第28話 農場

 坂を登りきったところはかなり広い平地になっていた。それより気になるのが目の前に立ちふさがる長い壁だ。街の城壁のような高さが在るわけでは無いが、それでも安易に乗り越えられないようなそれなりの高さの壁が続いている。


 ただ、壁はところどころ崩れて居たため、そっと壁に近づき中を覗く。


 ……ヤバいな。


 壁の中はかなり広い農地になっていた。魔物がはびこる場所なら農地にも壁を設けるのは当然なのだろう。そしてかなりグチャグチャな状態では有ったが、元は農作物だったと思われる野生化した植物が数多く見られる。大きめのかぼちゃのような植物がツタを伸ばして壁の外で立派な実をつけていた。


 そして、そういった作物を狙いに来ているのだろうか、壁の中にはかなりの数の魔物の気配を感じる。君島も少し焦った顔で俺の方を向いて首を横に振る。当然だな。


 それでも、今後の食糧問題を考え、目の前で生っているかぼちゃ風の作物のツルを小太刀で切り、リュックの中にしまった。

 そしてそのまま、登ってきた坂を少し下り、藪に身を隠しながらそのまま横に進むことにした。



 !!!


 坂を降ろうとした時、下の方から一匹の魔物が登ってくるのに気がつく。今まで見たことのないやつだ。まるでカエルのような爬虫類系の顔で、やはり二足歩行だ。体も2mはありそうなゴツい体をしている。一瞬後ろを振り向くが、すぐそこに多くの魔物の居る壁がある。どうする、行くしか無いか……。


「君島……」

「行きましょう!」


 君島は答えながらもすでに木の魔法を発動し始めていた。ザワザワと葉が伸び始め俺たちの姿を隠していく。相手はまだこちらに気がついていない。そのまま急襲する事で先手を取れれば……。

 ナタ代わりに使っていた小太刀を鞘に収め、太刀に手をやる。後ろでは君島も槍をカバンから出していた。カエルか……ベロが長かったりするのだろうか。


 ザッザッザッ。


 魔物は落ち葉や藪を気にせずまっすぐ上がってくる。やはり目的は壁の中の農作物なのだろうか。心の何処かで草食の魔物なども居るのだろうかと考えてしまう。いや……甘い考えはしないことだ。

 君島がぐっと魔物の方を向きながら何かを念じる。すると1つの水球が目の前に現れた。なるほど。水の魔法の攻撃か。

 効くかは別として攻撃を仕掛けることで階梯の上がる経験値的な物が得られれればよいのだが。


 腰を落とし居合の構えを取りながら意識を集中させていく。そのまま右手に小石を持ち君島の合図を待つ。コクリと俺に君島が合図を出すのと同時に動き出す。

 簡単な打ち合わせ通りにだ、拾った石を俺たちの反対側に向けて投げる。投げられた石が出す音で意識を反対に――。


 マジか!!!


 山なりに投げられた石が、シュッと突然消える。飛んでいる石を反射的に魔物が舌で絡み取ったのが何とか見えた。そのままモグモグと口を動かした瞬間、ペッと石を吐き出す。そして石が投げられたこちらの方を向いた。


 不味い。


 葉っぱ越しに俺の姿が見えたのだろう、すぐに居合の構えを取る俺に向け再び舌を伸ばすような初動を察知する。くっそ。カエルの舌は秒速でkm単位の速さじゃなかったか? いや。ここまで大きいとそこまで早くは無いのかもしれない。集中する意識の中でそれでも必死に見極めようとする。


 君島に注意が行かないようにと。地面を蹴り目隠しの葉っぱの無い右側に飛ぶ。カエルの魔物は確実に俺をとらえ舌を伸ばす。その舌のあまりの速さに俺は踏み込むことが出来ない。


 とっさの抜刀。居合道の抜刀の種類は様々なものがあるが基本的には想定するシチュエーションの量が居合の種類に直結する。その対象の位置や、タイミング。完全に虚を突かれた場合の小手先の対処だってある。


 伝手落とし。


 後の先を取れぬ合わせ技。対人では振り下ろされる剣をいなすように滑らせ、そのまま剣を持つ手を狙うような姑息な業だが。カエルの驚異的なスピードに俺が対処できたのは奇跡に近い。


 絡め捕ろうと伸びる舌を、横にずらすように往なし、跳ね上げる。


 ガコン!


 くっ! この技じゃ練れる魔力が足りないのか。舌をかち上げるのがやっとこで斬り落としに失敗をする。だが少しは斬れた。カエル顔は明らかに顔をゆがめて痛みを感じている。間髪を入れず、カエル顔の脇から君島の水球がぶつかる。後頭部あたりに当たったのかガクンと首が一瞬折れる。

 カエル顔の攻撃が止まった隙間で俺は再び刀を鞘に納めグッと集中をする。カエル顔はおそらく舌を切った俺に怒りが集中しているのだろう。良い傾向だ。後ろから水球を撃った君島の方に目もくれず、俺の方を向いて水掻きの付いた手を上に持ち上げる。


 ……げ。


 たちまちに手の平の少し上に水球が出来上がる。やばいサイズだ。君島のそれと比べても数倍のサイズはある。くっそ。武器を持つ人間相手は想定していても、魔法攻撃に対する技なんて無いぞ! ジリッと背筋に冷たいものが流れる。

 魔法はかいくぐるべきか、それとも……いずれにしても、こいつが動くのを待つしかない。


 ……半端な魔力だったが一発は使っちまっている。次に斬らなければ死ぬ。


 魔法には魔法か? くっそ。だがこんな処でアレをやってまた気絶なんてしたら……。チラッと君島を見ると、君島が必死の形相で短槍を振りかぶり、カエル顔の腕目掛けて振り下ろそうとしていた。

 

 タイミングもばっちりだ。助かる。


 魔物が俺に向けて水球を放とうとした瞬間、君島の槍がその腕に当たる。ガツンッと硬質な音が魔力量の足りなさを感じさせる。だが、両手で思いっきり振る長物は斬れずともそれ相応の力が乗る。揺られた手が水球のコントロールを乱した。


 鯉口を切り、すでに俺の心は静まり、明鏡止水の心の中。こんなタイミングを逃すことは無い。俺は一歩踏み込み、力の乗った抜刀を叩き込む。土を掻き。爆発的に相手に迫真するそのスピードは、カエルの舌の速さにも負けない。その一瞬にすべてを集中させる抜刀は、たとえ上級の魔物であろうとも動くことかなわず両断する。




 一瞬の攻防だったが、俺たちは物音をさせたことに警戒をして速やかにその場から逃れる。


「はっはっ。どうだっ。階梯は?」

「えっ? まだ、解らないですっ」

「そうかっ……二発抜刀しちまった。しばらく撃てない……」

「解りました……そろそろ、スピード落としましょう」

「そ、そうだな」


 気を付けては居ても、急げば急ぐほど物音は立つ。ある程度離れたところで再びスピードを緩めゆっくりと慎重な歩みにもどす。


 あ……。


 前に進みながら再び、俺の体が発熱し熱く火照りだすのを感じた。

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