易な舞台が整えられた。













 即席の舞台に立つ私。

 その少し後ろにリュートを携えた彼。


 私が視線を向けると彼は微かに微笑んで頷く。


 ひと呼吸おくと、彼は指でトントントン、とリュートを軽く叩いてリズムをとってから、伴奏を始める。

 そしてタイミングを合わせて、私は歌声を紡ぎ始めた。


 最初は囁くように静かに、徐々に感情を込めながら大きくなっていくその歌声は店中に響き渡り…



 そうして、楽しいひとときが過ぎていく。




 楽しい仲間たち。

 新しい出会い。

 まだ厄介事もありそうだけど、きっと何とかなる。


 【俺】も【私】も同じ私。

 まだ色々と悩むかもしれないけど、きっと何とかなる。


 数奇な運命に導かれ、再び始まった人生。


 めいっぱい楽しまないと損だよね。


 よし!また明日も頑張ろう!






ーー 第一幕 転生歌姫のはじまり 閉幕 ーー

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