第125話 魔法陣
カチャリと解錠の音がし、グリベルが重い扉をゆっくりと開ける。
少し扉が開くと、待ちきれないとばかりにケルティと堂本が中に飛び込んだ。
「こ、これは……」
「俺達には魔法陣の文字が理解できないのだが……共和国の魔法陣とあまり変わり映えが無いようだが」
「……はい。魔法陣の状態は、問題なさそうです。書き換えも無いです」
二人が中を確認しているとグリベルが入ってくる。グリベルも周りを見渡しながら、教会内にそういった痕跡が無いことを確認してほっとした表情を見せる。
「良かった……と言って良いのか。問題はなさそうだな」
「そんな、それじゃあ……エバンスは何処に……」
「魔法陣を刻める場所? そんな条件のいい場所なんて……ん……」
「先生?」
「いや……この街にもう一つ魔法陣の為に作られた空間がある」
「どこです? そこは」
「……ミュソン魔法学院だ」
「あ……」
魔法学校の最高峰としてはケイロン魔法学校が有名であったが、学びたい者全てがウィルブランド教国に行くことも出来ない。当然各国にはそれとは別に様々な学校、学院があり、ここホジキン連邦国にもミュソン魔法学院という魔法学の高等教育を教える学院があった。
そして、そこにも地下に魔法陣を研究するための施設が存在した。
「くっ……そこは何処に?」
「新市街の方だ……ケルティ。場所は分かるか?」
「いえっ。そこまでは……」
さすがにグリベルもブルグ・シュテルンベルクに向かわないといけない時間だ。地下から聖堂に戻りながら場所の説明をしてくれる。
「申し訳ないが流石に疑いだけで公務をすっぽかす訳には行かないからな……」
そう言うと紙にサラサラと何かを書いてケルティに渡す。
「一応学院へのお前たちの紹介を書いておいた。おそらくこれで入れるだろう」
「ありがとうございます。でも先生。ミュソンは連邦の管轄ですよね?」
「ん? ああ。たまに講師を頼まれていっているからな。ケイロンで教えていた話を聞いた大統領に頼まれたんだ」
「なるほど。ありがとうございます」
「気にするな、一緒についていけなくて悪いな。普段は神殿のことは神殿長がやってくれているから暇なんだが……。流石に式典には出ないと成らなくてな」
「わかっております」
グリベルと別れ、堂本達は神殿の外で、辻らを探す。
相変わらずの人混みだったがすぐに三人と合流し、再び貴族門から外へ向かう。だが人の流れの逆流はかなり厳しく歩みは遅々として進まなかった。
◇◇◇
薄暗い地下の部屋に、桜木が連れてこられていた。
「座ってろっ!」
「な、何をするの?」
「お前は黙ってみてればいい」
部屋には、数人の男達が既に何かを準備していた。
ナハトが桜木を連れて来ると、一人豪奢な服を着た男が桜木を舐めるように見つめる。その異様な視線に桜木は身を捩って逃れようとする。
「ナハト……そいつか? まだ子供の様だが大丈夫なのか?」
「おいおいおい。そっちこそどうなんだ? 神器を手に入れたと言っていたがホントなのか? 俺に付けた人間もあまり使えなかったぜ」
「俺の方は何の問題もない。見ろ。ゲイ・ボルグだ」
そう言うと、慎重に封がされている筒の中から一本の槍を取り出した。黄金色に輝く槍は薄暗い地下室で異様な存在感を示す。
ナハトはそれをしばらく眺めるとニヤリと笑う。
「ひゃっひゃっっひゃ。マジかよ。マジモンのゲイ・ボルクかよ。よく手に入れたなあ。夜嵐が警護してるって言うじゃねえか」
「夜嵐が警護しているのはこの持ち主だ。あの女を襲い続けていれば、これを持って逃げても奴は追ってこないってわけさ。で、そいつも本物なんだろうな?」
「ああ、天戴だぜ。しかもルキアだぜ。光の魔力に関しちゃ何の問題もねえよ、それじゃあ報酬をいただこうか」
「……分かった、ご苦労だったな」
そう言うと男は、満足げにうなずきながら小さめのマジックバッグをナハトに渡す。ナハトは中を覗き込み嬉しそうに笑う。
そんなナハトには興味を示さず男は満足げにつぶやく。
「……ようやくだな。これほどの人々が集まる祭りなんてまず無い。しかも連邦首都。完璧だ。神を信奉するクズどもに鉄槌を下す」
それを聞いていたナハトがふと気になっていた様に聞く。
「そう言えば。始めはヒューガーか、自治領を狙うっていってたじゃねえか。連邦で良いのか?」
「あんな片田舎じゃそこまで人が集まるような機会はない。確かに聖地を切り刻むアイツラにも天誅は下すべきだがな。世界から拒絶されたギャッラルブルーを取り戻そうと必死なコイツラも駄目だ。まずここからだ」
「ま、俺はどっちでも良いんだけどな。報酬を頂いてさらに殺しまで出来るんだ」
「……ふん。狂人が」
「お前に言われたくはねえよ」
そう言うと男は魔法陣の中央に立ち槍を高々と持ち上げる。
「フェールラーベンが倒した神竜から作られた4つの神器のうちの一つだ。こんな物を個人で所有しているなどと言う馬鹿げた話があるとは思わなかったがな、天は我らの意に即しているという事だ」
満足気に語り、おもむろにその槍を地面に突き刺した。
バリバリと槍を中心に魔法陣を刻む文字が雷を帯びたかのように光り出す。
「さあ。その子を」
そして桜木に向かって手をのばす。
「な……何をするの?」
「お前が考える必要はない。ただその魔力だけを我らに提供するのだ」
「そんな事、するわけ無いでしょ?」
「だからお前が考える必要は無いと言っている。ナハト連れてこい」
「あいよ」
ナハトは桜木の手を掴むと引きずるように槍へ近づいていく。首につけられた魔力制御の首輪のせいで桜木は階梯の力も封じられていた。抵抗も虚しくズルズルと引っ張られる。
「ナハトっ! 止めて! ねえ。聞いてる?」
「このためにお前を連れてきたんだ。今更止めるわけねえだろ?」
「よしてよ! 嫌だ!」
そのまま桜木は魔法陣の中心まで連れてこられる。中心で待っていた男は満足げにゲイ・ボルグに結んであった鎖の先についている手枷を、桜木の手に嵌めた。
「吸魔の鎖だ、お前の意志と関係なく魔力を吸い取る」
「な、なに?」
「ナハト、制御の首輪を外せ」
「ははは。楽しみだなあ。なあ。ミキ。魔法陣に魔力を吸い取られても、生気が残ってると良いな」
「……絶対許さいないから」
「それはお前の自由だ」
そう言うと、睨みつける桜木の首に指を伸ばす。
「解錠……」
首輪がキラリと光を発した瞬間にその留め具が外れ、下に落ちる。
その瞬間に抑えられていた桜木の魔力が一気に開放され、吸魔の鎖を伝いゲイ・ボルクに流れ込んでいった。
「ああ……」
その魔力の奔流に桜木はなすすべもなく崩れる。倒れても鎖は桜木から魔力を吸い続ける。あまりの衝撃に桜木はそのまま気を失った。
ゴゴゴ……
地鳴りのような音と共に魔法陣の光が強くなる。
「おおお! 動いているぞ。さすがはギャロンヌ・ディ・ディだ……よし、皆下がれ! 退避するぞ! ……ん? ナハト?」
男が部屋のドアを見ると先に部屋から出たナハトが扉を締めていた。
「ここはお前らの愛する魔物とよろしくやってくれよ
「なっ。何を!」
「精々俺の逃げる時間くらいは稼いでくれよ」
そう言うとナハトは部屋のドアを閉める。そして外からは鍵の掛かる音が小さく響いた。
「ナッナハトォ!!!」
密閉された空間内に男の声が響く。他の組織員達は、事の成り行きにあっけにとられながらもジリジリと部屋の隅の方に逃げる。何人かの男がナハトの締めたドアを開けようとするがドアはびくともしない。
「くっ……」
振り向けば室内は膨大な魔力が渦巻いている。もう取り返しのつかない所まで来ていた。
「ま、魔物たちよ……神の信徒を滅ぼしたまえ……」
男が最後の矜持を振り絞り、言葉を紡いだ。
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