四十、大和平定―戦いの終わり!それは大和朝廷の始まり!!―

「ウオオオオオーッ!」


 スサノオが雄たけびを上げながら猛然とヒルコに向かって突進し始める。

 そのすぐ横にはスサノオと並走するウズメの姿も。

 それとほぼ同時にミナカタが素早く弓矢を構え、二本の矢を次々と連射する。


「ムウッ!」


 それまでニギハヤヒたちの相手をすることに集中していたヒルコがスサノオたちの“異変”に気づく。

 さらに自分の眼前に向かって今まさに命中しようとしているミナカタの放った矢にも。


「こしゃくなあッ!」


 ヒルコはニギハヤヒたちの相手をしていた木刀を素早く自分の元に戻す。

 そして矢を自分の顔面に当たる寸前で叩き落とす。


「どう…、なッ!」


 だが次の瞬間、自分の足元に違和感を感じたヒルコはすぐに下を見る。

 よく見ると、自分の左足に一本の矢が刺さっている。


「グッ、まさかもう一本?」


 ヒルコはそう言いながら、すぐに強引に左足を動かそうとするがビクともしない。

 矢は宮殿の木の床に深々と突き刺さり、ヒルコの左足をがっちりと固定している。


「よっしゃあーッ!」


 ヒルコが身動きできないのを確認したミナカタは大声で叫ぶ。


「これで終わりよッ!」

「なッ!」


 さらに素早く間合いを詰めたウズメがヒルコの眼前に迫る。

 すでに刀を抜いて両手に持って、真っすぐに刀を突き刺そうとしている。


「まだだーッ!」


 ヒルコは必死に木刀で自分の身を守ろうとする。

 そして木刀で横からウズメの刀を弾いてしまう。


「なめたまねをしおって!」


 そう叫びながらヒルコが自分の真正面を見たそのときである。


「今度こそ終わりだーッ!」


 そこにはそう叫びながら自らの頭上に高々と刀を振り上げているスサノオの姿が。

 すでにヒルコの身を守るべき木刀はそばにはない。

 スサノオはあらん限りの力を込めて刀をヒルコの脳天へと振り下ろす。


「グオオオオーッ!」


 ヒルコは断末魔の叫び声を上げながら床に倒れる。

 その身体は完全に真っ二つに分かれている。


「…やった?」

「…勝ったのか?」


 その様子を見たミナカタとニギハヤヒがそれぞれに言う。

 そしてスサノオのそばに恐る恐る歩み寄ってくる。


「…あやつは確か自分は不老不死だ、などと抜かしておったな。もっともこのように自分の身体を引き裂かれて生きられるものがこの世にいるとはとうてい思えんが…」


 スサノオは自らの刀を鞘に納めながら言う。


「…ということは?」

「やったーッ!」


 ミナカタとニギハヤヒは歓声を上げ、抱き合って喜ぶ。

 他の者たちもそれぞれのやり方で喜びの感情を爆発させる。


「…しかし、意外にあっけないものだったな」


 ただスサノオのみが冷静にしみじみとつぶやく。

 宮殿の床には相変わらず二つの“肉片”が横たわっているのだった。



「このたびは皆様のおかげでこうしてヤマトに入ることができました!本当にありがとうございました!」


 イワレビコはその場に集う大勢の者たちを前に感謝の言葉を述べる。

 その顔は満面の笑み、そして目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 この場にはいまだに処分が確定していないニギハヤヒを除いて、主だった者は全員集まっている。

 イワレビコのみが立っており、他の者たちは皆整列したまま正座してその場に控えている。


 今は激しい戦いが終わってから一夜明けた午前中である。

 昨日イワレビコは勝利を確定させて、ヤマトの集落に入ったあとも軍全体に集落の人々への乱暴、狼藉ろうぜきの類を堅く禁じた。

 ゆえに集落内の秩序は一日経った今の段階でも平穏に保たれている。


 今イワレビコたちがいる場所は元々トミビコが使っていた宮殿の大広間である。

 本来はイワレビコがヤマトをべるにふさわしい宮殿を造るべきである。

 しかし何しろ戦いが終わってからあまりにも日が浅いこの段階ではここを仮の宮殿とせざるを得ない状況である。


「このあとあなたがどのようなヤマトをつくり上げていかれるのか、それが今から楽しみです」


 スサノオが座ったままの状態でイワレビコに言葉を返す。


「はい、あなたにも本当にお世話になりました」


 イワレビコもスサノオのほうを見つめて心からの感謝の思いを伝える。


「ちょっと、ちょっとー」


 そう叫ぶや否や、いきなりスクナビコナが立ち上がる。

 そしてイワレビコと整列している列の最前列の中間あたりまで走ってくる。

 あまりに予想外のことに大広間中がざわつく。


「そういう堅苦しいあいさつはさあ、後でいくらでもできるでしょー」


 スクナビコナは列の方に顔を向けて話し始める。

 その言葉に部屋中がドッと沸く。


「今日はせっかくめでたい日なんだからさー」


 スクナビコナは広間中の注目を一身に浴びながら喋り続ける。

 その様子を見てイワレビコを含む部屋にいる者たちは皆笑顔になる。

 そして次に一体何を言うのかとワクワクしながら見守る。


「今からみんなで無礼講だーッ!」


 スクナビコナは両腕を天井に向かって力いっぱい突き上げながら宣言する。

 その言葉と同時に大広間に豪華な料理と酒を持った者たちが一斉に入ってくる。

 そしてその場は一気に“大宴会”の様相を呈する。

 そうしてこの盛り上がりは一日中続くのだった。



 スサノオたちは“大宴会”の翌々日の早朝にヤマトの地を出立した。

 翌日に出発しなかったのはひとえにニギハヤヒの処遇をイワレビコと協議するために一日必要だったからだ。


 結局ニギハヤヒは一連の反乱の首謀者の一人とみなされはしたものの、死罪は免れた。

 そしてヤマトの集落から少し離れた土地にわずかな領地を与えられ、そこにいっしょに高天原から下ってきた者たちと共に住むことになった。


 ニギハヤヒたちが許された理由としては―

 ニギハヤヒたちが持ってきた十種神宝が確かに高天原の宝であることがオモイカネの証言によって証明されたこと。

 ニギハヤヒがその十種神宝をイワレビコに献上したこと。

 ニギハヤヒたちが首謀者の一人トミビコを殺害し、その事実がスサノオらによって確認されたこと。

 ニギハヤヒたちが一連の反乱の黒幕と思われるヒルコの殺害に協力したこと。

 加えてミナカタがニギハヤヒたちは確かに元高天原の住人であることを証言し、助命を嘆願したこと。

 ―などが上げられる。


 なおトミビコとヒルコの遺体はヤマトの集落の郊外の墓地にイワレビコらによって丁重に葬られた。


 こうして一連の反乱は終結し、イワレビコはヤマトを無事平定したのであった。



「いやあ、これはめでたい!何一つ欠けることがない完璧な終わり方ではないですかな!」


 二の翁は満面の笑みを浮かべながら満足げに言う。


「私もそう思います!そしてイワレビコ殿が神武天皇として即位され、ここに大和朝廷が始まったのですよね」


 三の翁も二の翁の言葉にうなずきながら同調する。


「そして後には橿原かしはらの地に宮を置かれたのです」


 一の翁が三の翁の言葉を補足する。


「これから大和朝廷は、人間は順調に栄えていくんでしょうなあ」


 二の翁はなおも笑顔で言う。


「…実はそうでもないのです」


 一の翁は神妙な顔つきで二の翁に返す。


「ムム、この後も何か起きるのですかな?」

「はい、もっともこのころはそんなことは誰も夢想だにしていなかったのですが…」


 一の翁は遠く東の海を眺めながら二の翁の問いに答える。

 東の海の方角の空には今まさに天高く昇らんとしている太陽が煌々こうこうと光り輝いているのだった。

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七柱記―それは神々と鬼たちとの戦い。書物では決して語られることのなかった日本の神話の裏面史である―【カクヨムコン8版】 七柱雄一@今までありがとうございました! @7cyu

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