第118話 表演

 シドが後ろに下がった後もパドルミホフは渋い顔のままだった。


「先生はもっと自覚を持ったほうが良い」

「え? あ、すいません」

「立ち技もそれなりに練度が上がっているのは分かるが。やはり天位のレベルかと言われるとそうでもない」

「そう、ですね」

「そんな姿を他の兵士達が見れば、疑念が持ち上がる」

「……はい」

「まあ、ユヅキと刃を交えたい気持ちは分かるがな、気をつけ給え」

「は、はい」


 確かに、他の兵士たちが俺たちを気にしていたのは解っていた。そんな中で抜刀じゃない技をやれば確かに、あれ? となってしまうに違いない。

 連邦天位がこの国の武の象徴でもあり、兵士たちの支えであるなら、少し気をつけるべきなのだろう。


「しかし、剣技は面白かったな。速さなどで劣るが動きの妙はなかなかのものだ」


 少し反省していると、パドルミホフの横に居た連邦天位筆頭のグース・ドリュースが俺をフォローするように言う。


「それで、今日は見せてもらえるんだな? パドルミホフがそこまで言うシゲトの実力を」

「うむ。先生次第だがな。どうだ?」

「えっと。……必要であれば」

「そうだな。彼らも安心させてやらないとな」


 そういいながらグースはチラリと俺たちを見ていた兵士の方に目をやる。


 そうか……一応天位としての実力を示せば良いんだろうな。

 スピードか、威力か……。何かを斬るか。試し切り的な物が良いか。


「何か斬るものはありますか?」


 俺の質問にグースが首を傾げる。


「試し切りで実力を見せられるのか?」

「……たぶん、大丈夫かと」

「ふむ……」


 少し興味が乗ったのか、周りでこちらを覗き見していた兵士達に何か試し切りするものがあるかと聞く。師範が例の天空神殿で試し切りをしたビネガーと言う瓜でも良いかと聞かれ、グースはもっと硬いのが良いなと答える。

 俺としても、この世界で刃に魔力を通し事でその切れ味が圧倒的に増えることを知っている。すこし調子に乗ってしまう。


「いや、何でも良いんで、要らないものでも……」

「ほう」


 グースが嬉しそうに笑う。


 ……やがて運ばれてきた岩を前に、俺は固まってしまう。


「えっと……これを?」

「岩ならいくらでも斬っていいぞ」

「マジですか……」


 しかし、岩を見ているうちに試したい気持ちも出てくる。「石通し」という技は階梯や魔力のない日本でも、極めたものは岩を斬れるという。この世界に来て「集中」というスキルを得、俺の実力の底上げはされているはずだ。


 ……いけるか。


 周りの視線を感じながらも、失敗したらそれはそれでいいか。そんな気分で刀を手に取り、石を前に正座をする。刀は正面に横に置き、礼をする


 ……


 こんな型。退屈ではなかろうかと考えながら前においた刀を腰に刺し、立膝をする。左足は正座で右足はあぐらをかいたような状態だ。正座でもやるが、なんとなく石通しはこっちのほうが馴染んでいる。


 ……空気が冷たく沈んでいく。俺の勿体ぶった所作に息を潜めて見つめる視線を感じる。そんな雑念も少しずつ頭から追い出していく。


 フーと息を吐き。左手で鞘を掴む。ぐぐっと集中しているのを感じる。確かに先程の正眼時の集中とは桁が違う。そのまま目の前に置かれた岩を見る。今からこれを斬る。そう心に刻み込み、更に集中を増す。

 左手の親指を鍔に沿わす。再びフーと息を吐きそれと同時に鯉口を切り。抜く。


「えいっ!」


 裂ぱくの気合いと共に岩を斬る。

 予想以上に軽く、抵抗感が無く刃が通る。刃は通れど重みのある岩は斬られたとは思えぬ状態のままそこに居座る。

 そのまま鞘を迎えるように前に出し。ゆっくりと納刀する。岩を斬ったとは思えない感覚に興が乗る。


 ……石通しじゃなくて全然大丈夫だな。


 居合の技は、抜刀と同時に斬る物と、その後数回斬りつけるような型などがある。しかし、抜いて数回斬るような所作に魔力が続く感覚が不安なため一振りの技を二つ三つと繰り返す。


 ……うん。


 ようやく満足した俺は、納刀し、腰から刀を抜く。目の前に横に置き、ゆっくりと一礼する。


 ……気持ちよくてやりすぎたか? 俺はチラッとグースの方に視線を向ける。


「……ど、どうでしょうか?」

「……うむ」

「な、なんや?」


 訓練所の中は白けきっていた。やはり型など見せても訳がわからないのかったか。腕を組んだまま黙り込むグースの横で、シドが変な声を上げてるのを見て、岩を見直す。たしかに先ほどと変わらずそこにある。


 立ち上がり、鞘の先で軽く岩を推すと、スススと切れ目が出来ズレていく。


「まじか……いや、ほんま気がつくと剣が……」

「階梯あがって、スピードもだいぶ上がってるんだと思います」

「せやかて……」


 パドルミホフは何やら嬉しそうに黙り込むグースに声をかける。


「な? やばいだろ?」

「……ああ……対応できる自信が無いな」


 連邦天位の筆頭にそこまで言われるとちょっと恥ずかしいが、これでようやく仲間として認めてもらえるのだろうと思うとホッとする。


 斬った岩を片付けるように言われた兵士たちが、各々が破片を持ち上げその切り口を眺めている。


「す、すいません。思わず細かくしちゃいましたが……」

「い、いえ! 良いもの見せてもらいました」

「ああ、満足していただけたら良かったです」


 パルドミホフの用事というのが、俺の居合をグースに見せたかったというものだったようで、用事が終わったとばかりに、昼飯に誘われる。


 まあ、断る手はない。


 その後、何度かブルグ・シュテルンベルクで周年祭の打ち合わせをし、周年祭の本番を迎える。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る