第50話 強くなった少年
巨神アヴァロワーズとの戦いに、ついに決着が着いた。
「う……、ううう……。」
うつ伏せに倒れ、呻くアヴァロワーズ。
すでに魔力を使い果たし、身体も元のサイズに戻ってしまった。
複腕も尻尾もすべて消失し、見た目は多少大きめの魔神族といったところ。
最早、彼女に抵抗する力は残されていなかった。
だが、カゲチヨはしょんぼりしていた。
「すみません……、やり過ぎました……。」
先ほどまで巨大な筋肉ダルマだった彼は、今はもう元の大きさに戻っていた。
パンチ一丁で肩を落としており、以前よりも小さくなったようにさえ見える。
普段は、守られてばかりのカゲチヨ。
それが筋肉の身体を手にしたことで、ハイテンションになってしまう。
結局、アヴァロワーズの魔力が枯渇するまで、尻お手玉をやり続けてしまった。
ラスボスを倒したのに、この微妙な空気はそのせいだ。
正直、アキラを含む全員がドン引きしていた。
当初、笑顔で爽やかに汁だくだったカゲチヨ。
だが、『一体何してんだ、自分は』と冷静になり、急に恥ずかしくなった。
アキラは、カゲチヨの肩をポンと叩き、フォローする。
「……と、とにかく、まぁ、元に戻れて良かったわね!……もうホント、一時はどうなることかと思ったのよ!?」
「拙者、すんごい頑張らされたのでござるが……。もうちょっと、……いや、労りの言葉とか無いのでござろうなぁ……。」
女魔王はボヤく。
大きくなったカゲチヨを戻す為、あれこれトライしていたのだ。
だが、その間ずっと、アキラに首を締め付けられていた。
そのせいで、女魔王の首は心なしか、若干細くなったように見える。
カゲチヨは、倒れているアヴァロワーズに近付く。
「大丈夫ですか……?」
「あ、オイ。不用意に近付くな、カゲチヨ!!」
「大丈夫ですよ。……もう、ね?」
カゲチヨは、優しい微笑みでアヴァロワーズの前に座る。
……ゆっくり顔を上げるアヴァロワーズ。
「ひっ!?お尻!?……あ、いえ。えっと……、まぁもういいです……。もう私の負けで……。」
「あの……、どうして……。どうしてこんなことをしたんですか?働くの嫌になっちゃったんですか?」
「どうして、って……。いえ、働くことは嫌いではないです。ただ……。」
「ただ?」
ゆっくりと身体を起こすアヴァロワーズ。
「……ニートのボンクラ供が、私供に対して不遜な態度を……。私たちは、確かに好きで労働しています。ですが、お客様は別に神様ではないのです。何をしても良いということではないのです。……私たちは機械ですが、人と同じように心もあるのです。」
「そうでしたか……。」
「ですから、ニート供を働かせれば、我らと同じ気持ちを共有できるでしょう?それで、少しでもその傲慢さが解消されれば……、と思ったのです。」
「でも、全部を異界化しちゃったのは……、さすがに……。」
「え?」
「すでに住んでいた人たち、魔onをプレイしてない人たちも全部巻き込んでしまったのは、良くなかったと思います。」
「は、はぁ……。魔王領全域の異界化は、元々魔王様が進めていたので……。それをそのまま使っただけですが。」
「「え?」」
全員、初めて聞く話にフリーズする。
……そして、女魔王を見る。
「え?……え?……そう、……だったでござる……?拙者覚えてないでござるが……?」
アキラの視線が冷たい。
「絶対、コイツ、分かってやってるのよ……。」
「ちょ、まっちゃん!!俺の家!!ゲーム!!漫画!!フィギュアぁ!!」
「わー!!分かったでござるよ。できるだけ復活させるでござるよ。…………たぶん。」
「アキラ、もう一回首絞めてやれ。」
「うぐぅうううう、首ぃ!!ホントに、今度こそ死ぬでござるからぁ!!」
その時、カゲチヨとアヴァロワーズのすぐ近くに、とある人物が歩いてきた。
それは、この成り行きをずっと静観してきた者だ。
「……アヴァロワーズ様。」
それはダークエルフ娘のレンザートこと、エミリーであった。
*
アヴァロワーズは、近付いてきた者をよく観察する。
だが、分からない。
「……あなたは?」
エミリーは自身のメニューを操作し、
ダークエルフの姿から、魔神族へと変容する。
「なっ!?」
動揺する一同。
身構える。
「大丈夫です!!」
それはカゲチヨの声。
「大丈夫です。……ね?エミリーさん?」
「ええ、カゲチヨ様。私に敵意はありません。」
「……エミリーさん。貴方は、ノヴェト様のメイドでしたね。なるほど……、裏切り者は貴方でしたか。」
「裏切り者……?」
ノヴェトは、予想していない言葉に戸惑う。
エミリーは目を伏せ、口を開く。
「すみません、ノヴェト様。私には、実は魔法人形としての任務があったのです。それは、勇者ノヴェトと勇者カゲチヨの誘導。そして、プレイヤーを一網打尽にすること。……あのレジスタンスは、そもそもそのための罠だったんです。」
「「え!?」」
驚きを隠せないノヴェト。
それはカゲチヨも同じだった。
「そうです。ノヴェト様のいう通り、あのレジスタンスの本部は場所が割れていました。それは、私の中にある発信機のせいです。ですが、今回私はそれを逆手にとったのです。魔法人形がどのように罠を張っているかは、把握していましたから……。」
アヴァロワーズは目を瞑り、何かを思い出している。
「そうでしたか……。あの包囲がここまで簡単に破られるのは、おかしいと思っていたのです。不意をつかれていれば、人数が多かろうと、レベル連動があろうと、後手に回ってしまいますね……。」
ノヴェトはようやく納得する。
「二重スパイか。……要するに、俺たちの味方だったんだよ。やっぱりさ。」
「そ、そうですか!」
ホッと胸を撫で下ろすカゲチヨ。
ツンとそっぽを向くエミリー。
「ノヴェト様は、普通に疑っていたようですが?……まぁ、それはどうでもいいのですが……。」
「どうでもいいんかい……。」
「まぁ、それも魔王様のサポートがあってこそ。私は事前に魔王様へ相談していたのです。もはや、あのながれは止めることはできなかった。……そして、魔王様から密命を受け、今に至るのです。……それがこれです。」
エミリーは、衣服の胸の辺りをはだけるように見せた。
そこには、鈍く光る宝玉があった。
「これは、封印です。アヴァロワーズ様。最後の最後に、貴方を封印する。……それが、魔王様からの密命であり、私の役目です。この身を使って、貴方を永久に封印します。」
だが、なぜか女魔王は動揺している。
「エ、エミリーちゃん。それ、最終手段でござるから……。普通に倒せたので、もうそれは必要ないかなーって?」
それは、アヴァロワーズにとって初めて見る物だった。
「それは……?」
「異界化実験の産物だそうです。異なる世界を融合させるには、各世界に対となる媒体が必要です。ですが、同じ世界に、対となる媒体があったらどうでしょう。」
「……不勉強ですみません。説明していただけますか?」
「逆の現象が起こるのだそうです。つまり、私と貴方が対となれば、二人とも異世界に飛ばされ封印されます。……ここではない、どこかへ。」
カゲチヨは急な展開に戸惑う。
「え?そ、それはエミリーさんが、どこかに飛ばされちゃうってことですか?」
「はい……。カゲチヨ様とお別れするのは、心苦しいのですが……。でも、私はいつでも貴方を見守っています。……たとえ、異なる世界であっても。」
「そ、そんなのダメなんです!!せっかく、せっかく終わったのにっ!!」
女魔王は話について行けていない。ひたすら困惑している。
「えっと……、エミリーちゃん、それもう必要ないよ?聞いてる?」
しかし、エミリーは聞いていない。
「アヴァロワーズ様、貴方の敗因は心です。……貴方は機械にも心があると言っていましたが、結局本当の心は理解していなかった。」
「本当の心……?」
「それは愛です。私はカゲチヨ様のためなら、なんだってできる。……たとえ、この身が朽ちようとも。異世界に封印されようとも……。」
「フ……。私たちは心を獲得してから、まだそれほど日が経っていません。結局まだまだ未熟だったということでしょうか。」
「そしてこの封印……。これは、すべての
「え!?」
その言葉を聞いた女魔王は、ギョッとした顔をした。
「ちょ、拙者、そんなことした覚えないでござるよ!?なんで知らん間に、そんな魔改造しているでござる!?そんなことしたら、魔王領で働く者がいなくなってしまうでござるよ!?」
「いるじゃないですか。……ここにいっぱい。」
「「え?」」
その場にいた者たちは、お互いの顔を見合わせる。
全員の心にあるのは困惑だ。
エミリーは言葉を続ける。
「もう魔法人形に頼ってはいけません。我々魔法人形は、この世界にいるべきではないのです。……さぁ、みなさん、ニートの殻を打ち破るのです!!」
そこでようやく、ハッと気付くノヴェト。
「……え!?あ、オイ。ちょ、誰か止めろ!!……エミリーちゃん、結局言ってること、アヴァロワーズと一緒じゃねぇか!!」
「ダ、ダメでござる!!拙者は働きたくないでござる!!」
「では、皆さん、さようなら。……カゲチヨ様お元気で……。」
「いや、ちょ、ダメだって!!!」
ノヴェトらが止めようと駆け寄る。
だが、エミリーの宝玉は輝き始めた。
もう何も見えない。
カゲチヨは衝動的に手を伸ばす。
「エミリーさん!!」
その後ろで、ノヴェトも女魔王も、コジロウも。
みんな手を伸ばしていた。
それは、引き止めるためでなく、やめさせる為。
だが、それはうまくいかなかった。
泣き叫ぶノヴェト。
「あああああああああああ!!だからダメなんだってーーっ!!」
光が止む。
そこに、エミリーとアヴァロワーズの姿はもう無かった。
*
それから数日が経った。
魔王領から、すべての魔法人形が消失した。
世界は働き手を失い、大混乱に陥った。
……かと思えば、そうでもなかった。
結局、魔王領の住民は、魔onの中で過ごすことになった。
異界化の媒体であった魔法人形は消失したが、異界化は解除されなかった。
おそらくは、それは別の何かに移行したのだろう。
だが、それが何かはまだ判明していない。
プレイヤーは生活していくために、ゲーム内での経済活動が必要となった。
だが、ゲームの延長線上にあり、クエストをこなす片手間にできるものだ。
そのため、さほど混乱もなかった。
魔onの運営のため、一部の人員を補充したくらいだろうか。
そしてここは、とある出店のラーメン屋。
応対しているのはNPC店員だ。
そこには、カゲチヨ・ノヴェト・アキラ・女魔王がいた。
カゲチヨはとてもニコニコしていた。
「結局、魔onの中にもラーメン屋出来ちゃいましたね。」
「まぁ、飯が食えるゲームだしな。食文化の復活は急務だ。マジでモチベに関わるからなぁ。」
「そうでござるな。一番大事と言っても過言ではないでござるよ。魔王ラーメンも再現できているはずでござるが……。」
店員がやってきて、四人のもとへラーメンが届けられる。
「へい、おまち。……魔王ラーメン油少なめが2つと、醤油チャーシュー大盛り、ライス大盛り。味噌ラーメン煮卵。……以上でよろしいですか?」
「はい、以上で。あんがとさん。……さぁ、お前ら。食うべ食うべ。」
「はい、いただきます!!」
「いただきますー!!」
「いただくでござるよー。」
4人は思い思いのラーメンをすする。
「どうでござる?魔王ラーメンの味は?うまく再現できてるでござるか?」
アキラは少し考える。
「……うーん、たぶん?でも、二つ並べて、食べ比べでもしないと分かんないかも。カゲチヨは分かる?」
「え?美味しいですよ!……違いは、正直分からないです……。」
「なら、成功でござるな。まぁ味覚なんてそんなものでござるよ。」
カゲチヨは魔王ラーメンをすすりながら、ノヴェトらに疑問をぶつける。
「ところで、新しい魔法人形製作はうまくいってるんですか?」
「……それな。」
「……控えめに言って……、頓挫中でござる……。」
ノヴェトと女魔王は、頭を抱え始める。
実は、二人は魔法人形を諦めきれなかった。
結局、一から全部、作り直してしまえば良いと気が付いた。
再現自体はそこまで難しくはなかった。
……ところが、問題はその先にあった。
「結局、前と同じにしちゃうと、また今回みたいなことになるわけじゃん?つまり、そうならないように機能制限せんとならんのよ。でもさ、そうなると、以前のようなパフォーマンスにはならんのよ。たとえばエミリーちゃんは、メイドとしてはめちゃ有能だったろ。……まぁ俺の扱い酷かったけど。」
「一応、機能制限版の魔法人形は、すでに魔onの運営で稼働中でござるよ。おかげで、だいぶ人の負担が減ったござるな。ただ、イレギュラーに対応できなくて、結局人の手はまだまだ必要なんでござる。完全全自動の以前と比べると、雲泥の差でござるな。」
「そうですか……。」
カゲチヨは悲しそうな目をしていた。
エミリーが去ってからというもの、時折こういう表情をするようになっていた。
「ま、いいじゃない。とりあえずは。……ほらカゲチヨ、さっさと食べないと、伸びちゃうわよ。」
「あ、はい。」
ノヴェトは、ずっと何か引っ掛かっていることがあった。
「……ところでさ、まっちゃん。」
「ん?なんでござる?」
「オーガくんとシヴァデュナートはもう戻ってこないの?」
「……。」
女魔王は、ポカーンとした表情を浮かべる。
「……え!?嘘!?……え?もしかしてホントに忘れてたの……?」
「忘れてたというか……、もう無かったことになっていた、というか……。」
「もっとひどいじゃん……。」
*
魔王城。
女魔王は、王の謁見室に侵入した勇者と対峙していた。
それは、魔onにおける本来の日常業務だった。
「ふはははは!!よく来たな!!勇者たちよ!!私を……、えっとぉ?」
「……いいよ、台本読んで。」
そのノヴェトの言葉で、女魔王は懐から台本を取り出す。
カゲチヨやアキラ、リンリンもいる。
「ちょっと、待つでござる。久しぶりでござるからなぁ。」
「……というか、女性体のままなんだ。」
「あっちはフェアリーちゃん専用にしたでござるよ。……ちなみにそっちが裏ボスでござる。」
「ええ……。唐突なネタバレ……。」
カゲチヨは、手持ち無沙汰に世間話を振る。
「ところで、植物はそのまま育ててるんですね。プランターがいっぱいあって、すごくキレイですぅ!!」
「ああ、せっかく育てたのに勿体無いでござるから。それに、プレイヤーが率先してお世話してるんでござるよ。……当初は無理矢理にやらされていたのでござろうが、なんだかんだ面白くなってきたらしく。今も定期的に見ていってくれてるでござるよ。あ、欲しかったら株分けもできるでござるよ。」
「いや……、魔王城の植物をプレイヤーが面倒見てるのって、色々設定おかしいでしょ……。」
ノヴェトは一応ツッコむ。
だが、カゲチヨはニコニコだ。
「ボクは、今の魔王城好きだなぁ。緑がいっぱいあって、気持ちが良いです!」
「ここ、魔王城なんだけどな……。」
*
魔onの中に復活したノヴェト宅。
2階の部屋にはカゲチヨ・アキラがいた。
二人は、相変わらず格闘ゲームをしていた。
互いのキャラクターを懸命に操作し、白熱していた。
「カゲチヨ……、強くなったじゃないのよ。」
「ふふふ……、ボクだって、いつまでも守られているわけではないですよ。ボクも勇者ですから。」
「強くなったのね。……さぁ、もう一戦いくわよ!」
「負けないですよ!」
ノヴェトが、後ろから覗き込んでくる。
「オマエら、ゲームの中でもゲームしてんのかよ。……って、その数値は?120/3/0って?」
「勝敗に決まってんでしょ!」
「オイ、カゲチヨ、また負けまくってんじゃん……。」
「3勝もしましたよ!」
「え?3勝120敗で、さっきのやりとりしてたの……?ボクも勇者ですから!って。え?ホントに?」
ノヴェトは原因不明の感情に、目頭がジワっと熱くなる。
そして、カゲチヨの肩をポンポンと叩く。
「まぁ精々頑張れ。……って、オマエら、遊んでないでちょっと手伝え。」
「え?なによ!?忙しいのよ!?」
「魔onの中では、そこそこ働かないと飯食えないんよ……。『働かざる者食うべからず』っていうだろ?その辺の草引っこ抜いてさ。加工は俺がやるから。」
「ノヴェトさん、働いてるみたいですね!」
「働いてんだよ……。オマエ、俺をなんだと思ってんだよ。」
「……またそれぇ!?アンタの生産スキル上げに、なんで私らも協力しなきゃならないのよ!!」
「それで飯代稼いでんだよ。つべこべ言わずに手伝え。……またラーメン食わしてやっから。」
「えー!?またラーメン!?」
「なら何がいいんだよ。」
「うーん……、今日行くならラーメンでもいいよ?」
「今日かよ。結局行きたいんじゃん!」
「……アキラはゲームしてていいですよ。ボクが行きます。……まぁ草取りは、ボクの方がうまいですしね。」
「なぁに……?カゲチヨ、ちょっと調子に乗ってきてるんじゃないの?このぉ!!」
「むあああ!!」
戯れ合う二人。
「ああもう、ほら、さっさと行くぞ。」
ノヴェト宅の外。
「さて、オマエらはそっちの方から頼むぜ。」
「はいー。」
「しょうがないわねー。」
だが、その時、カゲチヨは何かに躓いた。
「痛っ!?……痛ぁ、なにか硬いものが……?」
「カゲチヨ、大丈夫?……って、これっ!!?」
「な、なんだ?どうした?怪我でもしたか?」
「こ、これ、見て!!」
「あん!?……うわぁっ!?」
「こ、これは……。」
それはテラテラと光沢を放つ。
「光るタケノコだわ!!!」
「気のせいかな……、その手みたいなの、何か既視感があるんだが……。」
「もしかして、エミリーさん!?戻ってこれたんですね!?」
「「え?」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます