三十一、決戦のヤマト③―ついに“秘策”発動!形勢逆転か!!―
「オラオラオラーッ!」
前鬼は叫び声を上げながら一直線にイワレビコ軍の中央前衛に向かって突っ込む。
その動きには迷いや
さらにそのあとからはぜーんしん、しょーうり、と叫ぶ配下の鬼や人間たちが続く。
「いかんッ、中央だッ、中央を支えよッ!」
前鬼たちの動きを見たタヂカラオとサルタヒコは右翼と左翼から中央の軍を助けようと、兵士たちを率いてそれぞれ前鬼のほうめがけて集まってくる。
だが―
(クッ!)
―両方の軍は共に前進勝利を叫びながらわらわらと群がってくる鬼たちに阻まれる。
こうなると数の上で圧倒しているニギハヤヒの軍が極めて有利である。
「ギャーッハッハッハッ、無駄無駄ッ!」
前鬼は大声で笑いながらなおもイワレビコの軍めがけて猛然と走る。
その光景を見たイワレビコ軍の前回の戦いに参加した全ての者の脳裏に苦い記憶がよみがえる。
前の戦いではここから敵の圧倒的な攻勢の前に屈した。
そのときとここまでの展開はよく似ていた。
そのときである。
「今ですッ!」
スサノオの合図の声がイワレビコの横で鋭く響き渡る。
「よしッ!」
それと同時に馬上のイワレビコが単騎で力強く前方へと駆け出す。
「道を開けよーッ!」
イワレビコは馬を走らせながら叫ぶ。
その声を聞いたイワレビコ軍の兵士たちは指示通りに、左右に分かれてイワレビコの前方に通り道を作る。
「ヘッ、血迷ったかッ!自分からやられにきやがったッ!」
その様子を見た前鬼は見下すように口元をゆがめながら言い放つ。
「行くぞーッ!我らの真の力を見よッ!」
イワレビコはそう叫ぶと、腰帯に
するとイワレビコの右肩の上に乗っていたヤタガラスがその鞘の上に飛び乗る。
この戦いが始まる前にイワレビコたちはサルタヒコと落ち合った。
そのときにサルタヒコはオモイカネからの伝言をイワレビコたちに話した。
オモイカネによればフツノミタマの真の力は刀身ではなく鞘のほうにこそあるという。
そしてヤタガラスはフツミタマの鞘といっしょになることで真の力を発揮する。
その力は鬼たちに対して絶大な威力を見せるはず。
これこそオモイカネがイワレビコたちに伝えたかったことである。
そうしてこの“力”を然るべきときに解き放つ。
それこそスサノオが他の者たちの力も借りて練り上げた“策”である。
「なんだーッ、あれはッ!」
前鬼はイワレビコのほう―より正確にはヤタガラスのほうだが―を見て悲鳴に近い絶叫を上げる。
イワレビコが右手に持つフツミタマの鞘の上に乗っているヤタガラスが金色に輝き、まばゆいばかりの光を放つ。
「グワアアアアアーッ!」
その光を見た全ての鬼が断末魔のようなすさまじい悲鳴を上げる。
それはこれまで猛威を振るっていた鬼たちの力を完全に無力化する強力な光である。
さらにスサノオは“第二の策”を発動させる。
「皆の者ッ!人間は無視せよッ!鬼だッ、鬼だけを集中的に狙えッ!」
イワレビコが周囲にいる全ての自軍の兵士たちに大声で指示を出す。
それを聞いた兵士たちも周りに伝えるように鬼だッ、鬼だけを狙えッ、と腹の底からしぼり出すような大きな声で叫ぶ。
こうしてイワレビコの指示は瞬く間に全軍に広がっていく。
これこそがスサノオが事前にイワレビコに伝えていた“第二の策”である。
まずは事前のサルタヒコたちの調査からイワレビコ軍は一枚岩ではなく、特に鬼と人間の関係がよくないことがすでにわかっていた。
さらに実はサルタヒコからこの戦いの直前のニギハヤヒの演説の様子を聞いたとき、スサノオの中に“ある予感”が浮かんでいた。
サルタヒコによればこのときのニギハヤヒの演説を確かに鬼たちは“前進勝利”を熱狂的に支持していた。
しかしトミビコ以下人間たちはやや冷めたような反応をしていたという。
ひょっとしたら今鬼と人間の間には相当に温度差が広がっているのではないか?
現在トミビコたちがニギハヤヒと鬼たちに従っているのは、あくまでその力を恐れているだけで、心から心服しているわけではないのではないか?
スサノオはそう考えたのだ。
もちろんスサノオとてヤマトの様子を直接見たわけではない以上、この“仮説”に絶対の確信があるわけではなかった。
だが賭けてみる価値は大いにあるとスサノオは思った。
これなら敵の人間は相手にせずに済み、鬼を倒すことに集中できる。
何よりオモイカネの策と合わせて実行すれば一気に不利な戦況を打開できる可能性がある。
(我が軍の必勝の策はこれのみッ!)
スサノオはこの策にイワレビコ以下全ての者たちの命運を託したのだ。
「行けーッ!」
イワレビコは全軍の士気を鼓舞するように再び大声を張り上げる。
その声に答えるように兵士たちは鬼に立ち向かっていく。
ヤタガラスの放つまばゆい光は鬼たちを弱めるだけでなく、イワレビコたちに勇気を与える光でもある。
兵士たちはそれまでの苦戦ぶりが嘘のように鬼に勇敢に戦いを挑み、討ち取っていく。
それまで鬼たちに進撃を阻まれていたタヂカラオとサルタヒコも周囲の鬼たちをねじ伏せ、切り伏せていく。
その光景を見たニギハヤヒ軍の人間たちに動揺が走る。
このままでは自分たちが負けてしまうのではないか?
そう思い始めた者たちは我先にと戦場から逃げ出そうとする。
(これは行けるぞッ!)
イワレビコ以下、軍のその場にいる者たちがそう思ったそのとき―。
「ふざけるなよッ!テメエらッ!」
―そう叫びながら前鬼が取った行動に敵も味方も戦りつする。
なんと前鬼は逃げ出そうとした味方の兵士に対して斧を振り下ろし、あるいは振り回す。
数人の兵士がそれに巻き込まれ、倒れたまま動かなくなる。
この光景を目撃したニギハヤヒ軍の兵士たちは鬼も人間も恐怖のあまり固まり、もはや逃げ出そうとする者はいなくなる。
「言ったはずだぞッ!“後退即死”だとッ!」
前鬼はそう絶叫しながら加虐的に口元をゆがめる。
「何事だッ!味方を攻撃するなどッ!」
その様子を見たイワレビコは前鬼の行動を厳しく非難する。
「何ヌリイことを言ってやがるッ!これが我らの“流儀”よッ!」
前鬼は相変わらず笑みを浮かべながらイワレビコのほうを向いて言い放つ。
「貴様ッ!許さんッ!」
そんな前鬼に対して右からタヂカラオ、左からサルタヒコが立ち向かっていく。
「ヘッ、しゃらくせえッ!」
前鬼はそう言いながら斧を振り回す。
それはなんらの規則性も意図すらないかのような、でたらめ以外の何物でもない攻撃。
だがそれゆえにタヂカラオもサルタヒコも手が出ない。
下手に手を出そうとすると、猛烈な勢いで振り回されている斧に巻き込まれてこちらの武器が吹っ飛ばされてしまいかねない。
「ワーッハッハッハッ、どうしたどうしたッ!」
前鬼は大笑いしながらただひたすら斧を振り回す。
その様は前鬼を中心に大きな竜巻が生じるが如くである。
そのとき“ある者たち”がすさまじい速さで前鬼たちの元へとやってこようとしていた。
「そこまでだッ!」
何者かの叫び声がその場に響き渡る。
(この声はッ!)
サルタヒコは聞き覚えのある声のする方向を見る。
「…テメエはこの間のヤツか!」
前鬼も声の主のほうを見て叫ぶ。
その声の主は例の“サルタヒコ似”のお面を装着している。
そして馬の背にまたがったまま、前鬼のほうを真っすぐに見すえている。
「…ハッ、ちょうどいいところに現れやがったぜ」
そう言いながら、前鬼は“サルメノキミ”をにらみつける。
「テメエには後鬼の分の“礼”をしないとなあ」
さらにそう続けながら、前鬼は不敵な笑みを浮かべる。
「…待てッ、貴様の相手は…!」
そう叫ぶと、サルタヒコは再びタヂカラオと共に前鬼に向かっていこうとする。
「オッ、と!」
だが前鬼のほうも再び斧を振り回し始める。
「クッ!」
そのためサルタヒコたちはまたも前鬼に近寄ることができなくなってしまう。
「ヘッ、テメエらはそこでおとなしくしていやがれッ!」
前鬼はそう叫びながら、再度ニヤリと笑う。
「…さて、と…」
そうつぶやきながら、前鬼は“サルメノキミ”の方をにらみつける。
無論、相変わらず斧をでたらめに振り回したままの状態である。
「…これでテメエを遠慮なくぶっ殺せるぜえッ!」
そう叫びながら、前鬼は一直線に“サルメノキミ”のほうに向かってくる。
その動きは思いのほか早く、周囲の者たちが止めに入るスキはない。
「オラオラーッ!」
大きな叫び声を上げながら、前鬼は“サルメノキミ”の頭上に斧を振り下ろす。
(クッ!)
ウズメは素早く刀を抜いて、なんとか強烈な一撃を受け止める。
(…う、腕が…)
その一撃のおかげでウズメの両腕はすっかりしびれてしまう。
「…ハッハッハッ、このままぶっ潰してやるぜえッ!」
ウズメに押し返すだけの力がないと見たのか、前鬼はそのまま斧の刃を力任せに押しつけてくる。
(…これはかなりまずい状態かも…)
ウズメは心の中でぼやく。
前鬼は馬に乗っているウズメよりも高さがあり、それを生かして上から斧で“圧力”をかけている。
そのことがただでさえ大きい単純な力の差をより大きなものにしている。
しかもウズメは馬に乗っているためそこから動くことができない。
ウズメの最大の武器である素早い“足さばき”を封じられている。
「ギャッハッハッハッ、なんだ、もう終わりか?」
前鬼はこの状況が楽しくてしょうがない、と言わんばかりにグイグイとさらに斧を押しつける。
その猛烈な圧力のせいでウズメを乗せている馬までもが無理やり足を折り曲げさせられている状況である。
(…こ、このままじゃ…)
確実にやられる。
ウズメは内心最悪の結末を覚悟する。
「ヒャッハッハッ、死にやがれッ!」
前鬼はウズメに“死の宣告”をする。
そしてより一そうの力を、斧を持つ両手に込めて“とどめ”を刺そうとする。
そのときである。
「スクナビコナ、けーんざーんッ!」
そう叫ぶや否や、スクナビコナがウズメの腰帯と服の間から飛び出す。
そしてウズメの服の生地を両方の手足を使って器用に駆け登り、一気にウズメの両手の先まで到達する。
「アアッ?」
スクナビコナの叫び声を聞いた前鬼は一瞬スクナビコナに注意をひきつけられる。
さらに両手に込めた力をわずかに緩める。
「このスクナビコナが義によって助太刀いたーすッ!」
スクナビコナはウズメの手の上で再び大声で叫ぶ。
その右手には針がしっかりと握られている。
「くらえーッ!」
スクナビコナは叫び声と共に両手にしっかりと持った針を、前鬼の斧を握っている指目がけて突き刺す。
「グギャーッ!」
予想外の激痛に前鬼は思わず斧を手から離してしまう。
「よしッ!」
そのスキにウズメは素早く刀で前鬼に切りかかろうとする。
だがそのとき―。
(ウッ、さっきのがまだ…)
―最初に前鬼の一撃を受けたときの手のしびれがまだ残っていることに気づく。
やむなくウズメは馬を操って前鬼から距離を取る。
「…テメエ、なめたまねを…」
前鬼はスクナビコナのほうをにらみつけながらうめくように言う。
「ハッ、油断してるお前のほうが悪いんだよー、バーカ、バーカ!」
スクナビコナはウズメの服の袖を右手でつかんでぶら下がったままの状態で叫ぶ。
「この豆粒小僧が、言わせておけばッ!」
スクナビコナの言葉に前鬼は激高する。
そして地面に落ちていた斧を拾い、スクナビコナたちのほうに向かっていこうとする。
「貴様の相手はこっちだッ!」
サルタヒコがそう叫びながら、タヂカラオと共に再度前鬼の左右から向かっていこうとする。
「…次から次へとマジでウゼエよッ!」
前鬼は心底うんざりした調子で吐き捨てる。
そしてサルタヒコたちを追い払うように斧を振り回す。
こうして戦闘はこう着状態になるのであった。
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