第123話  前夜祭


 食事を終えるともう一度神殿へ向かうことにする。

 出かけようとした時にビトーと食器を洗っていた佐藤が堂本に声をかける。


「ちょっとお前たちで行ってもらってもいいか?」

「ん? 確かに全員で行く必要もないが。どうした?」

「あまり遅くまでビトーを連れ回すのはどうかと思ってな。片付けも手伝ってやりたい」

「そうか……確かにそうだな。じゃあ、留守番を頼む」

「ああ、お前らも気をつけろよ。あまり教会を怒らせないようにな」

「分かってる」



 堂本と辻と仁科の三人で神殿へ向かう。

 宿はメイン通りから少し外れた所にあったため、宿の周りは特に人混みなどは無いが、数ブロック進むとだんだん人が増えてくる。


 途中にある広場などでは、広場ごとに催しが行われていた。仮設ステージの上で歌を歌っていたり、寸劇のような物をやっていたりと、場所場所で違うことをやっているため、さながらフェスのような状態にも見える。

 桜木を探さなければ成らない三人は祭りを楽しむ心境には慣れなかったが、宿で食事をしている間にここまで街の様相が変わったことに驚く。


「凄えな……」


 数多くの照明の魔導が灯り、カップルから子連れの家族、様々な人々が街を楽しんでいた。やがてメイン通りまで来ると、何やら仮装をした民衆たちがパレードをしている。


「こ、これは……行けるのか?」

「しかし、神殿は通りの向こうだしな」


 だが道を渡ろうにも、音楽に合わせ踊りまくっている人たちの列をかき分けて進むのに躊躇する。パレードの列はまだまだ続きそうで道を横切るタイミングも分からない。辻が堂本を振り向く。


「どうする?」

「まいったな……」


 左右を見渡しているが、しばらくは道を渡ることは難しそうな状況だ。

 沿道の屋台を目当ての人の流れと、パレードを見ながら一緒その場で踊りだす人たちの動きが、流れの不調和を作り出す。にっちもさっちもいかない状況で今日は諦めようかとした時、仁科が沿道の屋台に並ぶ女性に気がつく。


「ケ、ケルティさん!」


 仁科の声に何事かと堂本も振り向く。

 屋台でケバブのような皮に野菜や肉を包んだ物を受け取っていた女性がその声に振り向く。


「ああ、タカトさん! ちょうどよかったです」

「ケルティさん、何か分かったんですか?」


 ケルティは教会の聖職者としてリガーランド共和国の教会に所属している。その為、エバンスに攫われた桜木達を追って仁科が共和国へ行った時に共和国内を案内してくれた女性だ。

 ケルティの担当しているリガーランド共和国から国境を越えてこちらに来ているとなれば、何か新しい進展があったと考えるのは当然だろう。仁科が期待のこもった目を向ける。


 だが、そんな仁科の言葉にケルティは少し顔を曇らせた。


「どこか静かに話せるところは無いでしょうか」

「え? あ、僕らの泊まってる宿で良ければ……」


 仁科がそう言いかけて、ふと堂本を振り向く。仁科とケルティとのやり取りをみていた堂本もうなずく。



 すぐに帰ってきた堂本達に佐藤が訝しげに訊ねる。


「おう? 早かったじゃないか? どうした?」

「人が多すぎて神殿にたどり着かなかったんだ」

「マジかよ、そんなか。ん? その女性は?」


 仁科が佐藤にもケルティの説明をする。話の進捗があるのかと佐藤も嬉しそうな顔をするが、ケルティの顔は曇ったままだ。

 そんなケルティの表情に、良いニュースでは無いだろうと皆感じては居たが、すぐに中に通し、堂本が話を催促する。


「で、ここに来た理由は?」

「その、非常に申し上げにくいのですが……リュードの街でのエバンスの足跡が判明しました」

「国境は越えているんだな?」

「はい。……それが。どうやらリュードの街の神殿を通過したようなのです」

「やはり……」

「やはり? 何か情報があったのですか?」

「いや、単なる推測だ。あの状況でエバンスが国境を通った様子が無い。国境を破る事を避けるとしたら、神殿を使うことしか思い当たらなかっただけだ」

「そ、そうですか。お恥ずかしいです。教国の人間にもそのような者がいるなんて」

「そんな事はどうでもいい。それで、エバンスの狙いなどは解ったのか?」

「はい……実は、エバンスには元賢者のギャロンヌ・ディ・ディが所属していたと言う情報があり、彼女が危険な魔法をエバンスに提供したようなのです」

「モンスターパレード、か?」

「え?」


 モンスターパレードの言葉にケルティが驚く。

 堂本もモンスターパレードを魔法陣で人工的に再現できるなんて事は、神殿でのやり取りでかなりシビアな問題であることは知っていた。聖職者のケルティを前に堂本も少し慎重に話をすすめる。


「ギャロンヌ・ディ・ディ。連邦軍で同じような話を鷹斗が聞いてきた。そして、俺達がマニトバに来る途中にディディーという老婆に出会ったんだ」

「ディディー? たしかギャロンヌは学生時代にディディーと呼ばれていたようで、おそらく当人じゃないかと。……そのギャロンヌがモンスターパレードを起こすと言っていたんですか?」

「いや……はっきりとは聞いていない。どちらかと言うと自分たちで考えろとでも言う感じだった」

「そう、ですか……」


 それでもケルティの方はモンスターパレードを起こすと言う考えはしておらず、次元の穴をあけ、爆弾のように一時的な被害をもたらす物を考えていたようだった。


「モンスターパレードを……そこまで……」

「今日、神殿でこってりと絞られた。教国としては認められないと言うことは解っている。だが、実際起こってしまったらとてつもない惨事が起こるぞ」

「……そうですね。表には出していませんが、裏で研究はしていますので」

「裏で?」

「はい……私もケイロン魔法学校の出身ですので、魔法陣はそこまで得意なわけじゃなかったですが、仲良かった同期生で魔法陣の専門家が居て。……一度そんな話を聞いたことが」

「なるほどな」

「その、ギャロンヌは他にも何か? どこで魔法陣を刻んだのかとかは?」

「いや、それも宿題だな。だが、魔法陣の条件を聞いてピッタリと当てはまるところが一つだけ思い当たってな」

「……それは?」

「神殿にある転移陣だ」

「そ、それは……さすがに」


 堂本の言葉にケルティが息を呑む。


「いや、そんな事を馬鹿正直に言っても神殿でまた怒られるだけだ。興味があるからと一度見学させてもらおうかと向こうには言うつもりだった。それで先程神殿に向かっていたんだ。パレードが続いていたから諦めたけどな」

「え? あそこには転移陣はありませんよ?」

「なに?」

「この街の本神殿はこの街の貴族街にあるのです。あそこは新市街を作った時に一般信者向けに立てられた神殿ですので」

「くっ……今からは……?」

「いえ、貴族街は一般人は入れなくなっています。だけど明日の周年記念式典で、一般の人達にも貴族街を開放しますので、明日の早朝に行くのが良いと思います」

「ふむ……」


 前夜祭は、ほぼほぼオールナイトで街は盛り上がるらしい。おそらく貴族外の通用門も門限で通過できなくなっているということで、明日早朝に向かうことにする。

 

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