第143話 交渉
グリベルは椅子に座り、目を閉じたまま唸るようにつぶやく。
「……俺にどうしろと?」
それに対して、スペルセスはグリベルの反応を楽しむように、気楽な感じで答える。
「わからん。ただ、いざという時にはお前の手を貸してほしいなということだ」
「勝手言いやがって。それにしても……守護精霊が二つ……聞いたこと無いぞ?」
「説明しよう。現場にはワシもいた」
「ああ。ちゃんと話してくれ」
スペルセスが、モンスターパレードが起こったところから、その魔法陣を作ったのがギャロンヌ・ディ・ディ。その名前にグリベルは白目をむく。
「あのババア……。やはり昨日、冒険者が言っていたことは本当だったのか……」
そう言えば、堂本達が学院の校舎へ行く前に、この神殿の天位陣を確認しに言ったという話は聞いていたが、そのときに対応したのもグリベルだったのか。
ミュソン魔法学院は連邦軍の運営する学院ではあるが、その運営には教会も関わっている。現にこのグリベルも元々ウィルブランド教国のケイロン魔法学院で教鞭をとっていたという。その流れで講義も持っているらしい。
ちなみに、この国の三人の賢者もケイロン魔法学院の主席卒業者だ。当然その知識は求められ、学院に自室も与えられている。
三人共に連邦の所属ではあるが、その賢者という称号は教会から与えられている。教会関係者と言えなくもない。
それだけに教国の聖職者の筋からエバンスへの協力者が居たのかもしれないという事に責任を感じているようだった。
それから、その中心部がダンジョンのように、全く別の世界のようになっていた話。そして、樹木の巨人、何かのエネルギーが君島を襲った話、アッキャダ……話が積みあがるごとに、グリベルの顔色が悪くなっていく。
さすがに俺も見ていてなんか申し訳ないような気分になってくるが。当のスペルセスはさも嬉しそうに話を続けている。
「11階梯に、守護精霊が二柱……他には何か無いだろうな」
「残念ながら、今はまだ。な」
「……もう増やさないでくれよ。……それで、君たちも気軽にその情報を人に話さないでくれよ」
「は、はい」
この司祭の狼狽えぶりを見るだけで、教会的にはアウトな情報なんだということは理解できる。宗教というのは神のメンツを保つためには何でもやるというイメージもある。むやみに人にバレるのは避けたい。
たしか、このグリベルという人は、連邦国内の各村や街にある教会すべての管理者だという。連邦国には、その成り立ちの特異性から受け入れ陣のある本神殿が各州にあるのだが、それをすべて統括する立場から、教国本国でも相当の地位にあるらしい。
そんな人が、スペルセスを通して俺たちの為にこの事実を抑えてくれているというのはある意味安心材料でもあるだろう。
話が終わるとグリベルにお礼を言い、神殿を後にした。
◇◇◇
翌日には俺たちは、再びブルグ・シュテルンベルグへ向かう。
政治家の殆どは民間人でなく元々は統合する前の各州が国だった頃から続く貴族が占めている。大統領とは言うものの、当然この男も貴族だ。
豪奢な城の謁見室で、上座に居る大統領と話す感じだ。
しかも、護衛騎士の君島は謁見室の外で待たされている。俺の腰の刀も近衛兵に預ける。
この状況……。国の俺への対応に対する不満を是正して貰いたくての面会なのだが、実際にはかなり上からの対応だ。
入口の前で立ち尽くしながらも、笑えてくる。
「連邦天位、シゲト・クスノキ!」
扉の向こうから、読み上げの兵が大声で叫ぶと謁見室のドアが開かれる。
俺は扉の後ろで心配そうに見る君島に軽く笑顔を見せ、そのまま部屋に入っていった。
「話は聞いている。今回、ミキ・サクラギが誘拐されたことについて、君に秘匿していた件を不満に感じているとか」
……そうか、そこまで話は通っているのか。確かに不満を伝えに来たのならこれだけの威圧を賭けるのも分かるな。
スペルセスも、そのくらい自分でなんとかしろと言うことなのか。
これに押しつぶされたら、それまで。
そんな俺の度量を試されているような気分にも成る。
念の為なのか分からないが現場には連邦天位筆頭のグース・ドリュースが立ち会っていた。
考えてみれば、俺も連邦天位とはいえ、連邦軍へ入隊して間もない。というよりこの世界に来て間もない俺をどこまで信用できるか……難しいのだろう。
それにまして、今回は不満の奏上だ。
そんな天位がやってくるのであれば警戒するのは当然だ。
俺の順位は88位だ。42位のグース・ドリュースが居ればなんとかなると考えているのだろう。
……刀まで取り上げ、そこまでビビらなくても。
政治家達の俺に対するビビり具合を見ていると、段々と気も大きくなってくる。
「はい。桜木が俺と一緒にこの世界に来て、以前の世界では俺の生徒であった。それは情報として聞いていると思います」
「そうだな。そう聞いている。だからこそ大事な式典を前に君に心配をかけないようにと言う配慮をしたつもりだ」
「……配慮ですか?」
「そうだ。我々の連邦軍が組織立ってサクラギの捜査に動いていた。君、一個人が加わった所で結果が変わるわけではないからな。心配をかける前に救出するつもりだったんだ」
「……」
なるほど、政治家だ。自分の行動が俺のためにという名目を立てて自己正当化をするのか。
「今回の件に関しては、無事に救出をすることが出来ましたが。もし出来なかったら。どう思いますか?」
「どう? ……それは凶行に及んだエバンスという組織が許しがたいという事だな」
「確かに、諸悪の根源はエバンスです。ですが、故郷から一緒にこの世界にやってきた桜木は言ってみれば私にとっては家族です」
「家族?」
「はい。家族が、悪漢共に拐われ。その間それを知らずに城でおいしい食事を楽しみ、優雅にのほほんと過ごしていて。結果その家族が殺された場合。私が自分を許せることが出来るのでしょうか」
「……」
「おそらく私はそれを許せず。国家という庇護の下で恵まれた生活を続けることが出来ないでしょう。野に下り。他の家族が同じ様な不幸に見舞われないようにと、彼らの元へ行くことでしょう」
「他の家族、だと?」
「今回のモンスターパレードを抑えた立役者。堂本、辻、佐藤の三人も私の生徒です。彼らは冒険者として己の力で生きていこうとしております。君島、仁科と共にそんな彼らに合流する道も考えたでしょう」
「堂本……天現の天位か……」
「はい。彼は、私とは違い国の庇護に入るのを断り、自分たちの力だけで歩き始めています。私も、桜木、仁科の二人がデュラム州軍にお世話になった話が無ければ、当然そちらへの道を考えておりました。だけど今は、ギャッラルブルーでのハプニングで州軍に助けられた恩もあり、私は連邦軍へと入隊させてもらったわけです。わかりますね?」
「ううむ……」
「色々な事情がお有りでしょう。天位とは言え、私は国の駒です。秘匿する物も当然あることは理解しております。……だけど、その家族の情報に関してだけは、必ず私に伝えていただきたい」
ちゃんと喋れているか不安はあるが、俺の気持ちは伝えた。
大統領としても、俺の存在をどこまで大事にするかという問題もあるのだろうが。顔を見る限り提案は受け入れてもらえそうな感じがする。
「分かった。家族……デュラム州軍のサクラギとニシナだな?」
よし。
「はい、あと守護騎士の君島もそうです。先程の堂本達三人の情報も国に入ればなるべく私には回してもらいたいのです。他にも自治領に一人小日向という男が。それから王朝にも天戴を得た生徒が一人居ます。池田と言います。……皆優秀な生徒であり、各々独自にこの世界で生活を始めておりますが、あくまでも私にとっては家族です」
「……確かに君と一緒に転移してきた者たちは、まれに見る優秀な転移者だということは知っている……イケダは、あのディルムン騎士団に入団したと聞いた」
「ディルムン騎士団?」
「この世界の、最強と呼ばれる騎士団だ」
「……そう、ですか」
池田は池田でうまくやっているようだ。こういった情報も国から貰えれば、助かる。情報化が進んだ地球とは違う。国レベルの情報システムを利用できるというのはむしろ願ったりだ。
俺の表情をじっと見ていた大統領が話を受け入れる。
「分かった。君の希望は聞き入れよう。その家族に関しての情報は何かあればなるべく早急に伝えるように手配する」
「よろしくお願いいたします」
「うむ、この国の為にその力、使ってもらえるだろうな?」
「約束が守られていれば……」
「約束しよう」
俺は、ようやくこの国の天位として居場所を得た気がした。
※ちょっと大統領とのシーンを切れずに、長めに。
予定では次回で、この章を一度閉じれたらなと考えております。
そして、そのときに今後のお知らせなどもと思っております。
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