第35話 避難小屋の遺体

 避難小屋での朝。固まった体をストレッチをしてほぐす。

 昨夜、君島が言った「魔道具かもしれない」その言葉が引っかかり、ザックに入っていた腕輪を取り出す。こいつは横の大柄な骨の下にあった。槍で攻撃する人間ならそういうフィジカルな部分を底上げしてくれるような効果があるかもしれない。


 ……。


 腕輪を見つめて悩んでいると、君島が近づいてくる。


「付けてみるんですか?」

「どうかな……危険かな」

「でもこうして戦っている人が付けていたんです。マイナスではないと思うんですが」

「ううむ。抜くとき右手だからな……左手につけてみるか」

「そうですね」


 腕輪は金属系の腕時計のバンドの様にパチリと開くようになっていた。間口を開けて腕を通して再び留め金を止める。パチリという音と共に腕輪がしまる。……サイズ感はやや緩めかもしれないが落ちる感じではない。問題ないだろう。


「……どうです? なんか力が漲るとか……」

「うーん。今のところは無いな。まあ、単なる宝飾品って事もあり得るしな……どうだ? 君島も試してみるか?」

「え、私ですか?」

「イヤリングはまあ、穴をあけないと付けれないかもしれないが……」

「先生、それイヤリングじゃなくてピアスですよ?」

「ん? ……違うのか?」

「穴を通すのがピアスで、ただ挟むのがイヤリングです。いずれにしても私、穴は開いていないので」

「そうだな……ネックレスとかはどうだ?」

「逃げ回るときに邪魔そうかなあ……この指輪は……あれ?」


 君島が指輪を見ていると、何かに気が付いたようだ。俺の左手を取り腕輪と比べる。


「ん? どうした?」

「この指輪……先生の付けた腕輪にデザインが似ていません?」

「ん~……確かに、同じ紋章みたいなのも刻まれてるな……似たような効果なのかな」

「……付けてみますね」

「そうか? なんか変な感じがするようだったらすぐ外せよ」

「はい……」


 君島は指輪のサイズを見て合いそうだと思ったのか右手の薬指にすっと嵌める。ちょうどよいようだ。


「……やっぱり。あまり変化は無さそうですね」

「そうか……まあ、外すか……」


 効果も無さそうだということで腕輪を外そうとすると、君島が止める。


「先生。でも付けていると何か効果が出るかもしれませんし。私もしばらく付けてみます」

「お。そうか?」

「はい……」


 まあ、そんな邪魔になるわけじゃないし良いか。


 


 俺たちは再び道を真っすぐ進んでいく。まあ道を進むしか無いわけだが……昨日の君島と俺のレベルが上った事もあり、魔物が一匹の場合は戦って行こうという話になる。レベルを上げるという希望も有ったが、何よりも現状として俺が何回抜刀できるかを知ることも大事だった。


 だが、思い通りに行かないのが世の常だ。


 しばらく歩いていると、どうも気持ちが悪い。


 なんだ? 嫌な予感がする。

 なにかに見られているようなゾクゾクと毛が逆立つ様な感覚に反射的に左手を刀に向ける。俺の反応を見て君島も薙刀をグッと握りしめる。


「どうしました?」

「いや……なんか、嫌な感じが……」


 ……。


 立ち止まって周りを見渡すがそれらしき音もしない。……気のせいなのか?


 ……感覚も集中させられるか?


 そう思い、すぅと息を吸い、左手で刀を握り親指を鍔に当てる。右手をそっと柄に触れさせ呼吸を刀に同調させていく。気持ちを集中させ、体の重心を重力に乗せていく。同時に意識は広く波紋が広がるように。……。


 !!!


「君島っ!」


 くっ囲まれている。3匹……いや、4匹か。獲物を見つけそれを確実に狩るため、そっと忍び寄る影がある。4方を塞ぐように忍び寄って来ている……逃げ道は……当然無い。

 ……やるしかない。


「囲まれている! やるぞ」

「はい!」


 確実に抜刀出来るのは……2回。二度目の階梯が上がったことで、3回は出来ると願いたい。……だがそれでも足りないくそっ。タイミングを合わせ同時か……それか……一度の抜刀で2度の? ……あれならいけるか。


 俺たちの警戒を感じ取ったのか、魔物の影の動きが少し大胆に変わる。近いのは右、次が後ろか……。左と前からのは、俺たちに気づかれないように回ってきたのか少し離れている。タイミング的に後だな。


「俺の左に」


 君島に鋭くささやくと君島はすぐに反応する。


「先に来そうな右と後ろを同時に対応する。、前と左のが来たら木の魔法で妨害出来るか?」

「はい……網みたいに……ですね」


 そう返すと君島は屈んで床に手をつく。俺は誘うように、ジリっと右後ろに下がる。


 ザザザッ。


 それに合わせて右手の魔物が突っ込んできた。それを見てすぐに後ろの一体もこちらへ向かう。


 一息だ。魔力を切らさぬよう。一度の抜刀でまとう魔力を2匹目に持ち越す。


 グッと親指で鍔を押しながら体を回転させ、右手から襲い掛かる魔物の正面に入るように抜く。そこでようやく魔物の姿を目にする。狼の魔物だろうか、体も異様にでかい。

 魔物と正対した時には既に抜き終わっている。むき出しになった牙に筋が入り顔がずれていく。そのまま俺は止まらず、蹴り足で方向を変えつつ右足を大きく右に開く。抜いた刃は流れるように、体の動きと腕の動きが連動し、長い斬撃が続く。後ろから襲いかかる魔物の右に抜けながら、刃を通す。


 若い頃は刃に振り回され、力がうまく伝えづらい技だった。自分の円周をただ刃が回るだけじゃなく体捌きを交えた広範囲に渡る斬撃だ。多方向からの敵襲を想定した抜き技。五山。



 二匹を斬り終え、間延びする時間軸の間で俺は残りの魔力量を確認する。よし。問題ない。

 そのまま君島が居る左に意識を流しながら、血糊を払いつつ刀を鞘に収める。


 数秒のタイムラグで飛びかかる2体の狼が網のように張るツタにその勢いを殺される。うまい。ブチブチと枝葉を引きちぎりながら迫る一匹に、君島の槍が振り下ろされる。


 ギャンッ!


 まだ斬れないか。それでも多少は効いたのかそいつが一瞬止まる。その横ではすでにもう一匹が君島に飛びかかっていた。

 慌てて君島の前に出ようとした時、槍の柄が唸りを上げて振り上げられた。ゴンッと言う鈍い音がして、後続の狼の顎が跳ね上がる。そうか。薙刀の戦いは刃も石突も武器となり、多角的な戦いが出来る。


 やるもんだな。薙刀。


 ほんの一瞬だ。だがその間が絶妙なタイミングを演出する。

 先に君島に斬りつけられた魔物と石突で殴られた魔物が首を並べる。


 俺の気配を感じた君島がスッと下がるのに合わせ、俺は鯉口を切りながら左手から前に出る。



 ガルルルル。


 狼のギラつく牙がゆっくりと開く。牙と牙の間をねとつく粘液が糸を引いているのまで分かる。今度は余計な技など使わない。集中する意識の中、迫る魔物の動きも、もはや止った標的を斬るに近い。


 スパパンッ!


 同時に二つの首が飛ぶ。


 この一瞬の駆け引きに2回の抜刀で済んだのは僥倖だ。そのままジッと他の魔物の動きが無いか確認する。うん……大丈夫そうだが、やはり血の匂いで他の魔物が集まるのが怖い。いつものようにすぐにその場を離れる。


「アクセサリの効果を何か感じたか?」

「魔法がすごく楽になって、槍も力が乗る感じもありましたが……階梯上がってるからかもしれません」

「そうなんだよな、俺も階梯上がってから初めての戦闘だから、確かに動きが更にコントロールしやすくなった感じはあるんだが……」

「マイナスでは無いようですので。もう少し様子を見ましょう」

「そうだな」


 

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