後編
あれから10年が経った。あの一件以来彼女は私に話しかけようともせず、けれどたまに優しい微笑みをくれた。私はその度に喉奥が締め付けられ、微笑みを返すことが出来なかった。
10年経ち、私も大人になった。たくさんの経験が私を成長させ、高校生の時の未熟さを懐かしく思えるほどに自己肯定感を育てることが出来た。校則もない社会人では化粧はマナーとなり、毎朝アイラインを自分の目に施す。毎朝綺麗に引けたアイラインを見て少しだけ自分に自信を持ち、私の引いたアイラインでテンションを高くしていた彼女の気持ちが今になってわかる。
しかし未だに他人にアイラインを引かせる彼女の心理は、どうしても理解できない。一日の印象を左右するアイラインを他人に引かせる彼女の他人を信じる力は憎らしいほど羨ましくて、そして少し危険な気がした。
――私が大丈夫だって思ってるんだから、佐々木の人生は私から見ればとっても大丈夫なものなんだよ? 忘れないでね。
しかし、私もまた彼女のそんな言葉に支えられて今日を生きている。私は彼女の一日の印象しか左右できなかったが、彼女の言葉は私の一生を左右させた。私の指先を信じた彼女と同様に、私は彼女の言葉を信じていた。あの言葉があったから、どんなに辛い日々も生きてこれた。彼女は初めて私の人生を肯定してくれた人だった。
もしまた会えたら、まだ私の人生を大丈夫なものだと信じてくれているのか問いたい。彼女はきっと、いや絶対に私の人生を肯定してくれるだろう。
彼女の優しい微笑みを思い出すたびに、私は彼女のことを信じてしまう。そんな人が現れたのは私の人生の中で、最初で最後だった。
月記 狐火 @loglog
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