5-1 『疲れた身体に心春の笑顔は染み渡る』


「き、着ぐるみで動くのって思った以上にしんどい……」


 キャスパーさんの中の人をやるに当たって、まずは着ぐるみを着ている状態で動くというイメージを掴みたくて昨日の今日だけど着ぐるみの時間貸しをしているスタジオにやって来てみた。

 だけど、これが思いの外ずっと大変だった。まず中は暑い。イメージしていたことではあるけれど、空気が遮断されて体温が籠もるだけでもジットリとしてくる。真夏ではないからじっと動かない分にはそれほどだけど、運動量によっては大変だ。

 視界も広くない。外から中身が見えないようになっているからどうしても狭い穴から目を通す形となる。これだと足元不注意で転けることを注意しないといけないかもしれない。

 あと、純粋に動きづらい。今回借りた着ぐるみは足の短いタイプだけど、前に歩くだけでもイメージ通りにならない。

 これは大きな動きをするのはできそうにないかな。歩くだけでも精一杯だから、中の人、つまり私が死んでしまう。

 完全にキャパシティをオーバーしている。

 幸いなことに宮園さんに見せてもらった写真では着ぐるみのキャスパーさんはずんぐりと真ん丸な体格で、さらに猫らしからぬたぬきっぽさが増したデザインになっている。あれなら大きく動く必要はないだろう。せいぜいが手を、もとい前足をパタパタ動かすくらいでいいはずだ。


 ふう、と息をついてからスタジオに向かう途中に購入したスポーツドリンクを飲む。失われた水分が身体中に染み渡るみたい。やっぱり水分補給は大切だと実感する。


「真宙さん、お疲れさまです。凄い汗ですよ。これ、タオルではなくハンカチですけどよかったら使ってください」


 付き合ってついてきてくれた心春は鞄からハンカチを取り出して差し出してくれる。心春のイメージに合っている桜色のハンカチだ。ワンポイントに小さく刺繍された花びらが愛らしい。汗だくの身体を拭うにはイメージもサイズも合っていないけれど、心春の気遣いが何よりもありがたい。


「ありがとう、心春──あ、でもこの汗の量だからビショビショになっちゃうかも……や、やっぱりやめておこうかな」


 受け取ってから、さすがに気後れした。柔軟剤だろうか、甘い花の匂いがするハンカチを汗で濡らすのは申し訳ない。


「ふふ、気にしないでください。ハンカチは飾りではなく使うためのものなんですから、むしろどんどん汚しましょう」

「あはは、積極的に汚す必要はないと思うけど……うん、それならお言葉に甘えようかな。あらためてありがとう、心春」

「はい。どうぞ使ってください」


 もしも心春が運動部のマネージャーをしていたらとてもやる気を出すだろうな。疲れた身体に心春の笑顔は染み渡る。


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