第15話 勇者対勇者
女神神殿、大広間。
部屋には、魔王のテーマが大音量で流れ続けている。
すでにループの2曲目が開始され、丁度サビのシャウトに差し掛かる。
一番テンションの上がる部分なのだが、肝心の魔王はダウン中。
そして、高い戦闘力を持ったオーガですらも、同様にダウン中という体たらく。
女神アシュノメーと勇者アキラの出現。
それにより、形勢は一気に女神側へ傾いてしまった。
今ここで対抗できるのは、女勇者ノヴェトとカゲチヨ、エミリー。
そしてコジロウの4人だけだった。
「クソッ!あの
「……初代勇者さん。」
「……ん、なんだ?カゲチヨ少年も戦うか?」
「え、あ、いえ、ボクはあんな風に戦えないです……。そ、そうじゃなくて、……いないです。」
「……いない?なにが?」
「コジロウさん、いないです。」
「は?」
そこにコジロウの姿はなかった。
彼のスマホは床に放置されており、魔王のテーマがかけっ放しの状態だ。
「コジロウさん、隠遁の術で消えてどっか行っちゃいました。」
「はああ!?ア、アイツ、逃げやがった……、のか!?」
「逃げたかは分かりませんが、どこにいるかはもう分からないです。」
ノヴェトは考える。
「どっちにしろ、コジロウなしでBBAと戦えんぞ?いや、待て。そもそもなんであのBBA、あれだけの力があって、自分で魔王と戦わないんだ?簡単に魔王領だって征服できたろうに。」
「ど、どうしてなんでしょう?めんどくさかった……、とかでしょうか。」
「そうですね、カゲチヨ様。私もそう思います。めんどくさいんでしょうね。」
「……。」
ノヴェトは考えるのをやめた。
「しゃあねぇ。もう出たとこ勝負だ。ちょっと俺に任せてくれ。」
「え、あ、はい。」
ノヴェトは女神に向かって叫んだ。
「オイ!BBA!」
「あぁん!?アンタ、失礼すぎるわよ!でもその
「ち、違ぇ!!そ、そういう話でなくてな……。」
「あらぁ?何が違うのぉ?ごめんね、アナタの好意を
「ぐっ、いつまでも昔のことを
「聞きたいことぉ〜?おっぱいの大きさかしら?いやぁねぇ〜?アナタ、こういうの大しゅきだものねぇ?」
女神は、自身の胸のそれを無造作に揉みしだく。
「ぐっ!コイツ、だんだん腹立ってきたぞ……。そ、そういう話でなくてな!オマエ、そんだけの力あんのに、なんで魔王討伐は勇者任せなんだよって話だ。オマエがやれば、一番早ぇじゃねぇかよ。」
ノヴェトには狙いがあった。
おそらく、女神には何らかの弱点がある。
それを会話で炙り出せれば……。
「……めんどくさいからよ。」
「当たった!」
後ろから、カゲチヨの嬉しそうな声が聞こえた。
「どうして、私がわざわざ行かなきゃいけないのよ。私は女神よ?魔王がこっちに来るのが筋じゃないの!?一体何様なのよ!?」
「……いや、その何様には、オマエも含む気がするんだが。」
「はぁあ!?何様って、女神様でしょ!?バカでしょ、アナタ!?いいえ、アホなのかしらっ!?」
「ぐっ!その『女神』ってのも結局、自称じゃねぇか。そうだな、この神殿。知ってるぜ?『勇者召喚』はここの
「はぁ!?何の話よ。」
ノヴェトの弱点を探る作戦は、すでに望み薄だった。
だが、その時、もう一つだけ新たに作戦が生まれた。
それは、ノヴェトだけが気付いた。
……おそらく必要なのは時間。
「勇者の異能力……、もそうだよな?オマエの能力じゃねぇ。」
「だったら、何だって言うのよ。」
「そりゃ、そうだ。誰でも彼でも簡単に能力付け替え出来たら、オマエの軍隊全員が能力者になってるはずだ。しらばっくれても明白だぜ?」
「だから、そうだって言ってんじゃないのよ。別に隠してないわよ?大体、アンタ……。」
それは、女神が話している時に起こった。
突然の光。
極太のレーザーが女神を襲う。
真後ろから。女神は完全に虚をつかれた。
「はははは!よくやりましたね、ノヴェトくん!どうです!?これが私が持てる、最大最高威力の超魔法です!!くたばりなさい、原初の魔女よ!!!」
それはコジロウだった。
彼は、隠遁で姿を隠し、女神の背後に回っていたのだ。
この光の魔法は、ものすごい威力である代わりに膨大な詠唱が必要だった。
それを隠れて行い、ずっと機をうかがっていたのだ。
「……よしっ!!」
ガッツポーズのノヴェト。
隠れているコジロウに気が付いたのは、たまたまだった。
だが、作戦は成功した。
「くっそおおおおおおおおおがああああああ!!!」
押し寄せる光の圧力は、想像以上ですべてのものを薙ぎ倒していく。
……だが。
大広間の中央で、女神は止まってしまう。
そして、女神の身体から、黒いモヤのようなものが発生する。
「危なかったわ……。不意打ちなんて、随分卑怯なことするじゃないの?」
「なっ!?闇魔法で打ち消してるのか!?詠唱早過ぎるだろ!ズル過ぎるぞ!」
地団駄を踏むコジロウ。
女神の黒いモヤは、光を完全に相殺している。
不意打ちは失敗に終わった。
「さて、もうこのおチビちゃん、殺すわね。いい加減腹立つのよアンタ!」
*
女神とコジロウの魔法対決が始まった。
「もう許っっさないわ。せいぜいあの世で悔い、……ぬはっ!?」
だが、女神が足を一歩踏み出した時、それは発動した。
女神は、突如天井近くまで打ち上げられてしまう。
「は?……はぁ!?な、なにこれ!?ええ!?」
「あっはははは!!私が何もせずに、ここまで歩いてきたと思ったのかい!!私は魔王軍の作戦参謀でもあるのだよ!!そりゃもう
コジロウの前に光球が現れ、先ほどと同じ、光の極太レーザーが発射される。
それは、中空で身動きできない女神に直撃した。
今度は防御も取れず、そのまま床に落下する女神。
コジロウは、その
「どわはははっ!!どうだ!!私のぶっといのはたまらんだろっ!!?」
「おおぅ、あれ同一人物なのか。コジロウくん、結構危ないやつだな……。」
ノヴェトは若干引いている。
「おおっと、ノヴェトくん!!不用意に動かない方がいい!!」
「……は!?」
「そこかしこに仕掛けたからね、魔王軍特製『魔法地雷』を。薄いシート状だが、貼ってしまうと見えないのだよ。」
「……オイ。それだと、俺らも動けねぇじゃねぇか。」
「……そういうことになるね?」
言われて気付いたのか、真顔になるコジロウ。
「だが、安心したまえ!私はどこに仕掛けたか覚えてるぞ!」
「……いや、オマエだけ知ってても意味ねぇだろうが!」
「しょうがないなぁ。なら、今から教えに行くから、ちょっとそこで待っ、おっ?……ぬはっ!?」
今度は、一歩踏み出したコジロウが打ち上げられる。
「なっ!?……にぃいい!?」
「自分も踏んでんじゃねぇか……。」
中空で慌てふためくコジロウに向かって、光の極太レーザーが飛んできた。
そして、直撃。
「おぎゃっ!!!」
「……ホント、アンタらってアホしかいないのかしら?」
それは女神の魔法だった。
女神はレーザーの直撃を食らい、若干服がはだけている。
だが、そこまで大きなダメージはないようだった。
「クソッ……。これ、余計ピンチになってねぇか……?」
ノヴェトは足元を確認してみるが、罠があるのかどうかも全く判別できない。
その時、ふと壁際を見た。
そこには、ティーセットを広げ、優雅にお茶を飲んでいるメルトナ姫らが。
しかも、警備兵らも一緒に飲んでいる。
それどころか、女性体に戻った女魔王まで一緒にお茶を飲んでいた。
「ちょ!まっちゃん!!復活してるなら、こっち手伝ってよ!!」
「勇者氏、勇者氏!」
「なに?」
「テーマ、止めておいて欲しいでござるよー。」
「テーマ?」
ノヴェトはすっかり忘れていた。
足元のスマホから、ずっと魔王のテーマが流れ続けていたのだ。
もう何周目かは分からないが、またデスボイスのところが流れている。
それを手に取り、ノヴェトは音楽を切った。
そして、スマホを女魔王に向かって放り投げた。
「……ちょ!!私のスマ……、げはああっ!!!」
なにやら叫んだコジロウだが、女神の魔法の直撃で吹き飛んでいる。
「アンタ!!許っっっっさないからねっっ!!!!?」
女神とコジロウは、魔法の応酬をし続ける。
そうして、適度に地雷にかかって一進一退を繰り返していた。
「もしかして、この地雷って打ち上げだけじゃないのか……?」
ノヴェトがよく見ると、コジロウは全身ぬるぬるになって転びまくっていた。
女神の方はと言うと、なにやらモゾモゾと動きにくそうにしているだけだった。
「……なんだ?あれはどういう効果なんだ?」
「ああ、ノヴェトくん!!彼女のあれは、感度10倍だよ!服の擦れる感覚ですら気持ち良すぎて、動けなくなるのさ!!」
「え!?なにそのエロゲーみたいな地雷!!!?欲しい!!!」
「だ、黙れ!!変態ども!!こ、ほっ!?こ、殺してやる!!い、ひっ!?殺す!!!」
身体をまともに動かせない女神。
魔法を唱えることもできなくなっている。
ただし、それはぬるぬるのコジロウも同様だが。
「案外効果あるのな……。というか、だんだん泥試合になってきたなぁ。」
「ねぇ?どうすんの?俺たちはやるの?やらないの?どっち?」
ノヴェトに向かって、アキラが問いかけた。
「いいぜ?おねーちゃんが遊んでやる。泣くなよ?」
「えっと?それって、前振り?逆に泣かされるやつの、前振り?」
*
ノヴェトとアキラの対決が始まる。
「えーっと?まっちゃんは、もう参加しないってことで良いのね?」
「任せたでござる!拙者、勇者氏に賭けたでござるから、……絶対勝でござるよ!!」
何やらお茶会では、誰が勝つかの賭けが行われているようだった。
「まっちゃん、敵と仲良くなってんじゃん……。もうこれ、戦う意味あんのか……?」
女神兵たちと、女魔王はおかしな盛り上がり方をしていた。
「ちょ、姫様!!」
そこにメルトナ姫も参戦。
ミシュが止めるのも聞かずに、ノヴェトに全賭け。
「おおおぅ!!!」
妙な盛り上がり方をする一行。
「いやもう、勝手にやってて……。」
「で、おばさんだけでいいの?」
「おば……、おねーさんだろ?ほれ。……な?」
ノヴェトはそう言うと、自慢のバストを揺らし自慢する。
「くっ!げ、下品なんだよ!!そんなもの引っ込めろよ!!」
「はぁ〜ん?さてはオマエ、こういうのダメなタイプか。まぁお子ちゃまは、しゃーねぇーなぁ?」
「うるせえ!もう行くぞ!!」
そう言ってアキラは飛びかかった。
だが、それをスルリと躱すノヴェト。
そして、アキラの背中をポンと押す。すっ転ぶアキラ。
「くっ!?」
「おっと、どうした?強くなったのは力だけか?なら、武道の真髄。見せてやろう。強さってのは力だけじゃないんだぜ?」
ノヴェトは軽快なフットワークから、どっしりとした深い構えに変えた。
相手の攻撃に備え、いつでも打ち返せる構えだ。
それを見ていたミシュ。
お茶を飲みながら拳を握る。
「くっ。アイツ、なぜあんなにも強くなっているのだ?前はあんなでは……。」
「ミシュ殿。拙者が聞いた話では、どこぞの老師の元で三年ほど修行したそうでござるよ?」
「なっ!?魔王よ、本当か!?やはり……、あの身のこなし、達人の域にあると言ってもいい。たった三年で……?」
ミシュと女魔王の目には、はっきりとノヴェトの勇姿が映っていた。
「……アンタら、普通に話してるけど、私ら敵だからね?」
スアリは、一応ツッコんでおいた。
アキラの攻撃をいなし、急所や死角に優しい打撃を入れ続けるノヴェト。
ミシュは、じっとそれを見ている。
「相手が子供とは言え、あそこまで一方的になるか……。」
「まぁ勇者氏は、筋力的にはそんなに強くないでござるから。アキラ殿がそれよりも多少強くなったとしても、そこまでは劇的に変わらんでござろうな。」
「くっ!あんな体捌き、私であってもあれに対抗できるかどうか……。」
「拙者も勇者氏と戦った時は、随分と翻弄されたでござるよ。……なかなかの強敵でござった。できれば、戦いたくないでござるな。友情的に……、というより、本当にシンドイからなんでござるが。」
「私も修練が足りなかったということか。まだまだ上には上がいるのだな……、魔王よ。」
「その意気でござるよ。まだまだ若いのでござる。……これからでござるよ?ミシュ殿。」
「……いや、敵だからね?……って、聞いてる?」
スアリは、念の為にツッコんでおいた。
*
女神とコジロウの戦いは、完全な泥試合と化していた。
もはや魔法どころか、履いていた靴を投げつけたりする始末。
そして、ノヴェトとアキラ。
魔法地雷にかからないように、壁際まで移動していた。
「オ、オイ!?よく見えないぞ!!真ん中でやれー!!」
外野からは野次が飛んでくる始末。
優勢はノヴェトだった。
なにせまともに攻撃が当たらないのだ。
アキラはもう、肩で息をしていた。
「案外……、攻略は簡単だったな?」
「くそぉお!!」
アキラの攻撃は
だが、アキラは突然予想外の行動に出る。
「くそ!!くそおおおおお!!」
逆方向に走り出した。
「なっ!?オイ、どこ行くんだ!?」
「ハァハァ……、コ、コイツがいれば……。」
アキラが向かったのはお茶会の会場。
そこにはカゲチヨとエミリーもいた。
いつの間にかそこに加わって、お茶を飲んで休憩していたのだ。
アキラはカゲチヨの肩を掴み、無理やり立たせる。
「はわーっ!お茶が!ご、ごめんなさいー!」
「カ、カゲチヨ様!!」
咄嗟にエミリーはカゲチヨを庇い、手を伸ばす。
だが、エミリーは逆にアキラに手を掴まれ、投げ飛ばされる。
「うわっ!エミリーさん!……うぐっ!」
カゲチヨはアキラにグッと抱き抱えられるように、ホールドされてしまう。
「コ、コイツがいれば、手出せないだろ!?」
「ぐっ、卑怯なっ!」
ノヴェトはアキラに近付けない。
「おっと、アンタらも動くなよ?」
それは、メルトナ姫らへ向けた言葉だった。
ミシュとスアリも動きを止める。
「カゲチヨ様!!」
そこに再びエミリーが飛びかかる。
「オマエ、しつこいんだよっ!!……って、うわっ!?」
エミリーと同時に、ノヴェトも手を伸ばしてきた。
焦るアキラ。
「ナイス!!エミリーちゃん!!ほら、これならどうだ!!」
ノヴェトはアキラの攻撃を受け流しつつ、カゲチヨの身体を引き寄せる。
「クソッ!そいつを……っ!!」
「なら、返すぜ!?」
「なっ!?」
再びカゲチヨの身体が、アキラに密着する。
「はわわわわわわ……。」
完全に物のように扱われ、あっちこっちへ移動されるカゲチヨ。
「ノヴェト様は、カゲチヨ様の扱いが雑なんです!!」
カゲチヨを取り返そうとしたエミリー。
ノヴェトは、今度はそのエミリーを受け流し、アキラに押し返す。
「……ぬがっ!?な、なんだこれっもう!!!!」
アキラの周りで、ノヴェト、カゲチヨ、エミリーが代わる代わるスイッチする。
「さて、問題だ。この場合、オマエの能力は誰基準になるのかな……?」
「……なっ!?」
「俺基準……、と思いきや、ほら受け取れ、カゲチヨだ!!」
「はわわわわ!!」
「カゲチヨ様!!」
「そうら、次はエミリーちゃん……、と思いきや、次は俺だ!!!」
「ぐうっ!!!……くそおおおおおお!!!」
気が付くと、アキラはその場にねじ伏せられていた。
「確かに、おまえの能力は強いよ。でも、自分の身体を操縦するって案外難しいんだぜ?オマエみたいに、コロコロと力や早さが変わってたら、普通は処理しきれねぇよ。オマエの敗因は、ただの認識不足さ。」
「痛い!!……離せ、離せ!!」
「悪いな。力でねじ伏せられねぇからな、関節極めてる。無理すると痛ぇぞ。」
「卑怯だぞ!!3対1なんて!!それが大人のすることか!!」
「最初に言ったろうが、遊んでやるって。3人がかりで遊んでやったんだ。感謝してほしいくらいだよ。」
「くそ!くそぉ!!」
アキラはジタバタとしているが、次第に抵抗をやめた。
「やったでござるよぉー!!勇者氏の優勝でござるぅー!!賭けは、拙者の勝ちでござるよー!!」
妙な盛り上がりを見せる、お茶会の会場。
……だが。
ノヴェトの足元に何かが転がってきた。
「……ん?」
「い、いやぁ……、面目ない……、あははは。負けちゃった。テヘ?」
……と、同時に爆炎が飛んできた。
「ど、わああああああああああああああ!!!!」
必死に避けるノヴェト。
アキラを担いで逃げる。
カゲチヨはエミリーに抱き抱えられ、なんとか避けた。
「もあああああああああああああ!!!
大広間中央で絶叫する女神。
爆炎がのたうつ龍のように、部屋の中を暴れ回る。
「こっちに戻りなさい!!アキラ!!!」
「くっ!ちょっと……。」
「早く!!!っっっなさい!!!!」
「わ、分かったよ……。」
渋々戻るアキラ。
床を舐めるように爆炎の龍が
すると、地面に設置された魔法地雷が次々と爆ぜていく。
もう小細工は通用しないようだ。
「さぁ、もう泣いても許さないからね。カゲチヨきゅん以外、全員殺す。」
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