第76話 ギャッラルブルー鉱山

 岩だらけの洞窟の中、外とはうって変わってヒンヤリとした空気が漂っている。


 野外での生活も、もう2週間は経っただろうか。ギャッラルブルーからの逃亡の時とは違い、気分的にはストレスが無いのだが、流石に風呂に入って一杯引っ掛けたい気分は日々強くなってくる。


 それにしても、レグレスの強さは半端ない。あれだけの上級と呼ばれる魔物が居ても不安も感じさせない。おそらくスピードは俺の居合の方が早いだろうと言うのは分かるのだが、バランスと言うか、勘の冴えが異常なのだ。


 居合や剣道などの世界でも、目付という技術がある。相手の剣の動きなどを見てからの動作では対応が遅くなる。そのために相手の胸のあたりを見ることで全体の動きを感じ、筋肉の発する微妙な予備動作を感じ取り先んじて相手の動きに対応するのが重要になる。

 なんというか、その感覚がレグレスの場合全方位にあるような感じなのだ。


 こうして前を歩いているレグレスに俺がいきなり斬りかかっても、レグレスなら避けてみせる。そう思わせる異常性を感じる。


「そろそろ魔力はよさそうかな?」

「あ、はい。だいぶ戻ってきました」

「今日中に10階梯にしちゃおうか」

「え? いやあ、そんなまだ9階梯になったばかりじゃないですか。すぐには無理ですよね?」

「大丈夫。大丈夫。死ぬ気でやればなんとかなるものだから」

「死ぬ気って……本当はもっと階梯って上がるの時間かかる物ですよね? ここの魔物たちって異様に経験値が高いとか?」

「高いは高いけど、強さなりかな。先生が異常なんだよね」

「それを言ったらレグさんの方だって……」


 レグレスのスパルタに苦笑いしながら俺は腰に手をやる。



 ◇◇◇



 ここはギャッラルブルーから山に向けて進んだところにある鉱山だった。州兵たちから噂としては聞いていたが、話のごとくモンスターパレードはここから起こったのでは無いかという説がある。

 レグレスはそれを事も無げに肯定する。


「そう、ここが原因だからね。ここが一番フレッシュな魔物を美味しく頂けるんだよ」


 本当にレグレスは一体何者なのだろうか。考えても分からないものを考えてもしょうがないが、本当に不思議な男だった。


 君島らと別れてどこまで行くのかと思っていたが、魔物を狩りながら一気にギャッラルブルーまでやってきた。ジェヌインは今までその実力を隠していたかのように、かなりのスピードで進む。君島とあれだけ苦労して逃げ帰ってきた行程をわずか数日で踏破する。しかも上級の魔物といっしょなのもあり、夜に襲われることも稀だ。


 俺たちはそのままギャッラルブルーをも迂回をして、街から更に山の方にある鉱山まで一気にやってきたのだが。そこからが大変だった。

 俺の居合は全能力を集中させている特性上、どんどん自分の魔力をも使ってしまうため、魔力が切れやすいという欠点がある。そこでレグレスが持ち出したのが1つの指輪と1つのネックレスだった。


「これはどっちも魔力の回復を早める効果のある魔道具なんだ」

「魔道具、ですか」

「うん、あ。あげないよ? 貸すだけだからね。俺も今回ドゥードゥルバレーに来るにあたり友達に借りてきたんだよ。必要かなって思ってさ」

「え?」

「なんとなくね、そういう勘って割と当たるんだ。ひひひ。だからまあ、また返さないといけないからさ」

「わ、わかりました」


 確かに、そのアクセサリーを付けると、魔力の回復の速さを感じる。それを二つ付けることで効果もブーストされていると言うが、あまりの具合の良さに俺も欲しくなってしまう。どこで売ってるかと聞いてみたが、市場に出回ることは殆どないらしい。それに一般の人が一生かけて稼げるくらいの値段はすると言われてしまう。

 むしろそんな事を聞くと、戦っている間に紛失させないか、不安の中に沈み込む。そしてそんな貴重な物をポンと貸し出してくれる友達が居るというのも凄い。


 回復が早ければ、それだけ多くの魔物を狩れる。やばい状況になればレグレスがすかさずフォローをしてくれる。生徒たちの階梯上げに付き合って、階梯を上げる事が大変だというのを見ていた分、あっさりと6階梯に成ったときには驚いた。


「先生、階梯が上がった時の上がり方がちょっとでしょ? あの子達は結構1つ上がった時の上がり方がヤバいからね」

「まあ、階梯が上がった時の能力の上昇がしょぼいというのは自覚してますよ」

「うんうん、まあ先生の精霊は特殊だからね」

「特殊?」

「そう。だからポンポンと階梯上がっていくよ。一気に10階梯目指したいんだよ」

「えっと、特殊って、何か知ってるんですか? 気持ちが落ち着く効果とかだけじゃないんですか?」

「ん~。まあ。知ってるような知らないような?」

「ちょっと、教えて下さいよっ!」

「あ、魔物っ!」

「ああもう!」


 俺の記憶が確かならば、俺の精霊の名前をレグレスに教えたことはない。何を知っているかも分からないまま、ただ「この人を信じてついて行って大丈夫だろう」そんな確信だけは持っていた。



 ◇◇◇


 

「はぁはぁはぁ……来ました……」

「お、10階梯おめでとう」

「ほんとに、たどり、付くとは……」


 信じられないことに、レグレスの言う通りその日のうちに階梯上昇に伴う発熱に見舞われる。10階梯にたどり着いてしまった。戦いを終え、少し乱れている呼吸を整える。火照った体には少し肌寒い洞窟の中が心地良かった。


「これで、終わりですかね。そろそろお風呂が恋しくなってきていたんですよ」

「ん~。そうだなあ……」

「ん?」

「いやね、実は先生はまだまだ階梯上がるんだよね」

「へ?」

「うんうん。ほら。先生の精霊って然の精霊でしょ?」

「え? まあ……」

「フェールラーベンの格付けした精霊位で整理できなかった物が然の精霊なんだ。それは知ってるね?」

「はい。ウィルブランド教国を作った人でしたっけ? 確かGSが守護だったという」

「そうそう。彼もさ全部を確認できたわけじゃなく、能力の低い数多の精霊までは整理できなかったんだけどね、だから、そういうのを然の精霊として纏めちゃったんだけど」

「はあ」


 ヒンヤリとした石の壁によりかかり、火照った体を冷やしながらレグレスの話を聞く。それにしても何か途方も無い話が始まりそうな気がする。


「まあ、僕の仮説ではあるんだけどね。おそらくその然の精霊の中には他の異世界から来た精霊も混じってる」

「え? 異世界から?」

「そう、だって俺達みたいな人間は異世界の歪みに堕ちてこの世界にやってきたんでしょ? それなのに精霊みたいな存在がやって来ないって言い切れるかい?」

「た、確かに。でも――」

「うんうん、精霊みたいな存在が堕ちてくるような大きい穴が空くことなんて本当にレアな話かもしれないけどね。でも。その可能性は否定できない」

「……じゃあ、僕の精霊がそういう違う世界の精霊って事なんですか?」

「ま、それはあくまでも先生の精霊が特殊だから、そうなのかもしれないって話なんだけどね」


 あくまでも仮説なのか。


 ん? 特殊? まだまだ階梯があがる?


「でもなんで、僕の精霊が特殊って分かるんです? 階梯がまだ上がるって本当なんですか? だけど、どうして」

「はい。それはまあ、もう一つ階梯が上がったらね」

「本当に教えてくれるんですか?」

「うん。教えよう。だから今日はもう鉱山から出て寝るとしよう」

「……はい」


 2週間以上もレグレスと一緒にいるが、まだまだ謎だらけの男だった。

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