三十九、決戦のヤマト⑪―ついに決着か!この戦いの“終着”は!!―

「…クックックックッ、実はこのヒルコ、少しの間貴様らの話を聞いていたのだがなあ…」


 ヒルコはスサノオの言葉を無視するように、不敵に笑いながら言う。


「ほう、いつごろからだ?」


 スサノオはヒルコに鋭い視線を投げかけながら尋ねる。


「貴様らが宮殿の中に入った直後からだよ。このヒルコがここにたどり着いたときはちょうど貴様らが入り口の前にいたものでなあ」


 ヒルコは相変わらずニヤニヤと笑いながら答える。


「フン、そのころからのぞいていたのか」


 スサノオはわずかに顔をしかめながら言う。


「そうよ。そのあとの貴様らの会話はずっと聞いていた。すると貴様がニギハヤヒを許すなどとたわけたことをぬかしたものでなあ。それを聞いて“ニギハヤヒ”として中に飛び込んできたというわけよッ!」


 ヒルコは一切悪びれることなく言う。


「ニギハヤヒを許すことのどこに問題があるというのだ!少なくともニギハヤヒの生き死には貴様が決めることではないぞッ!」


 スサノオは語気を強めて言う。


「ハーッハッハッハッ!」


 ヒルコはスサノオの言葉を聞くと腹を抱えながら大笑いする。


「何がおかしいッ!」


 その大げさと言っていいヒルコの笑いようにスサノオは不快感を隠さず叫ぶ。


「…クックックッ、いやいやこれほどおかしな話もないぞ…」


 ヒルコは相変わらず腹を抱えて笑いをこらえたような様子を見せながら言う。


「…だってそうだろう。かりにもニギハヤヒにとってトミビコは義兄だぞ。確かに短い期間だったかもしれんがなあ。その義兄をこやつは自分が助かりたいためだけに殺したんだぞッ!」


 ヒルコはニギハヤヒを蔑むような目で見ながら言う。


「そんなヤツを貴様は許すというわけだッ!立派、実に立派な考え方だよッ!」


 ヒルコは再びスサノオのほうに向き直ってそう叫ぶ。

 そしてスサノオを皮肉るように拍手を送るようなしぐさをする。


「先ほども言ったことだがニギハヤヒの生死を決めるのは貴様ではない。無論このスサノオでもない。最終的には然るべき手続きでもって決めるべきものなのだ」

「然るべき手続きだとッ!」


 ヒルコはスサノオの言葉を即座に否定する。


「貴様はどこまで甘いのだ。ニギハヤヒのような自分の都合で身内を殺すやつなどには“手続き”など不要だ。そんなヤツに死を与えてやるのに何ゆえそんな回りくどいことをする必要がある?はっきり言って貴様の甘さには反吐へどが出るぞッ!」

「そこまでだッ!」


 なおもスサノオを罵り続けるヒルコにニギハヤヒが割って入る。


「周りを見てみろッ!」

「何?」


 ヒルコはニギハヤヒにうながされる形で自分の周囲を見回してみる。

 すると周りはすっかり取り囲まれていることにヒルコは気づく。

 スサノオ、ニギハヤヒ、ミナカタ、ウズメのみならず、ニギハヤヒの取り巻きの男たちも“包囲網”に加わっている。

 宮殿の出入り口にも男がいて、もはやヒルコには逃げ出すこともできない形になっている。


「ハッ、話に夢中になってて自分が囲まれていることにも気づかないなんてなッ!色々ともっともらしいことを言ってやがったが、肝心の自分の身の安全を守れないなんざ救いようのない間抜けだぜッ!」


 ニギハヤヒはここぞとばかりにヒルコを口汚く罵る。


「だいたい元はといえばお前が俺を地上に降りるようにそそのかしたのが全ての元凶だッ!お前はトミビコよりはるかに罪深いぜッ!」


 ニギハヤヒは激しい口調でヒルコを責め続ける。


「ハハッ、何をふざけたことを言っているのだッ!確かにこのヒルコは貴様に地上の王になることを“提案”したが、それに乗ったのは他でもない貴様自身ではないかッ!全ての責任は貴様にのみある、いわば“自業自得”よッ!それをこのヒルコのせいにするなど筋違いもはなはだしいッ!」


 ヒルコもニギハヤヒに負けず劣らず激しい調子で反論する。


「フンッ、口で何を言おうとももはや今の貴様は完全に袋のネズミ、貴様はここで朽ち果てるのだッ!俺の件はトミビコに全て背負わせる予定だったが貴様にも背負わせてやるッ!トミビコも黄泉の国で喜んでいるだろうよッ!」


 そう叫ぶと、ニギハヤヒはヒルコのほうに一歩前に進む。

 他の者たちもニギハヤヒに合わせるように一歩前進してヒルコの包囲網を狭める。


「このヒルコがそうやすやすとやられると思うなよッ!」


 ヒルコはそう言い放つと同時に、トミビコの遺体のほうを見る。


「まだ終わらんッ!」


 ヒルコがそう叫ぶと、突然何か棒のようなものがすさまじい速さでヒルコのほうに飛んでくる。

 そしてヒルコのすぐ前で“棒”が宙に浮いたままの状態で止まる。


「あれはッ!」


 “棒”の正体はトミビコが臨終の間際まで持っていた木刀である。


「チッ、こんな得物しかないとはなッ!」


 ヒルコは舌打ちしながらつぶやく。


「ハハッ、何かと思えばそんなものか、ビビらせやがってッ!」


 ニギハヤヒは嘲笑しながら叫ぶ。


「まあ、そいつはトミビコの“遺品”だからな、貴様にはお似合いだぜッ!」


 ニギハヤヒは口元をゆがめながら続ける。


「かかれーッ!」


 ニギハヤヒは他の男たちに号令しながら、自らも刀を抜いてヒルコに向かっていく。

 他の者たちもそれぞれに刀を抜きながらヒルコに飛びかかっていく。


「何ッ!」

「クッ!」


 ニギハヤヒたちは意外な事態に戸惑う。

 ヒルコを守るように縦横無尽に素早く動き回る木刀が邪魔でヒルコに近づくことができない。

 人が手に持っているわけではない木刀は思いのほか動きが読みづらいのである。


「なんてこった!」


 ニギハヤヒは歯ぎしりしながら忌々しげにつぶやく。


「ハッハッハッ、まさかここまでやれるとはなッ!」


 ヒルコは満足げに笑いながら言うのだった。



「…クソッ、一体どうしたらいいんだッ!」


 ミナカタが腹立たしげに叫ぶ。

 スサノオはヒルコとニギハヤヒたちの戦いの様子を無言で険しい表情のまま見つめている。

 今スサノオたちはニギハヤヒとヒルコたちの戦いを少し遠くから見守っている。

 しかしミナカタやウズメはもちろんのこと、スサノオも有効な打開策を見出せない。

 そのときスクナビコナが再びスサノオの服を強く引っ張る。


「…何かいい策でもあるのか?」


 スサノオは下を向いてスクナビコナに尋ねる。

 スクナビコナはスサノオの問い笑顔でうなずいて、自分の考えた“策”を説明する。


「フム、なかなか面白い」

「これなら行けるかもな!」

「いいんじゃない!」


 スサノオたちは口々にスクナビコナが披露した“策”への感想を述べる。


「とにかくこれで行ってみようよ!他にいい手があるわけでもなし」


ミナカタの言葉にスサノオとウズメは力強くうなずいて答える。


「よしッ、そうと決まれば早速やるぞッ!」


 さらにスサノオが他の者たちに言う。

 彼らの眼前では相変わらずニギハヤヒたちが木刀と“格闘”を続けているのだった。

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