第37話 煙

 火が消えたのを確認すると再び君島の元へ戻る。

 君島は木にもたれかかったまま、穏やかに息をしていた。顔色もだいぶいい。少しづつ階梯の上昇で身についた能力が馴染んできたのだろうか。俺はホッと一息つき、まじまじと手にした卵を見る。


 ……ゴクリ。


 最近、ビスケットの様な携帯食しか食べてない。サイズ感はおかしくても卵……卵だよな? ……でも魔物の……食べれるのだろうか。頭の中にはあったかいご飯に割り入れる、卵かけご飯の味が膨らむ。

 俺は湯気の立つ炊きたての御飯に、先に醤油をかけ、その上に割った玉子を乗せるのが好きだった。卵はかき混ぜず、黄身を割って御飯の上に広げるだけ。そのままズズッと口の中にかき込めば、醤油の芳醇な香りとともに卵の濃厚なコクが味わえる。たまらない。


 ……。


 ……いやいやいや。得体のしれない魔物の卵なんて……生じゃ危険だ。やはり火を通さねば。火を通した卵料理……オムレツなんて最高じゃないか。中の半熟を維持しながら、トントントンとフライパンを返し返し中に閉じ込めていく。それをお皿に盛った時、その衝撃でプルルンと揺れるくらいの感じが良い。すっとナイフを入れれば、トロッと黄身があふれかえる……あの幸せ……。


 ……。


 ……フライパンなんて何処にある。くっそ。料理なんて出来やしない。……いやまてよ、この殻、ダチョウの卵以上の硬さがありそうだ。これをこのまま火に焚べればゆで卵みたいになりそうじゃないか?

うんうん。ゆで卵も好きだ。特に俺は半熟より固めにボイルしたゆで卵が好きだった。塩をさっとふりかけ、もそもそと口に入れれば、思わず喉につまりむせ返るような、そんな硬さ。それでいて白身はツルッとした食感で……。


 うん。


 君島が起きたら……相談してみよう。俺は火を起こせないからな。君島ならおこせるかもしれない。


 ふふふ。


 ふふふ。

 

 俺はそのまま卵を着ていないシャツで包み、そっとリュックの中にしまい込んだ。





「ううん……」


 それからしばらくして、ようやく君島が目を覚ます。気だるそうな顔で目を開けた君島はしばらくそのままの表情で俺の顔を見つめる。


「大丈夫か?」

「……」

「ど、どうした?」

「……」


 なんだ? まだ調子が良くないのだろうか。何も言わない君島に俺は焦って、オタオタしてしまう。


「先生……何処か行っていたんですか?」

「な、なんで?」

「起きたら硬い木に寄りかかっていたので……」

「あ、わ、わるい。痛かったか? いや、魔物が居てな?」

「魔物……それはしょうがないですね、大丈夫でした?」

「あ、ああ。魔物は傷を負っていたのか俺が近寄った時には死んでいたんだ」

「そうですか……よかった……」


 君島は体を起こすと今度は俺の方に倒れかかってくる。俺は慌てて君島の体を支える。


「温かいです……」

「そ、そうか……」

「はい、とっても……」

「ん? お、おい。君島?」

「すー……すー……」


 俺にもたれかかったまま君島は再び眠りについていた。俺はどうして良いか分からず、再び君島が目を覚ますまでじっと待つことになった。


 ……


 ……



「なんか……焦げ臭くないですか?」


 目を覚ました君島は開口一番、焦げ臭い匂いを気にする。そこで俺はさっきの一部始終を説明する。なんで燃えていたのかも分からないが……火の魔法でも受けて逃げてきたのかもしれないという結論に成る。そしてそのまま、火が消えること無く死んだまま山火事が起こりそうになったのではと。


 君島は卵に関しては、あまり乗り気じゃ無さそうだ。


「だって大丈夫です? 割ったら半分雛になってたらとか……ちょっと嫌ですよ?」

「いやあ、それはないだろ。ここに卵がもともとあったのなら分かるが、何処からかやってきた魔物だぞ?」

「う~ん。そう言われると……そうですね」


 そう、普通の考えをすると何から何までおかしい。死を前にして突然産卵したのか。産卵した卵を足で持ち運んでいたのか。はたまたもともとここに卵があったのか。

 まあ、魔物を俺達の世界の動物の常識に当てはめて考えるのは間違っているかもしれないが。不思議でいっぱいだ。


 それでも、今すぐにというのはなかなか厳しい。煙を見て何かが寄ってくるとか、不安もある。俺はいつかの贅沢のためにそれをリュックの中に戻す。


「もう1~2時間歩こうか? いけるか?」

「大丈夫です。もうだいぶスッキリしました」

「よかった、なんかさっきはだいぶ寝ぼけてたからな」

「寝ぼけて……ましたか?」

「あ、いや。眠そうだったってことだ」

「すいません、ご迷惑を――」

「いやいやいや。迷惑じゃないぞ。うん。少しづつ階梯もあがって、体力的にも楽になればいいな」

「そうですね」


 そこから俺たちは、また道に戻り進みだす。

 道は、わりと上り坂のようになっている。丘を登るような感じだ。それでも順調に階梯をあげた2人は特にバテる事無く上り坂を進んでいく。

 だんだんと日も傾き、夕焼けが空を赤く染める頃、上り道の頂上らしきところに着く。と言っても左手には山が在るため山の肩を登ってるくらいの感じなのだが。


 登りきった場所は木もまばらで、どちらかと言うと草原の様な感じになっている。岩がゴロゴロしているのでそれの影響もあるのだろうか。火事を消そうと中の水を撒いてしまったため、水筒に水を注いでもらう。それをグビグビと飲みながら周りの景色を見渡す。


 あれ?


 まだまだ遠くだが、この道沿いに街のような壁に囲まれた集落が見えた。そしてその奥の方から一筋の煙が立ち上っていた。


「君島っ」

「はい?」


 隣で自分の水筒に水をためていた君島に声をかけ、煙が立ち上がっている場所の方を指差す。


「あ……あれ……」

「ああ……人が……いるのかもしれない」

「やっぱり、そうですよね?」

「でも、どのくらいなんだ? だいぶ遠いかもしれないな」

「はい……でも、もう少し……ですね」


 思わず走ってその煙まで走って行きたく成る……が、もう日も沈み始めている。今からだと厳しそうだ。急いで向かいたい気持ちは在るが、暗い中の移動で何が起こるかわからない。それに。急いで向かおうとして魔物を引き連れてあそこにいる人たちの所に連れてってしまったら、それこそ最悪だ。


 俺たちは頃合いを見て良さそうな場所をみつけ、再び葉っぱのテントを作って休むことにした。


 明日には人に会えるかもしれない。


 見えなかった暗闇に光が差し込み。明日への希望を持って夜を過ごす。

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