第70話 星空の綺麗な夜は
宿舎のラウンジでは桜木が嬉しそうに果実のゼリーを食べている。前回行商人が来た時も買っていたが、割とあっという間に食べてしまっていたために、ここしばらくは甘味物を口にしていなかったためになおさら嬉しいようだ。
横で仁科が呆れ顔でそれを眺めていた。
「おい美希。そんなバクバク食べてたらまたすぐ終わっちまうぞ」
「うーん……あと1つ。あと1つなんだ鷹斗!」
「なんだそれ……」
そんな姿を笑って眺めながらも君島はふと、重人が今何をしているかと考える。
――どうか無事で。
その頃。南門の門番をしていたゼンザーは街道を歩いてくる3人の男に気がつく。日はだいぶ翳り、夕刻から夜へと移り変わろうとしている時間だった。一緒に門番をしていた同僚に声をかける。
「おい。冒険者みたいだ。詰め所に伝えてこい。3名居る」
「なに? ……本当だな。わかった。気をつけろよ」
「ああ……」
やがて門まで3人の男たちがたどり着く。門の前で立ちふさがるゼンザーが声を掛けた。
「こんな辺鄙な村にどんなようだ?」
すると、1人が前に出てきてフードを外す。フードのしたには色白な、女性と言われても納得できそうな程の整った顔が現れる。だがその目つきは精悍で歴戦の猛者を思わせる眼光だ。左右の髪から飛び出た耳が、この男がエルビス人だと告げていた。
「いやあ、思ったより遠かったな。なーに。ちょっと階梯上げをと思ってね」
「ここは滞在するにしてもなにもない街だぞ? 食堂どころか宿屋もねえ」
「ん? だがここはドゥードゥルバレーで良いんだろ?」
「ああ、それは間違いない」
「階梯上げにいい場所と聞いてきたんだ。それにどうせ階梯を上げ始めれば、街にはいねえんだ。気にしねえよ」
「……わかった。他の2人もフードを取ってくれ」
「ああ、ミック、キース」
男に言われて2人もフードを外す。1人はマーティン人か、そして小柄な1人はボーブスのようだった。そして、フードを取った2人もチラチラと腕の神民カードを見せる。
神民カードは剥がさないでも、悪事を働きカルマが貯れば色が黒くなる。3人共に問題のない色であることを確認できれば、門番に止めることは難しい。
そこへ、先程詰め所に向かった門番と供にストローマンがやってくる。どうやら詰め所に行く前に副官に出会えたようだ。随分と早い。
「訪問理由は聞いたか?」
「はい、階梯上げのようです」
「そうか……」
話を聞いて3人の方を向いたストローマンに、エルビスの男がニコリと笑いかける。
「なんかあったのか? たかだか階梯上げによ」
「……いや、問題ない。魔物との前線の街だからな。過激なルーテナが来ることがたまにあるんだ」
「なるほど……ま、俺達はむしろ魔物を殺しまくる方だ。それは信用していいぜ」
「そうだな。ただ、街には宿も食堂もない。野営をするなら街の広場を使ってくれ」
「ああ、それは聞いた。それでもたすかるぜ。少なくとも城壁の中なら夜番も立てずに寝れるからな」
「あまり大騒ぎはするなよ」
「わかってるって」
そう言うと3人は街の中に入っていく。確かに階梯上げをしに来るジャングルリーフは居ないわけじゃない。とりあえず重人が居ない事に、ホッとするストローマンだった。
3人の男たちは、街の広場で幕を張る。石畳の上で薪を組み上げていた小さいな男がエルビスの男に話しかける。
「ブライアン、どう思う?」
「当たりだと思うな」
「やはりそう思うか。警戒が強すぎるな。さて、後は相手を見つけるだけだな」
「ま、急がなくても良いさ。適当に階梯上げを続けながら絞れば良い」
かつては人で賑わっていたであろう広場も、今では歩く者も稀だ。そんな寂しい広場であっても城壁の中というだけで気を緩めることは出来る。テントと言うよりタープの様な幕の下で火をおこし、ゆっくりと調理をした温かい食べ物を口にできるだけで十分であった。
◇◇◇
星の瞬きを遮るものもない明るい夜だった。こんな夜は何かあるのだろうか
門を閉じ閂をかけたゼンザーは、城壁に組み込まれるように作られた門番の小屋の中に入り、椅子に腰掛ける。同僚が用意しておいてくれたお茶をすすりながら、小窓から外を眺める。これから日の出まで、交代で夜番をする事になっていた。
当の同僚は、横のベッドで既に仮眠をしている。それを恨めしそうに眺めながらまた一口、お茶をすする。街が取り戻されて1年程、毎日州兵が周辺の魔物を狩っている為、以前のように城壁の外で魔物がうろつくような事は減っている。
気の緩みもどうしても出てしまう、椅子に座り外を眺めながらやがてうつらうつらと始める。
……。
ドン!ドン!ドン!
「おーい、誰も居ねえのか!!!」
門の方から女性の怒鳴り声が聞こえる。ゼンザーがは慌てて門に向かい、応答用の小窓をあける。
「居たか。疲れてるんだ早く門を開けろっ! このうすらトンカチがっ!」
門の向こうでは中年の女性が口汚く言い放つ。まるで使用人か何かに言うような口調にゼンザーはムッとする。
「もう門限は過ぎてるんだ。今日は外で野宿でもしてろっ!」
「なんだと? 門番が客に対して門を開けねえってどういう了見だ!」
「こちとら客商売をしてるんじゃねえんだ。怪しいやつは入れねえのが俺の仕事だ」
ゼンザーの怒りの声にこれはこのままでは野宿になると思った女は、急に声のトーンを落とし、猫なで声で話しかける。
「んん。まあ、悪かったな。こっちも長旅で疲れて気が立ってたんだ。言い過ぎたのは謝るよ」
「……だが今日の門限は過ぎたんだ。あきらめろ」
「そんな事言わないでくれよ。な、頼むよ入れてくれよ」
「そもそも、なんでこんな辺鄙なところに来たんだ?」
「うちの旦那の親がこの先のディクス村の出なんだ。ドゥードゥルバレーが解放されたって聞いてここからなら、ディクス村まで様子を見に行けるかもしれないって、それでここまで来たんだ」
「ディクス? そこの出身なのか?」
ディクスの名前に州兵が小窓からのぞき込むように女の後ろを見る。後ろには確かに一人の男が荷獣車で、セベックの手綱を握っているのが見える。
「ああ、あたしたちはディクスって村は知らないけどな。旦那の親が仕事で他所に行っている間にパレードが起こったんだ。それ以来帰ることなく親は死んだ。親戚も音沙汰なしだ」
「……そうか。俺もディクスのルーツがあるんだ。……よし。名前は?」
「あたしがアムルさ、あっちにいる旦那がベンガーだ」
「ベンガーか、同郷のルーツを持つよしみだ。分かった中に入れ」
「良いのかい?」
「ああ、疲れただろ」
そういうとゼンザーが村の門を開ける。
「申し訳ないな」
「いや、気にするな……ああ、でも。あんまりひどい口の利き方はやめておけよ」
「ああ、肝に銘じておくよ」
「今は営業している宿もないんだ。広場の隅の方でセベックはつないでおいてくれ、広場で野営してる他の冒険者もいるから揉めないようにな」
「わかった。ありがとうな」
手綱を握る男と夫婦の様だが、嫁がしゃべりすぎるせいで夫は全くの無口の様だった。少し困ったような顔で会釈をする夫に、ゼンザーが手を振って答える。
二人は広場と思われる場所に付くと、隅の柵にセベックを結び荷獣車からテントなどを下ろし始める。
野営の準備をしている夫婦を、じっと見つめている男がいた。ブライアンだった。
「……ちっ。また面倒な奴らが来やがって……」
そうつぶやくと毛布をぐっと顔まで持ち上げた。
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