第13話 有名じゃない!

 当の小夜子は赤いジャージ姿で、人目のつかない裏庭で一人煙草を吸っていた。地べたに座り込んでいる小夜子に、里見が叫ぶ。


「そこのあなた!」

「あ!?」


 予想以上にドスの効いた声で返されたため、一瞬怯みそうになったが、ここで引くわけには行かない。何せこっちは貴重な30000ポイントをこの道具に投資しているのだ。


「し、勝負よ! 私とポイントをかけて、『決闘デュエル』しなさい!」


 言うが早いが、里見は杖を取り出し詠唱を始めた。先手必勝だ。すると、パキパキと音を立て、小夜子の足元がみるみる凍りついていく。氷結呪文。周囲を凍らせて相手の動きを封じるのが、里見の唯一の得意技だった。


「何だこりゃ……!?」


 驚いた小夜子が逃げようとしたが、両足をがっちり氷に固定され、立ち上がることもできない。たちまち小夜子の体は氷に包まれていった。首から下が氷漬けにされてしまった少女を見て、里見はホッと胸を撫で下ろした。上手くいった!


「ど、どうやら私の勝ちみたいね」

 ありがとう、『魔力探査機マジカル・センサー』! やっぱり持つべきものは立派な道具だわ!

「さぁ、ポイントをこちらに渡すなら助けてあげるわ。さもないと一生、そのジャンプする前のカエルみたいな姿勢で過ごすことになるわよ」


 だが、拘束されたというのに、小夜子はニヤニヤと余裕の表情を浮かべている。なにこいつ。その態度に、里見もカチンと来た。低ランクのクセに生意気な女。追加で口も塞いでやろうかしら。そう思っている矢先、小夜子が咥えていた煙草をぽとりと落とした。


 すると、煙草の火に何処からともなく油が注がれ、巨大な魔法の炎が氷を溶かし始める。

「あ、しまった……!」

 里見はハッとした。

 何処かに仲間が潜んでいたのか。慌てて追撃に出ようとするも、

「ファ、ファに!?」

 詠唱できない。


 舌が上手く回らなかった。里見の口内に、突然大量の草が生え、一杯になってしまったのだ。動転する里見の様子を見て、小夜子がニヤリと笑った。

「そうカリカリすんなって。ちょっと野菜足りてないんじゃないのォ?」

「むぐぐ……!」

 口の中に無理やりサラダを詰め込まれたみたいになって、里見がせ返る。


 やられた。奇襲をかけたつもりが、待ち構えられていたのだ。慌てて逃げようとするも、いつの間にか地面に広がっていた水たまりに足を滑らせてしまう。うつ伏せに倒れた里見の体に、そこらじゅうから草がニョキニョキ生えてきて巻き付いた。


 あっという間に形勢逆転された。さっきまで確かに優勢だったはずなのに、今度は逆に里見の方が手足を縛られてしまった。


「むぐぅ!」

「はい終了〜。カモはお前だったな」


 組み伏せられた里見のそばに、小夜子が楽しそうに笑いながら近づいてきた。その後ろには、柄の悪そうな三人組が控えている。里見は歯噛みした(草が詰まってて、上手く噛めなかったけど)。引っかかった。この女、囮だったのだ。


「ポイント狙ってるのがお前だけだと思ったか? こないだから大勢が押し寄せてきてよぉ、こっちもただボーっと突っ立って待ってるこたねえからさぁ」

 トラップを仕掛けさせてもらったぜ。小夜子が里見の頭の近くでかがみ、顔を近づけた。


「助けてやろうか? ポイント渡すならな。じゃないとお前、一生その潰れたカエルみたいな格好で過ごすことになるぜ?」

「ファ、何よ……!」

 里見は悔しさと一緒に草を飲み込んだ。目に涙を滲ませ、悪態をつく。


「ひ、卑怯よ! 仲間と待ち伏せだなんて! 『決闘デュエル』っていったら、普通一対一でしょう!?」

「だよなあ。卑怯だよなあ。ひひ!」

 だが小夜子は涼しい顔をして取り合わなかった。

「こりゃなんだ?」

 それから里見の顔の近くに転がっていた『魔力探知機マジカル・センサー』を手に取る。電源ボタンを入れると、ブゥゥン……と起動音がして、画面に里見の情報が表示された。


『上野里見。

 世田谷魔法学校8年C組。

 六月二十三日生まれ。

 魔力:6677(評価:B+)。


 得意魔法は氷結系で、両親は『魔法少女アイスホワイト』としても活躍した上野里子と、その』

「へぇ。お前の母親『アイスホワイト』なのかよ!」


 意外にも、小夜子が反応して大声を出した。里見は苦虫を噛み潰したような表情で、目をそらした。


「懐かしいな! 再放送見てたよ!」

「……そんなわけないでしょう。『アイスホワイト』は一瞬で打ち切りになったし、全然有名じゃない。おかげでウチはずっと貧乏で……」

「いや、見てた。結構強かったし、好きだったなあ『頭を冷やして観念なさい!』って言う決め台詞。なるほど、それでお前氷結系なのか」


 里見は驚いた。確かにそれは里見の母が良く口にしていた台詞だ。その説教めいた決め台詞、本当に久しぶりに聞いた。でも、『アイスホワイト』は実際有能でも有名でも何でもない。もっとすごい、強力な魔法少女はたくさんいる。知っているとしたら、よっぽどの魔法少女マニアだけだ。小夜子が立ち上がった。興味を失ったように、『魔力探知機マジカル・センサー』を放り投げる。


「ま、どんだけ優れた魔力を引き継いでても、使いこなせてなけりゃ宝の持ち腐れだな」

「な……何よ……」

「『アイスホワイト』じゃ相手を凍らせたり『氷の武器』を作るだけじゃなくて、わざと氷を溶かして白い煙幕張ったり、自分を凍らせて防御狙ったりと、色々工夫してたぜ」


 お前、ちょっと研究不足なんじゃないのォ?


「わ、私が怠けてるとでも言いたいワケ!? ちょっと!? 待ちなさいよ……!」


 彼女の呼びかけも虚しく、小夜子たちは意気揚々と裏庭を去っていった。

 後に残された里見は、しばらく呆然としていた。


 どうして? どうして!?

 こんなはずじゃなかったのに。

 私だって、恵まれてさえいれば。『魔力探知機マジカル・センサー』さえあれば。

 高価な道具さえ持てば、自分よりに余裕で勝てるはずだったのに!


 夕刻になり、裏庭にも冷たい風が吹き始めた。惨めだった。何より惨めだったのは、地面に転がった『魔力探知機マジカル・センサー』の画面が目に飛び込んできたからだった。画面にはこう表示されていた。


『佐々木小夜子。

 1年F組。

 十二月十二日生まれ。

 得意魔法はなし。魔力はゼロ(評価不可能)』


 そんな……私、ゼロに負けたの……!?


 里見は横たわったまま、がっくりとうな垂れた。

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