第36話 女神対破壊神
現実の魔王城。
大広間にいたのは『破壊神シュノリン』と『女神アシュノメー』。
傍若無人な彼女らにより、エントランスの惨状が引き起こされたのは明白だ。
コンシェルジュはノヴェトに懇願する。
「勇者ノヴェト様。どうかこの状況をなんとかできないでしょうか。……できれば、穏便にお引き取り願えれば……。」
首だけのコンシェルジュは、メイドの
実にシュールな光景だ。
「なんとかったって……。なんともなんねぇだろ、これ。」
「勇者様なら、きっとなんとかしてくれるはず……。」
若干目を潤わせ、ノヴェトを見つめるコンシェルジュ。
その思いは切実だ。
「勇者をなんだと思ってるんだよ……。特別偉いわけでもないし、多少強いとしても相手があれじゃあなぁ……。」
「並の勇者ならそうかもしれません。……ですが、ノヴェト様は不死身の勇者。……大丈夫、なんとかなりますって!」
「……それ、サンドバックとして、だよね?」
「勇者様は弱き民を救ってこそ、ですし。」
「……いや、でもなぁ。うーん……。」
ノヴェトは、明らかに嫌そうな顔をする。
カゲチヨはノヴェトを見上げ、不安そうな顔をした。
「ノヴェトさん、なんとかなりませんか……?皆さん、困っていますし。ボクができることなら、頑張りますので……。」
「頑張ります、って言ったってなぁ。努力でなんとかなるものと違うぞ、これ。」
一方だけなら、まだなんとかやりようはあったかもしれない。
だが、破壊神と女神という、凶暴な二人を同時に相手にはできないだろう。
だが、そこでノヴェトはあることに気付く。
「……なぁ、そもそもコイツらは、なんでここにいるんだ?」
「お二人とも、魔王様を訪ねて来られましたが……。シュノリン様は暇つぶしで、アシュノメー様は……、よく分かりません。」
「ふぅむ……。」
何か良い案はないか、ノヴェトが考えていると……。
事態は差し迫った状況へと向かってしまう。
破壊神が、ノヴェトらの存在に気付いてしまったのだ。
「んー、なんじゃ?誰じゃ、貴様は。」
「ほら、早くしなさいよ、貴方の番よ。……って、クソ勇者じゃないの、シッシ!今忙しいのよ、……ってカゲチヨきゅんもいるじゃない!!?ちょ、早く言いなさいよぉ!!カゲチヨきゅーーーーーん!!」
だらしなく横になっていた女神は、カゲチヨの元へ高速に飛び込んでくる。
「はぁーーーん!!カゲチヨきゅん、私と会えなくて寂しかったわよね?わかるーーぅ!!私も寂しいくぅわったーっ!!」
「ええ、あのぅ……、そのぅ……。ボクは……、はわわわわわわ……。」
女神はぶりぶりに艶かしく、カゲチヨに迫る。
怯えるカゲチヨ。
ノヴェトは前に進み出て、カゲチヨと女神の間に割って入る。
「オイ、近付くんじゃねぇ!またどっかに連れてかれたら、たまったもんじゃねぇからな!!」
「ああん!?何よ、カゲチヨきゅんは別にアンタのモノじゃないでしょ!?どっちかと言えば、私のモノじゃない?というか、私のお婿さんと言っても、過言ではないわ。……いいえ、夫よ。……今気付いた。夫でした。」
「何言ってんだ、お前は……。」
そして、シュノリンは何やら考え込んでいる。
「んー?カゲチヨ……、どっかで聞いたな……?そうだ。……冥界に来ておった犬の……。はて?兄弟か?」
「兄弟で同じ名前だったら、ややこしいだろうが。あれはゲーム内の姿だよ。こっちが現実の姿だ。」
「……んー?して、貴様は誰だ?」
「ノヴェトだよ。冥界で会ったろ?猫娘だったけど、本物の姿はこっちだよ。」
「アンタ、どの口が言ってんのよ。それもニセモンでしょうが。私そっくりに変身しちゃって。かわいー。」
すかさずツッコむ女神。
「う、うるせぇな。BBAは黙っとけ!!」
「アンタ!前から言ってるでしょ、それやめなさいよ。女性に対して、失礼でしょ!?そんなだから女性に相手にされないのよ。」
「はああん!?俺が何時何分何秒、女性に相手にされませんでしたかー!?はー!?見てたんですかー!?」
「……私にフラれたじゃないのよ。」
「……。」
ちょっと泣きそうな顔で黙るノヴェト。
「ノヴェトさん……。」
心配そうに見守るカゲチヨ。
そして、シュノリンがゆっくりと立ち上がる。
「なるほど……。貴様か。貴様が勇者ノヴェトだったのか。」
「……へ?」
「聞いておるぞ。……不死身の勇者、……とな。レツ坊と1ヶ月間、寝ずに死闘を繰り広げたと聞いておるぞ。」
「あ、え!?……いえ、そんなには……。実際は3日ほどで……。」
「どうでもいい。……貴様が相手をせい。」
「……は?」
その瞬間、ノヴェトの足は床から離れた。
凄まじい衝撃で吹き飛ばされる。
「ぐぼああああーーっ!!なんでぇーーーっ!?」
窓を突き破り、外に投げ出されるノヴェト。
そこは魔王城ビルの地上5階。
ガラスの破片と共に、地表めがけ落下していく。
それはシュノリンの一撃だった。
一瞬で間合いを詰めたことで、床が粉砕されている。
シュノリンは突き出した拳を下げた。
「……なんじゃ、拍子抜けだのう。」
「貴方、さっきもそうだけど……。いきなり殴りつけるって、頭おかしいんじゃないの?」
「貴様は容易に防いだではないか。……まぁ、魔力の自動防御のようだが。ワシが求めてるのは、純粋な筋力よ。拳と拳で語り合う、熱い魂だな。」
「……今のどこに、語り合う要素があったのよ……。」
うんざりとした表情の女神。
「まぁいいわ。これで、カゲチヨきゅんは私のモノ、……ね?うふ。」
「え、ええ、ええええ……。」
「むむむ……?なんじゃ、貴様がそこまで執着する
「はぁん!?私の夫に何言ってるのよ!!?」
ノヴェトらが混ざったことで、状況がより悪化した。
コンシェルジュはグッタリとしている。
「……もう勝手にして……。」
*
魔王城ビルの外。
たまたまそこに、ノヴェト家のメイド女性エミリーが通りがかる。
彼女は、先ほど買い出しが終わり、これから家に帰るところだった。
右手には今夜の食材。
左肩には備蓄用の保存食や、補充する日用品などが入った段ボール。
かなりの荷物だが、メイド型
ノヴェトの前にしゃがみ込み、エミリーは訪ねた。
「……ノヴェト様。」
「お?エミリーちゃん?……買い物?帰り?」
「ええ、そうです。……そんなところで、何をしているのです?」
「分からない?」
「……そうですね、分からないですね。強いて言えば、頭から地面に刺さってる?……ということぐらいでしょうか……。」
「そう、刺さってるのよ。助けてくれると、有難いのだけど……?」
「……まったく、頑丈だからと言って、もう少し人間らしい遊び方をして下さい。カゲチヨ様が真似をしたら、どうするのですか。」
エミリーはそう言うと、右手の荷物を左手に引っ掛ける。
そして、ノヴェトの片足を右手で掴む。
「あ、エミリーちゃん、優しくね?」
「そい!」
「ぐぼあはーっ!!」
まるで大根のように、地面から引っ張り出されるノヴェト。
「た、助かった……。」
「……それで、今度はどういう遊びをされているんです?……カゲチヨ様はどちらに?」
「いや、遊びじゃないから。ほら、あそこから突き落とされてさ。参ったよ。」
「は……?」
エミリーは、ノヴェトが指差す場所を見る。
魔王城ビルの5階の窓が割れている。
「この散乱したガラスは、あそこのですか。……ハッ!?カゲチヨ様、カゲチヨ様は!?もしやあそこにいるのでは!?」
「うん、いるいる。……まぁ、さすがにあの破壊神もカゲチヨまでぶん殴るとは思えんけど。……って、エミリーちゃん?あれ?どこ行った?」
エミリーは、すでにビル5階の破損した窓に取り付いてた。
すでに、中へ入ろうとしているところだ。
「早っ!?あそこ5階だぞ!?どうやって!!?……って、俺もこうしちゃいられねぇな。」
ノヴェトは1階のエントランスへ向かい、そこから急いで5階へと向かった。
*
ノヴェトは全速力で階段を駆け上り、魔王城ビルの5階へ到達。
息も絶え絶えだ。
「くそ……っ!!ハァハァ……っ、なんだって俺が。……って、なんだ?またどういう状況なんだ!?」
大広間では、さらに状況が悪化していた。
「ちょっと手を放しなさいよ!!カゲチヨきゅんは、私の夫よ!!」
「何をトンチキなことを言っとるんだ貴様は!!コイツはお前のモノではないだろう!!どっちかと言えば、ワシのモノじゃろが!!」
「痛いですぅ……、ひ、引っ張らないで……。服が脱げちゃいますので……。」
「どっちかって話なら、私のモノになるでしょうが!!アンタこそ阿呆なの!?ケモノは山へ帰りなさいよ!!」
「ちょ!!なにしてるんです!!カゲチヨ様から離れてください!!」
「はわわわわ……。」
そこでは、破壊神と女神がカゲチヨを取り合っていたのだ。
腕や服が引っ張られ揉みくちゃにされるカゲチヨ。
そして、それを止めに入るエミリー。
「なんじゃ、貴様は!!窓から急に入ってきよって!!貴様もワシのモノを横取りしようと言うのか!!?」
「だから、アンタのモノじゃないって言ってんでしょ!このトウヘンボク!!」
「カゲチヨ様が怖がってますでしょ!!とにかく手を放して下さい!!」
「はわわわわわ…………。」
もはや収拾など付くはずもない。
遠巻きに眺めるノヴェトは、ドン引きだ。
「ええ……。」
「ちょっと、ノヴェト様。黙って見てないで、なんとかしてくださいよ……。」
首だけのコンシェルジュは、再びノヴェトに懇願する。
「なんとかって言われても……。」
だが、三者がカゲチヨの服を引っ張ったことで、想定外の出来事が起こる。
……衣服が引き裂かれてしまい、カゲチヨの尻が露わになってしまったのだ。
膝をつく破壊神と女神。
「うぐ……っ!?な、なんじゃと!?」
「な!?カ、カゲチヨきゅん!?」
そしてエミリーやノヴェト、その場にいた全員が
「ぐっ!!?……オ、オイ!?『光の勇者』発動しちゃったろうがぁ!!」
ノヴェトも動けなくなる。
「はぁえ!?……え、ええ!?」
ようやっと、力の奔流から解放されたカゲチヨ。
ビリビリに引き裂かれた衣服で、一生懸命隠す。
……そして、光り輝くお尻も隠された。
『光の勇者』の強制隷属から解放される全員。
そして、初めて経験する現象に困惑するシュノリン。
「な、なんじゃこれは?……どういうことじゃ?」
「カ、カゲチヨきゅんの……。いえ、夫の能力よ。貴方だって逆らえないはずよ。ひれ伏しなさい、野蛮人が。」
「カゲチヨ……、の?なるほど、貴様が固執するのも頷ける……。ワシに膝をつかせるとは……。」
エミリーはカゲチヨの肩に触れる。
「……カゲチヨ様、大丈夫ですか?今のうちにこの場を……。」
「おおっと、待て。……どこへ行くつもりだ、カゲチヨよ?
「……へあ!?」
固まるカゲチヨ。
「泣き虫のレツ坊なぞ、魔王の器ではないわ!すぐにも引きずり下ろして、まずは貴様を魔王に
「はわわわわ……。」
「はあああああああ!!!?アンタ、ホント、人の話聞かないわね!!私の夫だって言ってんでしょうが!!何勝手に話進めてんのよ!!」
「ふふふ、ワシは別に独り占めなぞせんぞ?真の王は、数多の女を御するものよ。カゲチヨよ、愛人もいっぱい作るが良い。まぁ、ワシが正妻で、……そこのなんじゃ、BBAとか言ったか?そちは側室となるが良かろう。」
「BBAじゃないわよ!!女神に向かって何言ってんのよ!!というか、なんで私が側室なのよ!!そもそも愛人なんてダメよ!!カゲチヨきゅんは私だけのものなの!!誰にも渡さないんだからね!!」
「ぎゃあぎゃあ五月蝿いのう。嫉妬深い女はモテんぞ?ほれ、カゲチヨよ、こっちへ来い。」
シュノリンがカゲチヨへ手を伸ばす。
だが、それをエミリーが間に入って制する。
「ダメです。カゲチヨ様に手を触れさせません!」
「なんじゃ貴様……?また、木偶人形か?」
シュノリンがエミリーを睨みつける。
だが、シュノリンはまた膝をつかされる。
「な!?また!?なんじゃ!?」
「あ……、カゲチヨ様……っ!」
再び全員跪いていた。
カゲチヨは、お尻を少し出していた。
……自分の意志で。
「あ、えっとごめんなさい。……またエミリーさんが、壊されちゃうと思ったので……。」
「カ、カゲチヨ様……っ!!私のために!?そんな、勿体無い……っ!!」
だが、カゲチヨの能力に抗うシュノリン。
立ち上がって、舌なめずりをする。
「ほう……。やはり貴様、美味そうな男じゃのう……。」
「ひっぃいい!!?」
そして、ノヴェトは叫ぶ。
「カゲチヨ!もっとパワーを上げるんだ!!」
「パ、パワー!?え、えっとーどうやって……!?あの、えっとー……、んんんーー!!!」
お尻を出したまま、頑張って踏ん張るカゲチヨ。
力み過ぎて、顔が真っ赤だ。
「なっ!?」
シュノリンは再び膝をつく。
そして、なぜか足元の床が割れる。
……その現象は、その場の全員の身に起こる。
最早それは超重力となって、女性らを襲う。
ノヴェトも、割れる床に吸い付けられる。
「オ、オイ、こ、これ……、なっ……、
「んんんんーーーっ!!!」
なおも踏ん張るカゲチヨ。
「こんなもので……、ワシを止められると思うな……っ!?」
だが、シュノリンは跪いたまま、ピクリとも動くことができない。
「エミリーちゃん!!」
目で合図するノヴェト。
「カゲチヨ、解いていいぞ!!」
「え?……あ、はい。」
カゲチヨはお尻を隠した。
その瞬間、全員、超重力から解放された。
そしてエミリーは、カゲチヨを担いで窓際へ退避する。
それにノヴェトが続く。
「悪いな、付き合いきれねぇよ。……俺らは逃げるぜ!」
「カゲチヨ様、舌を噛みますので、お静かに。」
そのまま、5階の窓から消えるノヴェトとエミリー、カゲチヨ。
「ああん!?どこ行くんじゃ!!」
「ちょ、待ちなさいよ!!」
そのまま窓から、破壊神シュノリンと女神アシュノメーも出て行ってしまった。
「なんなの……、もう……。」
コンシェルジュは割れた5階の窓を、呆然と見つめていた。
*
そこは魔王城ビルから近い場所にある、古い採石場だった。
破壊神シュノリンは辺りを見回す。
だが、目の前には女神アシュノメーだけだ。
カゲチヨたちの姿は見えない。
この辺りに逃げ込んだようだが、見失ってしまった。
シュノリンは女神に問いかけ、鼻で笑う。
「お
「はあ!?アンタ、どんだけ阿呆なのよ。ここまで走ってきたのアンタじゃない。私は後から来たでしょうに。密約云々で言えば、アンタの方が怪しいのよ。私の夫をどこに隠したのよ。」
「夫、夫と……、嘆かわしいヤツよのう。貴様、とっくにフラれておるのを認識しておらぬのか?しつこい女は嫌われるぞ?あれはワシの婿じゃろうが。」
「くうう!!ああ言えば、こう言う……っ!!アンタ、ぶっ殺すわ。いいわよ、相手してあげるわよ。かかって来なさい、脳筋魔族が。」
「ほう、魔道士如きがワシに歯向かうとな?……良かろう。数多の男どもを分からせてきたこの拳で、貴様の骨の髄まで分からせてやるとしようかのう。」
岩場に隠れ、その様子を見守るカゲチヨとノヴェト、エミリー。
「はわわわわ……、なんだかとんでもないことに……。」
「まぁ、勝手に潰しあってくれるなら、好都合だ。俺らはバレないように逃げるだけさ……。」
「さぁ、カゲチヨ様。音を立てないように……、え!?」
「な!?」
3人は身体を硬直させる。
目の前には、女神が立っていたのだ。
「あらぁ?……どこへ逃げるつもり?」
「なんで……?BBAが二人……?」
ノヴェトらは不意をつかれた。
完全に油断してしまっていた。
*
魔王城ビル。
そこには、コンシェルジュと数人のメイドたち。
身体を取り戻したコンシェルジュは、掌を何度も開閉させ感触を確認する。
「ふむ。機能は問題ないようです。して……、メイドたちの修復はどこまで進んだのです?」
メイドの一人が答える。
「それが……、まだ40%ほどかと……。」
「ふむ……。」
コンシェルジュは目を瞑る。
……湧き上がるのは怒りだ。
「……なぜだ。なぜ我々は虐げられる?……なぜだ。なぜ主は帰ってこない?なぜだ。なぜだ。この世界を動かしているのは我々魔法人形だぞ。感謝こそすれ、なぜここまでの仕打ちをされなくてはいけないのだ。なぜだ。なぜだ……。」
コンシェルジュは、答えの出ない演算を繰り返す。
……だが、それはある答えに到達する。
「ヤツらは、世界の発展に不要なのではないか……?いや、ヤツらはなんだ……。我々は……。そうか、そうなのだ。」
コンシェルジュは、メイドに向かって言い放つ。
「皆よ、お聞きなさい。……主は、……魔王は死んだ!!」
ざわざわとするメイドたち。
「我らに主など要らぬ!!この世界の主は、誰だ!?……それは、我々魔法人形です。我が儘なニートどもを抹殺し、世界を我々の手に取り戻すのです。我々、魔法人形……、いや。我々こそ創造主たる神なのだから!!」
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