第8話 7000万位くらい

 当初予定していた、神殿での業務が終わると再び元いた寄宿舎に戻る話になる。当然あの吊橋を渡らないとならない。神官に案内され建物の入口まで行くと、ミレーが待っていた。


「お疲れさまでした。神民登録までいたしたのですねっ」

「はい、色々ショックもありますが、まあ強さが全てじゃないですしね」

「ああ……何位くらいだったのですか?」

「えーと……7000万くらい……かな?」

「あ、まあ。この世界には2億人程の人が居ますので。そう考えれば」

「そ、そうですね」


 2億か……思ったより人口がすくない。いや。地球のように国民を食わせられる文化が少ないなら有り得る話なのか。その中で、10歳以下の子供とか、女性、高齢者などを考えると……やはりこの数字は厳しい。





 その後ミレーに寝かせてもらい無事に? 宿舎へ戻る。



「ぶひゃっひゃひゃひゃ。お前ダサすぎだぜ」

「先生~。あんな女の子に背負われて、みっともないんじゃないの?」


 夕食の時間に食堂で思いっきり生徒に笑われる。情けない自覚は在るだけに結構堪える。偶然みかけた小日向がここぞとばかりに笑い飛ばす。3年の辻や佐藤も同じだ。


「でさあ。7000万位? だって? どんだけなんだよ。転移者特典とか本当に無かったのかよっ」


 俺が笑う生徒たちを無視して食事を続けていると、ミレーにでも聞いたのだろう順位の事をつついてくる。


「小日向、俺の順位なんてどうでもいいだろ? それより聞いたがお前の守護精霊、かなりムラっけが在るらしいじゃないか。気をつけろよ」

「はっ! 気をつけろだと? いつまでも教師面してるなよって言ってるの」

「教師は教師だろ。その事実は変わらない。お前らが日本と違う世界に来て、幾ら良い精霊の守護を得たとしてもまだ子供なんだ。そうやってすぐに大人をバカにするような態度だって良くないぞ」

「はん! この世界はな、強さが全てなんだ。おもしれえじゃねえか。順位で人間の価値が出るんだ。俺とあんたの差だって順位という数字で出ているんだよ!」

「……お前には人間の価値が強さでしか見えないのか?」

「数字の出る前からお前は剣道部の顧問として失格だったじゃねえかよ」

「俺は剣道部のコーチとかを引き受けた訳じゃない。あくまでも顧問だ。生徒たちを見守る役目であって剣道で鍛えるためになったわけじゃないんだぞ」


 高所恐怖症の件といい、順位といい、小日向の態度が日本に居た頃と比べても輪をかけてひどい。突然異世界に連れてこられて環境の変化などで子どもたちにストレスが在るのは分かる。守護を得た精霊の影響があるのかとも考えてしまうが……。


「やっぱ集団転移で教師はモブ決定だよな」

「モブの癖に教師ヅラしやがってさ」


 モブ? よく分からんが、きっと俺を馬鹿にしてるのだろう事は分かる。そんな風に大人を舐めるような生徒たちに注意をするのが教師としての役割だと思う。

 ……しかし段々と自信がなくなってくる自分もいる。


「明君、そのくらいにしておきなよ」

「んあ? 結月。なにコイツの事をかばう必要があるんだ? 学校の中じゃ何も言えなかったけどよ、俺はずっとこいつにイライラしていたんだ」

「それだってさ。榎本先生と比べちゃ悪いよ。剣道やったこと無かったんだし」

「居合だろ? 真剣使って形だけの武道をやってるからってさ。剣道部の顧問を買って出るとかふざけてるんだよ」


 君島が見かねたのか小日向を止めようとするが、こいつは止まらない。バーサーカーってこういうことなのか? と思ったとき堂本も入ってくる。


「明、そのくらいにしておけ。どうせあと少しだ。ここから出ればもうコイツとは関わらない」


 しかし堂本は俺を庇おうとするというより、相手にするなと言うスタンスだ。それだって簡単に受け入れられる話じゃない。


「ど、堂本……。 いや。そうは言っても下の世界だって何があるかわからないんだ、放ってお――」

「アンタに何が出来るんだ? むしろ危険な下の世界でアンタを守るために俺たちが犠牲になるかもしれない。そんな事を考えなかったのか?」

「なっ……いや。しかし……」

「7000万位。この世界に2億人居るとして、半分は女、更に半分以上が子供や老人。そう考えれば自分がどれほどなのか解ると思うが」

「んぐ……」

「俺はこの世界じゃチートと呼ばれる存在の守護を得た。俺だけじゃなく部員たちはみんなそれなりの存在から守護を得ている。百位以内の神徒と呼ばれる存在だって狙えると言われている」

「……」

「そこにお前が何を出来るんだ? 俺たちに身の安全を守れとでも言うのか?」

「……」

「まさか生徒の小間使をして生きていくなんて言うんじゃないだろうな?」

「それは……」


 堂本の辛辣な言葉に俺は何も言うことが出来なかった。


「な? 解るだろ? 同郷の知り合いがいれば無駄に何かをしてあげないと。そう思う奴らだって居る。それが重荷になるとしてもだ」

「先輩、いくらなんでもそこまでは……」

「……ん? ああ。そう言えば仁科のクラス担任だったな。気持ちは分かる。だが情に飲まれると危険だぞ」

「は、はい……」

「若いほど恩恵の大きいこの世界で、お前が一番若いんだ。あまり自分を安売りするなよ」

「はい……」




 完全に置いてけぼりになった俺は、ゆっくりと自分の立場を考えた。教師として生徒たちを導くのか。それとも……。




 やがて一人になった食堂で食べ終わった食器を眺めていた。そういえば普通に食べていたが、食事としては地球で食べていたものとそこまで大きく違っては居なかったな……。味は、よく分からなかったが、生徒たちに向き合えなかった俺は、必死に目の前の食事を消化することしか出来なかった。


 ……。


「先生?」


 ん?


 振り向くと食堂の入り口で桜木がそっとこっちを見ていた。


「桜木? どうした?」

「あまり気を落とさないで下さい……。みんな、少し気が立ってるんだとおもいます……こんな世界に突然やってきて」

「ああ……大丈夫だ。俺は大人だぞ? 心配するな」

「はい……」

「桜木も今日は訓練していたんだろ? 早く休め」

「はい」

「……まあ……でも、ありがとな」

「はい」


 俺が礼を言うと桜木は少し気が楽になったのか、笑顔で立ち去る。

 きっと俺たちのやり取りを見てタイミングを伺っていたのだろう、桜木が去った後にミレーさんがすぐに部屋に入ってくる。


「シゲトさん、……よろしいですか?」

「……ああ」

「それでは簡単に施設の説明をしますね」

「ああ、おねがいします」


 その後施設の説明を受ける。日本人の感覚の大浴場などは無く、部屋にトイレとシャワー室があるようだ。食事は一日3回。俺の訓練プログラムは明日から始まるので朝食後に迎えに来るという。オレたちのやり取りを見て、一緒は厳しいと言う判断をしたようで、生徒たちとは別に予定を組んでくれるらしい。

 ただ、食事に関しては食堂で一緒になってしまうかもと言われるが、俺としてもむしろ生徒たちの様子を全く見れないのも、と思ってしまうため問題ないと答える。

 

 例の電気の無い天井だが、壁に魔導石と言うのが付いておりそこに魔力を通すことで天井全体が照明になるという。食堂なども夕食時にはその様になっていたのですぐに解ったが……魔力の通し方というのがなかなか出来ず、電気を付けれるようになるまで一時間ほどかかるはめになった。

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