第49話 街に戻り。

 帰る頃にはもう辺りは暗くなり始めている。それでも、詰め所などの周りは魔道具と思われる街灯などもぽつぽつと設置してあるため割と普通に活動はできるんだ。


 階梯上げの狩りに出た後はそれなりにやることがある。取れた魔物の素材は州軍の物になる。それを詰め所に納品して簡単な報告書を出さなければならない。


「先生僕らがやっておきますので、先輩を宜しくお願いします」

「ん? よろしくと言われてもな……女子の宿舎には流石に……」

「先生の宿舎に連れていけば良いじゃないですかー。先輩も喜びますよ?」

「お、おい。おまえらっ!」

「ふふふ。先生も早く自宅を手に入れたいですね~」

「からかうなって……」


 と言っても前回の感じから考えてあと1~2時間もすれば目も覚ますだろう。荷馬車を管理してるおじさんに頼んで、荷馬車置き場で目を覚ますまで寝かせてもらう。


 

 ……そっと君島の腕を見る。だがまだ完了していないのだろうか、神民カードの数字が出ていない。なんだかパソコンのバージョンアップをしているみたいだな、なんて感じる。穏やかに眠る君島をぼーっと見つめる。


 ……。


 ……やっぱり美人……だよな。


 やがて少しづつ顔色が良くなってきた君島の顔を見ながらふとそんな事を考えてしまう。俺は慌てて首を振り邪念を払おうとする。


 ……ん?


 振り向くとサッと隠れる影が見えた。……まったく。仁科と桜木だ。どうも俺と君島をくっつけたいような行動が最近多すぎる気がする。一度ちゃんと注意するべきか……。


 だが、今の俺は立場を盾になんとなく君島を受け入れてないだけだ。ちゃんとはっきりとした拒絶をしたわけでもない。そういうあやふやな態度が悪いのはわかってる。


 だけどな……。今に至っても俺の左手に嵌ったままの腕輪に目をやる。外さないでと君島にお願いされ、そのまま付けたままだ。君島の指にも同じ意匠の指輪は嵌っていた。


「ん……」


 その時君島が目を開く。


「……ここは?」

「ドゥードゥルバレーの荷馬車置き場だ。大丈夫か?」

「あ、はい。……大丈夫です。ありがとうございます」


 そう言いながら君島が体を起こす。俺も手を伸ばし起き上がる君島を支える。


「ありがとうございます」

「気にするな」


 俺が答えると、君島は自分の唇をそっと撫でる。


「先生。キス……しました?」

「へ? は? し、してないぞっ」

「……ふふふ。ざんねん。私は何時だって大丈夫ですからね」

「ば、ばかいうな」


 クスクスと小悪魔のように笑う君島に対して、俺は顔を真赤にして言葉をつまらせてしまう。


「まあ、仁科くんと美希ちゃんが覗いているんですもんね」


 君島は楽しそうに2人が隠れている方を向く。しばらくするとバツが悪そうな顔で2人が顔を出す。


「気づかれちゃいましたか」

「それは分かるだろ」

「いやあ、それってお二人だけですよそんなスキル持っているの。良いなあ」

「そうは言ってもな、俺達は何時死んでもおかしくない状況でずっと居たんだぞ? 頼まれたってもうやりたくない」

「まあ、そうなんですけどねえ」


 俺たちがドゥードゥルバレーにお世話になってから気がついたことがある。索敵と言うか気配の察知能力が俺と君島の2人が異様に高くなっているということだった。ヤーザックさんが言うには極限状況に長時間さらされ、かつその間に階梯が上がるなりの状態でおそらく自己防衛的に気配察知的なスキルが身についたのだろうと。

 なんでも、そういう事は往々にある世界だというのだった。




 その後まだ風呂に入れるかもしれないということで向かう。この街は街としての機能がほとんど戻っていないため、州軍の共同浴場が作られている。設備的に綺麗な設備というわけでもないが体をサッパリできるというのは日本人にとってはありがたい話だ。ただ、閉まる時間を考えるとちょっとギリギリかもしれない。4人は足早に浴場へ向かう。


「あ、いやもう火止めちまいましたが、まだ暖かいんで、中途半端かもしれませんがどうぞ」

「すいません、閉めた後なのに」

「何言ってるんすか。天位と天戴がいらっしゃって断る輩なんていねえっすよ」

「ほんと申し訳ないです」


 ここでも立場で優遇されてしまう。申し訳ないと思いつつ、魔物を解体して体も汚れているし、汗もかいた。お言葉に甘えて入浴をさせてもらう。入ろうとすると浴場のおやじさんが思い出したように慌てる。


「あ、いけね。掃除に来てる小僧がいま居るんだ。ちょっと出るように言ってくるんで」

「え? いやいやいや、大丈夫ですよ。気にしないでください」


 なんでも風呂の掃除に近所の子が小遣い稼ぎでやってきているらしい。大浴場っていうほど広くはないが、掃除している隅で体を洗わせてもらってもいいだろう。むしろ向こうは仕事だからな。


 この世界もちゃんと男湯女湯に分けられているので、安心して俺は仁科と共に男湯の脱衣場へ向かった。




 チャポーン。


 俺達が浴場に入ると、中にいた子供が慌てて出ようとする。必死にそれを止めて気にしないように言う。子供は俺と仁科がゴシゴシと体を洗う横で、気を遣うようにこっそりと掃除を続けていた。

 火を止めたと言っていたが蛇口からのお湯も出なくなっている。しょうがないので湯船のお湯を頂きながら体を洗う。


 ……それにしてもさっきからずっと視線を感じる。見れば掃除をしていたのは先日食堂で皿洗いをしていた子供だ。確かあの時も「天位様」と呟いていた。どうやら憧れの目で見られているらしい。


「んと……シゲトっていう。よろしくな」

「はい」

「おれはタカトっていうんだ。偉いな。風呂掃除か」

「はい……働かせて貰って……ます」

「いくつくらいなんだ?」

「……12……です」

「12って言えば……小六か中一くらいか? 親は?」

「居ない……です」

「そ、そうか……えっと、なんでこの街に?」

「爺ちゃんの家がここにあるって……自分の家があれば良いなって……」


 どうやら父親が早くに亡くなり、どうしようもなくなってこの村に来たようだ。自分の家にあこがれを持つのは、社会人の俺としてはすごくわかるが、12歳くらいでそんな事を考える少年に少し興味がわく。

 この世界の生活基準とかそういうのはまだ良くわからないが、魔物が居てそれを狩る仕事の者もいる。そうなればこの少年のように早くに孤児になってしまう子も多いのかもしれない。


「厨房でも仕事していたよね。あまり無理をするなよ?」

「でもお金を稼がないと……」

「ん? ……ああ、そうだな」


 一瞬何か欲しいものがあるのか? と聞きそうになったがよく考えればそんなレベルの話じゃないだろう。親もなく身一つで復興中の街にやってきて暮らしている。日々の食費を稼ぐのがやっとなのかもしれない。


 そういえば、この街を歩くとたまに子供がフラフラ歩いているのを見かけた気もするなあ……。やはりそういうのが気になるというのは、教師としての職業柄なのだろうか。


 偉ぶってるが、隣で湯船につかってる仁科だって、高1だ。15くらいだろう。このままただ戦う毎日でいいのだろうか。そんな事もなんとなく考えてしまう。


 

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