僕と君
しゅう
不器用
自慢じゃないが僕は僕自身が大嫌いだ。なぜかと思う人がかなりいるのだろうか。よくこれを口に出すと自分のことは好きになった方がいい、だの信じられないだのと言われる。正直僕はもううんざりなんだ。どうやって自分自身を好きになればいい?僕は僕自身のいやな部分しか知らない。いいところなんて何もない。
僕がこう思い始めたのは随分と前だった。今更いつから思い始めたのかなんて覚えていない。ただきっかけとなった出来事ははっきり覚えている。
僕にはとても家が近い幼なじみがいた。彼女の名前は莉奈。彼女とは幼稚園・小学校・中学校・高校とすべて同じ場所に通っている。彼女は地元ではそれはもう相当な美人で、彼女に言い寄る輩もたくさんいた。少なくとも小学校中学年からは彼女の口から直接
「今日はね、○○くんから告白されたんだ~」
という言葉を毎日のように聞いていた。正直モテるんだなとしか思わなかった。
でもそんな日常も中学進学とほぼ同時に崩れ去った。それまでは彼女と一緒に登校することが日常だった。家も近いし付き合いも長い。言ってみればこんなことは当然といえば当然だよなと思っていた。ただ、どうやら莉奈は違ったらしい。
ある朝僕はいつものように一緒に登校しようとして声をかけた。いつもならいくら機嫌が悪くてもおはようの一言だけは欠かさなかった彼女はその日から僕を全面的に無視し始めた。
中学デビューや高校デビューといった言葉はある程度の年頃になると皆が聞いたことがあるだろう。きっと彼女も中学デビューの一環でこんなブサイクでチビで運動神経もなくてかといって勉強ができるわけでもない僕と幼なじみであることを隠したかったのだろう。周りに知られたらきっと馬鹿にされるから。自分の格が下がるから。僕自身何度か漫画や小説で読んだことがあることが現実に起こってしまうとどこか寂しい思いがしてくるのだった。
入学してからしばらくしてクラスの人たちのグループが決定し始めたころ、僕は一人なじめないでいた。周りから見たら少なくとも多少仲良くしているようにも見えるこの奇妙な関係性も実はただ単にパシられているというただそれだけのこと。もちろんクラスの人は全員認知しているがそれがそうしたというわけでもあるまい。見て見ぬふりというやつだ。
きっと中学以降はどの学校にもDQN連中というものは存在する。少なくとも僕は中学にも高校にもその類いの連中はいた。そしてその存在は必ず僕を目の敵にする。そしてこう言うのだ。
「誰からも必要にされないお前が俺たちに使ってもらえてることに深ァく感謝しろやァ?」
そう。結局中学校生活はパシられることが全てだったし、高校生活もどうやらそうなりそうだ。
毎日毎日パシられて少しでも役立たずなことがあればすぐに罵詈雑言。そしてひどいときは暴力。それを教師に見られるのはさすがにまずいということだろうがその度に本来学校が使用禁止にしている場所に連れてこられる。だから僕はそいつらを除いてきっと一番この学校の内部事情に詳しいと思う。何を以てその場所が使用禁止あるいは立ち入り禁止となっているのか。それは見ればわかった。そしてきっと過去にも同じようなことは繰り返されている。それはその場所の地面を見れば明らかだった。一つだけではない。複数の血痕。ただ一つ一つはそこまで大きな後ではなく擦り傷などから出るような少量の血痕が多数。ここで僕と同じようにたくさんの拷問を同級生や先輩などから受けていた人が他にもいると考えただけでとても恐ろしく悲しかった。
あえてもう一度言うと、僕は運動神経がとても悪い。つまり僕は何かのおつかいを頼まれてもそれを指定時間内に買って帰ることなどとても不可能なのだ。というか不可能な時間と場所を指定してくる。つまり、時間内に買って帰ることができないようにして後で難癖つけて日々のストレスを僕にたくさんぶつけたい。そういうことだ。確かに僕には友人一人たりともいないし、成績も全く振るわないから教師にも好かれていない。むしろ消極的な態度と相まって嫌われている部類だ。故に彼らが僕をいくらいじめようともそれを外部に漏らされる心配はない。いくらでも好きなようにボッコボコにできる。
それが一日のスケジュール。ちなみに僕はこれは理不尽だ、などと考えることにはもう飽きた。なるようになれ、という心持ちだととても楽な気分だ。
季節は夏。みんな大好き体育祭の季節。クラスのスポーツ自慢たちが一気にやる気を見せる季節。つまり一年のなかで最も鬱陶しい季節。ただでさえ気温が高くて暑苦しいのにスポーツ大好きマンたちが寄ってたかってワイワイしているからむさ苦しい。なんだか気分的に窒息しそうになる。だから僕は休憩時間になると少し気配を消してそそくさと校舎の階段を上っていく。ほとんど人目にもつかない静かで居心地のいい場所。僕のベストプレイス。そしてすぐそこには小さな窓があるから風通しもあって暑いこの季節でもゆったりとした気分になれる。
さぁここで問題です。ここにはあの恐ろしいDQN連中はいるでしょうか。答えはイエス。断然イエス。人目につかなくてとても快適ならそりゃいるよね……。
今日は一体どんな内容かな。
「よお、全く偶然だなァ。こんなところでこの俺様と出会うとは」
本当に偶然。ほ、他にどんな気持ちもないんだからねッ!
心の中でツンデレる。けど本当の気持ちはこうだ。
絶対こいつら尾行してるよ……。
「俺様と出会った記念にすぐそこのコンビニまで焼きそばパンを買いに行かせてやンよ」
こくこくと頷いてすぐに買いに行った。道中僕は心の中で感動していた。
まるで僕が漫画とかでしか見ないようなあの王道のパシリみたいだ!
まぁつまり大抵の漫画ではそのパシリが主人公で高校卒業間際でDQNに痛い目に遭わせるというものすんごい下剋上をする。僕もきっとその道をたどることが運命なんだろう。そう考えると無性にウキウキしてきていつの間にかスキップをしていた。
心を弾ませすぎて周りに対して注意力が足りていなかった。
横断歩道の信号を見ずにそのまま渡るとそこには三途の川へ導くほどの能力を持つ大きな乗り物があった。信号無視からの交通事故。一番気をつけるべきこと、しかも小学生でも当たり前にできることがその瞬間の僕にはできていなかった。きっとこのまま目が覚めずに死ぬんだろうな。でも今死ぬことも悪くない。十分満足な人生だ。
………………………俊君…!俊君…!…………
深いまどろみの中で莉奈の声がする。きっとこれは夢だ。いやこれは僕が作り出した幻想。やがてきっと消えてなくなるさ。
しかしずっとその声が聞こえるどころかだんだんとはっきりした声になってきている。これってもしかして夢じゃない……のか?
ゆっくりと重たい瞼を開ける。そこにはきれいな顔をぐちゃぐちゃにした莉奈の顔が見えた。
「り…」
声がまだ出せない。まだかすれている。口の中もかなり痛い。
「良かった……俊君、しゃべらなくてもいいよ」
その言葉にしっかりと目を合わせることで了承の意を伝えると莉奈は口を開いた。
「私のせいで俊君にこんな目に遭わせてしまってごめんなさい……」
莉奈が言っていることがよくわからない。きちんと言葉は聞こえていて理解もできているつもりだが、一体今回の事故のどの部分が莉奈の責任に当たるのだろうか……。
「私、ずっと俊君を突き放してた。でもそれは私が俊君と一緒にいたくなかったからじゃないの……」
いやいや、そんなことがあるはずない。なぜならばいつの日か目も合わせてはくれなくなっていたのだから。それなのに拒絶じゃないだなんてそんなのは嘘だ。毎度恒例の大嘘だ。
「今まで勘違いさせてたと思うけど、本当は……本当は……」
そこで彼女の言葉は一度途切れた。結局彼女はその言葉の続きを話してはくれなかった。僕はそのまま再び深い眠りへと誘われた。
明くる日の朝、枕元には一通の手紙が置いてあった。莉奈からの物だった。そこに書かれていたのはただ一言。
「退院して学校にきたらその日の放課後に校舎裏まで来てほしい」
とのことだった。きっとDQN連中にたくさん文句を言われるんだろうな。これも僕の責務だから文句なく校舎裏には向かうことにしよう。とはいえそれをどうして莉奈が伝えに来たのかが気になるが、きっと昨日のお見舞いの時も平日の昼間の時間帯だったからそこで何かしらの関係性を悟られてしまったのだろう。今更僕には知ったこっちゃない、といったレベルの話だが。
その日の定期の診察の時、担当医から退院の日程が告げられた。およそ二週間後だそうだ。さらに告げられた言葉は多くの人なら気にするようなことではあろうが、僕はどうでも良かった。
「事故の時顔もけがをしていて、顔面の複雑骨折もしていたんだ。元の顔にできる限りは近づけられるように手術をしたんだがもしかしたらはい元通りとは行かないかもしれない」
まだしゃべることはままならないため軽く目線で会釈をした。これまでもブス顔でいじめられていたのだから元ブスがそのままブスになったとてきっと何も変わらないだろう。
昨日お見舞いに来て一通の手紙を置いていった莉奈はその後再び見舞いに来ることはなかった。
そして、一週間後には顔の包帯も取れて、鏡で自分の顔を拝むこともできた。正直まぁこんな物かというくらいの感想しかなく、むしろ頑張って手術をしてくださった医者の方に大きな感謝をしている。
退院の日には両親も来ていて、僕の顔を見て泣くのだ。それが顔の変化による涙か命が残ったことに対する涙か僕には知り得なかった。
退院の翌週の月曜から学校生活に復帰することに決まり、何事もなかったように授業を受ける。いつものようにパシられる。放課後はもちろん呼び出しのあった校舎裏へ。そこには莉奈ただ一人の姿しか見えなかった。
僕と君 しゅう @SyuSHY4328
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