第71話 ゼンザーの暴挙

 ヤーザックは朝から州軍詰め所の自室で頭を抱えていた。その理由は目の前にいる男だった。


「なんでお前がこんな所に……」

「いや何、困ってそうじゃないか。同期の縁だ。何か手伝うぜ」


 そう気軽に答える男をヤーザックはにらみつける。

 確かに、その男はヤーザックのケイロン魔法学院時代の同期だった。しかも、同期での主席卒業。つまり、「賢者」の称号を持つ男だった。

 名は、ガジェルム・ドーン。グレンバーレン王朝のウルク魔法士団に所属している。そして賢者の他にランキング97位。「天位」の称号を持っていた。


「王朝がなぜシゲト先生に興味を持つ」

「んあ? 王朝は関係ないぜ。個人的な興味だ。転移して2週間も立たずに天位となった男だぜ? 一度会ってみたいじゃねえか」

「だからといって、わざわざこんな所まで……くっそ。お前にはこんな距離、関係ないって言うわけか」

「いやあ、流石にこの距離をロック鳥の背中にしがみついて来るのは中々辛えぜ」

「……頼むから揉め事は起こさないでくれよ」

「大丈夫だって」


 ガジェルムは今朝方このドゥードゥルバレーに使役するロック鳥に乗って突如飛来した。ヤーザックは昨夜2組の冒険者がこの街へやってきた報告を受け、頭を抱えていた所に突然の訪問。学院時代の同期とはいえ、王朝の重鎮であるガジェルムを無碍に返すことも出来ず、対応に困っていた。



 ◇◇◇


 そしてもう一人、行商人の親父も自分の騎獣車の前で頭を抱えていた。朝起きると、騎獣者の車輪が軸ごとへし折られていたのだ。すぐに州兵が呼ばれるが、犯人の目星もつかない。


「昨日冒険者が街に来たっていうじゃねえか、そいつらじゃねえのか?」

「奴らは定期的に監視はしていたんだ。それらしい動きはなかった」

「本当か? だけどよお、それしか考えられねえじゃねえか」


 荷獣車の車輪が無ければスペルト州へ帰ることも出来ない。幸いこの街にいる州兵で車輪を直せる者がいるというのだが、それにしても数日の足止めかかってしまう。軸も車輪も調整が悪いと荷獣車が揺れ、中の荷物が破損する恐れもある。ちゃんと直す必要があった。

 焦れる行商人に、追い打ちをかけるように護衛の冒険者からも延長の料金はキッチリもらうと言われ、せっかくの行商が大損喰らった気持ちになる。



 ◇◇◇


 街の広場では、夜勤明けのゼンザーが火をおこし朝飯を食べている夫婦に近寄っていく。元来デュラム州の人間は喧嘩っ早いが義理人情に熱い。同郷のルーツを持つベンガーがディクス村に行くという話を思い出し、2人きりで大丈夫かと心配になったのだ。


「おう、ベンガーって言ったかい? よく寝れたかい?」

「んあ?」

「暗くて分からなかったか? 昨日の門番だ。ゼンザーだ」

「ああ」

「ディクス村まで行くんだろ? あそこらへんまで行くと上級の魔物も出てくるんだ」

「ああ」

「2人だけじゃ危険だろ?」

「ん?」


 昨日もずっと妻のアムルの方が話しっぱなしだったが、やはりベンガーは無口であり、相槌を打つくらいしかしない。それでも気にせずゼンザーは広場の反対側で朝飯を食べている3人の冒険者に向かって大声で話しかける。


「お前たち、なんて言ったか。ここまで階梯上げに来たんだろ?」


 突然話しかけられた3人だが、気にしないふりをしつつもゼンザーとベンガーの話に耳を傾けていた。嫌な予感を感じつつもブライアンが反応し、答える。


「そうだ。そのつもりだ」

「ここまで来てるって事は上級の魔物でやるんだろ? 強さも十分そうだな」

「ああ、全く問題ないさ」

「ここから3日ほど街道を言った所にディクス村って跡地があるんだ、そこらへんまで行けば上級の魔物には困らないと思うんだ」

「なるほどな、ありがとよ」

「いや、だからよ、この2人の夫婦と一緒にいってやってくれねえか。親がディクス村出身なんだ。一度くらい見てみてえってよ」


 突然の話にブライアンを始め、話を聞いていたアムルまであんぐりと口を開ける。


「は? いや。俺たちは仕事で来てるわけじゃねえんだ。護衛なんてしねえよっ」

「何言ってるんだ。困った時はお互い様じゃねえか。野営するなら人も多いほうが良いだろ?」

「いや、だがしかしなあ。そんな知らねえやつと一緒なんて――」

「ベンガーとアムルだ。な、もう知らねえ中じゃねえだろ?」

「はあ???」


 当惑するのはブライアン達3人だけじゃない。


「ちょっと、旦那。何言ってるんだい。私ら夫婦2人だけで十分さ。なあ?」

「あ、ああ」

「おいおい、こんな辺鄙な所まで来て、そんな寂しいこと言うなよ。俺もついていってやりてえがな、今日は流石に夜勤明けでもう起きてるのもやっとなんだ」

「いや、だけどもさ」

「袖擦り合うも何かの縁ってやつだ、なあ」


 ゼンザーの強引な話に冒険者たちが面食らっていると、そこにスペルセスとマイヌイの2人が通りかかる。それを見てブライアンが顔を青くする。


 ――な、なんで響槍姫が??? しかも賢者と一緒じゃねえか。


 ブライアン等3人はホジキン連邦のホラーサーン州で普段活動している。スペルセス達は知らなくても、ブライアン達にとって2人は有名人だ。

 一方、ジーべ王国からやってきたベンガーとアムルは2人の顔に見覚えはない。なんだこのジジイとばかりに胡散臭そうに眺めている。


「ほう、お前たち奥地に行くのか?」

「何だジジイ?」

「はっはっは。すまんすまん。名乗りもしないで。スペルセスと言う」

「はん! 知らん名前だねえ――」

「お、おい!」


 アムルのぶっきらぼうの返事に、横にいたゼンザーがビビって止めに入る。


「スペルセスさんは連邦の賢者だぞッ! あまり失礼な物言いをするな」

「……なっ……賢者だと? なんでそんなのがこんな所に」

「転移してきたばっかの子どもたちが居るから指導に来てくれてるんだ」

「転移してきたばかり???」

「ああ、分かったか。だから、もう少し丁寧にしてくれ」

「お、おう……」


 能天気に好意だけで動くことが、時として周りを迷惑な事象に巻き込むことは多々ある。良かれと思ってやることがすべての人間にとって良いことかは微妙なのは、いつの時代でも、どこの世界でも共通の話で合った。




※すいません、69話の行商人 重人と別れて2週間でしたが、話の都合上3週間に直させていただきました。(ストックが減るとこういうのが起こってすいません)

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