第29話 階梯が再び

「き、君島、やっぱり止めを刺さないと駄目なのかもしれない。俺の方が階梯上がったみたいだ」

「はぁ……はぁ……」

「ん? 君島?」


 君島の返事が無く振り向くと、真っ青な顔の君島がフラフラと付いてくる。なんだ? 今にも倒れそうな君島を支え、その場に座り込む。


「大丈夫か? あの魔物にやられたのか?」

「大丈夫……です。でも……少し……休ませて……」

「あ、ああ……構わないから。そうだ、水……水を。カバンを開けるぞ?」


 今にも意識を失いそうな君島を抱えながら側の木により掛かる。君島のカバンを開けると、君島が使っている水筒を取り出す。


「とりあえず飲め」

「ありがとう……ございます……意識が……無くなる……前に……」


 水を飲ませようとするが、君島は目を閉じたまま探るように手を動かし、木に触る。しばらくすると木の枝などが伸びだし、柳のように俺たちを覆うように隠す。……すごい。だんだん慣れてきているのか。だが、今の君島に余り無理はさせたくない。


「もう良いから。あまり無理するな」

「はい……」


 木のカモフラージュが終わると、水筒の蓋を開けて君島の口に当てる。しかし、君島はそれを飲むこと無く意識を失った。


 ……ど、どうなってるんだ。貧血でも起きたのだろうか、こころなしか唇まで青い。手を持ち上げ爪を見るとやはり白くなっている。あまり体に触れないように服に血がついていないか確認するが、特にそんな跡は見られない。やはりあのカエルの毒のようなものにでも当たったのだろうか。


 俺はどうしていいか分からず、寒そうに小刻みに震える君島をギュッと抱きかかえる。自分が体が火照ってしょうがない中、その熱が君島を温められたら……そう思わざるを得ない。


 ……。


 ……。


 30分もすると俺の火照りはだいぶ引いてくる。だが、木のテントの中で君島はまだ静かに寝息をたてて寝ていた。まだ、顔色の悪いのは残るが、唇の色などは先程よりはマシになってきただろうか。

 自分の階梯が上がったと思われる現象を前にしても君島の体調不良で全く喜べない。


「がんばれよ……絶対逃げ切ろうぜ……」


 遠くの方で魔物の雄叫びが聞こえる。君島を抱える手にグッと力が入る。


 ……。


 ……。


 それからどのくらい経っただろうか。3~4時間は経っただろうか。日はすでに頂点を超えている。まだ君島は寝たままだった。一体どうしたと言うんだ。悪いことばかり考えてしまい心が落ち着かない。


「ん……んん……」

「き、君島?」

「……あ……先生……ごめんなさい……」

「無理して話さなくていいから。水っ……飲むか?」


 君島の水筒を取り出し、蓋を開ける。そっと口を近づけると一口二口、ゴクリと飲む。顔色は見るからに良くなっている。俺はホッとしてようやく気持ちが緩む。


「ゆっくりでいいからな。これだけテントがしっかりあれば問題ないだろう」

「はい……」


 水を飲むと少し楽になったのか、再び君島は目を閉じる。

 次に目を開いたのはさらに1時間以上も経ってからだった。


「すいません……」

「何言ってる。気にするな。無理もするな」

「でも、そろそろ大丈夫そうです……」

「そ、そうか? うん、顔色もだいぶいいな」

「心配ばかりかけてしまって……」

「ううん。そんなの気にするな。そうだ。うん。どうやら俺はまた階梯が上がったようなんだ、もう少し俺の体の基本値が上がればもっと楽になるからなっ」

「階梯が? 先生早いですね」

「ああ。ちょっと待てよ……おう、順位も上がったぞ。ほれ……おお。980万位まで来たぞ、桁も下がったぞ。うん。そうか、君島も900万位台だったな、もうすぐ追いつきそうだぞ。ふふ……もう追いついていたりしてな」


 訳も分からず心配しまくっていたせいで、君島が少し調子が戻ったことで思わずテンションも上がる。いつもより余計口数も多くなってしまう。それでも、俺の階梯が上がったとの話に君島も嬉しそうな顔をする。


「ふふふ……私の順位は……900万台のもう少し若かったかもしれませんよ。どのくらいだったでしたっけ……」


 だいぶ体が楽になったのだろう、君島も軽口を叩きながら体を起こし自分の腕のカードを確認する。


「あれ……?」

「ん? どうした?」

「なんか……ごめんなさい……」

「え? お、おい。どうしたんだ?」

「この体調不良……私も階梯が上がったみたいなんです」

「え? そ、そうなのか? いや。別に謝らなくても……」

「……150万位くらいまで上がってました」

「え? ……まじ?」


 ……うん。この世界の規格だと。若者はそうなんだよな。……でもやっぱりちょっと恥ずかしい。魔法の差でここまでランキングが違うのか、それともフィジカルの差なのかは分からないが、階梯を2つ上げてようやく、階梯が上る前の君島に並んだと言うのは、結構堪える。

 しかも1つ階梯が上がった君島のランキングは、どう悩んでも俺が2つほど上げないと届かないんじゃないか? 簡単に上がりやすいのは2つくらいまで、みたいなことを君島が言っていた。次に上がるのはいつになるのだろうか。


 ……。


 ……



 割と長時間時間が潰れたが早朝から動き始めているのでまだ日が沈むには時間がありそうだ。しばらくすると君島も動けるというので、なるべく農場の近くから遠ざかったほうが良いと思い、携帯食を齧りながら動き始める。


「先生?」

「……なんだ?」

「怒ってます?」

「ん? いや、全然怒ってないぞ」

「……そうですか?」

「……おう」


 順位で少しショックを受けたのは受けたが、怒っては居ない。君島も階梯が上がったことでより逃げ切りやすくなるんだ。喜びはしても怒りはしないだろう。うん。ショックは無いわけじゃないがな。


「……やっぱり、怒ってます?」

「え? 怒ってないって……俺を怒らせたら大したものだぞ?」

「ふふふ……」

「ははは……」


 う……そんなショックを受けた顔していたか? 気を付けないとな。


「……」

「……」

「……先生が刀を抜く時」

「ん?」

「まったく見えないんです」

「え?」

「本当に、早くて。一瞬先生の姿がブレると……魔物が斬れているんです」

「そ……そんなか?」


 ん? 実際スピードを意識して抜刀はしているが、見えないほどってのは無いと思うんだが……。見えない、のか?


「はい。先生きっと、あの抜く一瞬に色々なものが、集中しているんですよね」

「そ、そうなん……だろうけど……」

「フィジカルとか、魔力とか、階梯が上がっても私達より低くても……それだけ凝縮して使えるなら……きっと私達の上がり方より、もっとずっと……実は強くなってる」

「ずっと……?」

「そう思いますよっ!」

「あ、ああ……」


 ううむ……見えないくらいの……速さだったのか? 自分じゃ全く分からなかったが。それより、生徒に気を使わしてしまう自分の情けなさになんとも言えない恥ずかしさが重ね塗りされていく。





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