二十九、決戦のヤマト①―対峙する両軍!そこに新たなる者たちが!!―
「いよいよですぞ」
「はい」
スサノオの言葉にイワレビコは緊張の面持ちで答える。
イワレビコたちのほぼ真上に昇った太陽が今正午あたりであることを示している。
すでにイワレビコたちは自軍の配置を終えている。
右翼を率いるのはタヂカラオで数は百ほど。
同じく左翼はサルタヒコでやはり数は百ほど。
イワレビコ以下主だった者たちが全員いる中央には残りの兵士が皆いるが、数は百から百五十ほど。
大将は無論イワレビコでかたわらにはスサノオとミナカタが控えている。
イワレビコたちの後方にはけが人の手当てをするためにオオクニヌシと助手のスクナビコナ、さらにはウズメが待機している。
「…かなり多いですね…」
遠くに見える敵軍の様子を見たイワレビコの表情が曇る。
敵は自軍と正面から対峙している形だが、ざっと見ても数はこちらの三倍以上、ひょっとしたら五倍ほど。
敵軍がその気になれば自軍を完全に包囲できそうなほどの差である。
「イワレビコ殿」
イワレビコの動揺を察したすぐ隣にいるスサノオが声をかける。
「前回の戦いでは相手の奇襲を受けましたが今回は互いに正面で向き合っての戦いです。腰をすえてやりましょう」
スサノオの言葉にイワレビコは無言でうなずく。
「それに―」
そう言うと、スサノオはイワレビコの右肩に止まっているヤタガラスに目をやる。
「―このたびは“これ”があります」
「そうですね」
イワレビコはスサノオの言葉に大きくうなずく。
すでにその表情は引き締まったものに変わっているのだった。
「フン、バカ正直に真正面から来るつもりか」
ニギハヤヒは対峙したイワレビコたちの様子を聞くと、あざけるように吐き捨てる。
「ヘヘッ、こりゃあ余裕すぎるぜえっ!あくびが出ちまう」
傍らにいる前鬼もニギハヤヒに同調する。
ニギハヤヒは演説を終えたあと、イワレビコたちを迎撃するべく集落を出て南へと向かった。
そしてしばらくしてイワレビコの軍団を発見し、今は陣形を整えた直後である。
ニギハヤヒ自身は軍の正面後方にいて、隣に控えているのは前鬼のみ。
最前線にはトミビコがいて、後鬼は数百の軍勢と共に村に待機させている。
その理由は宮殿にいる本物のニギハヤヒの監視および自軍が負けた際の備えといったところである。
もっともヒルコも含めてまさか自分たちが敗れるなどとは露ほどにも思っていなかった。
その根拠は無論圧倒的過ぎる戦力差にあった。
単純に数がこちらの方が多いことに加えて相手は非力な人間のみ。
対してニギハヤヒ軍は千程度の人間、さらには鬼も五百ほど。
これでは負けるなどと考えることの方がどうかしていると言えた。
「…一応言っておくがな…」
ニギハヤヒは前鬼のほうをにらみつけるように見ると、厳しい口調で言う。
「油断だけはするなよ。念には念を入れて徹底的にやれ!」
ニギハヤヒはなおも厳しい調子で釘を刺す。
「ハハッ、まあ容赦なくぶっ潰してやりやすよっ!」
前鬼はニギハヤヒに極めて軽い口調で答える。
「では行ってきやすぜっ!父上はのんびり昼寝でもしておいて下せえっ!」
前鬼はにやけた表情で言ったあと、トミビコのいる最前線に向かってゆっくりと歩いていく。
「チッ、バカがッ!完全に緩みおってッ!」
前鬼の姿が完全に見えなくなったあとヒルコは舌打ちし、激しく前鬼を罵るのであった。
「どうやら間に合ったようだな」
「ええ」
二人の男が遠くに対峙している二つの軍を眺めながら話をしている。
一人はオモイカネ、もう一人はミカヅチ。
位置はニギハヤヒの軍の真西、イワレビコの軍からはちょうど北西である。
もっとも両軍共に二人の存在には全く気づいていない。
位置が遠すぎるうえにたった二人、その上両軍ともお互いの存在に集中している。
これでは気づくはずもない。
二人ともしばしの間、両軍の様子をじっくり観察する。
「とりあえずお互いにけん制し合っているといったところか」
「まあそうでしょうが―」
ミカヅチは右隣にいるオモイカネの言葉に同調しつつ、左隣にいる“動物”のほうに視線を移す。
そこには馬かと見間違うほどの立派な体をした鹿が四足で立っている。
その鹿は全身真っ白で見事な角を頭から生やしており、立ち姿からは神聖な雰囲気すら漂わせている。
「―いつ戦いが始まってもいいように備えておいたほうがいいでしょう」
そう言うと、ミカヅチは鹿の顔を優しく撫でながら話しかける。
「鹿王よ」
すると“鹿”がミカヅチの言葉に答える。
「これが中津国か。話に聞いていたとおり高天原に比べるとずいぶんと広いのだな」
鹿王と呼ばれた鹿は感慨深そうな口調で答える。
「ふむ、確かに初めてとなれば何もかもが珍しかろう」
「ああ、話でしか聞けなかったものを直に見てみると色々と興味深い」
ミカヅチと鹿王はお互い親しげに会話を交わす。
「とうとうお前と共に戦場を駆け抜けることができる。このことはこのミカヅチの無上の喜びなのだ」
「うむ、俺もだ」
ミカヅチの言葉に鹿王はまっすぐにミカヅチの目を見つめながら答える。
その様子からはお互いの無条件の信頼が感じられる。
「…では、そろそろいいだろう」
そうつぶやくとミカヅチは鹿王の身体の横に移動し、そこから鹿王の背に飛び乗ってまたがる。
「…しかしいいのか?」
オモイカネが鹿王に乗るミカヅチを見上げながら尋ねる。
「何がです?」
「鎧兜も含めてお前は自分の身を守るものを何も身につけていないではないか」
戦場では己自身の身体を守るものを装備するのが常識である。
現にイワレビコ軍も全員完全武装だし、ニギハヤヒ軍も鬼たち以外は同様である。
オモイカネはそのことを指摘したのである。
「フッ、防具ですか…」
オモイカネの言葉にミカヅチはかすかに口元をゆがめる。
「…このミカヅチにとって身を守るものはこの身体があれば十分。鎧兜の類など動きの邪魔になるだけ、無用の長物です」
ミカヅチは自信に満ちた様子できっぱりと言い放つ。
「お前がそう言うならこちらとしては何も言うことはないがな」
そう言いながらオモイカネは再び遠くのほうへと視線を移す。
その視線の先には相変わらず全く動きを見せることがない二つの軍勢がある。
「…フウ、正直このミカヅチ、じっと待つのは性に合わないのだが…」
ミカヅチはそうつぶやきながら、ちらちらとオモイカネのほうを見る。
それは明らかにオモイカネの“号令”を待っている。
「…気持ちはわからぬでもないがな―」
オモイカネは目線を一切移すことなく言う。
「―“合図”があるまで前に出ることは許さんぞ。こたびの戦、我々は確実に勝たねばならぬ」
オモイカネに自重を求められたミカヅチはかすかに口を尖らせながら、遠くイワレビコの軍を見つめるのだった。
「…もう、こんなところに残っていろ、だなんて…」
ウズメはほほをプクーッ、とふくらませながらぼやく。
ウズメはイワレビコ以下全員がそろっている前で自分も前線で戦いに参加したい、と主張した。
だがサルタヒコが強硬に反対したおかげで結局オオクニヌシらがいる一番後方で待機することに決まってしまった。
ウズメはそのことが不満で仕方なかった。
「…私が十分に戦えることはあの人だって分かっているはずよ…」
ウズメはため息をついたあと、再びぼやく。
そのときである。
「やっと見つけたー!」
聞き覚えのある声がウズメの耳に入る。
(…この声は!)
そう思ったウズメの視界に走り寄ってくるスクナビコナの姿が入る。
「もー、ずいぶん探したんだよー」
「ごめんごめん、ちょっと一人で考え事がしたくて…」
口を尖らせて怒るスクナビコナにウズメは平謝りで謝る。
ウズメはもともとオオクニヌシたちの近くにいたのだが、一人で物思いにふけりたくてあえてそこから距離を置いたのだった。
「…ま、見つかったからいいけどさ。それよりも…」
すぐに気を取り直したスクナビコナは早速“本題”を切り出す。
「…ウズメさんにすっげーいい話持ってきたー」
スクナビコナは満面の笑みを浮かべながら言う。
「…いい話ってなに?」
話の内容が全く読めないウズメは聞き返す。
「へっへー、実はね…」
相変わらず笑顔のスクナビコナは“いい話”の内容をウズメに話す。
「…それ本当?」
「もっちろん!」
驚きを隠せないウズメの問いにスクナビコナは即答する。
「だから僕もいっしょに連れてってよー」
「それが本当なら断る理由なんてないわ!」
スクナビコナの言葉に今度はウズメが満面の笑みを浮かべながら答える。
「よっしゃー、決まりだー」
スクナビコナは大声で叫ぶ。
「じゃあ、早速―」
「―行くぞー!」
両者は互いに笑顔で声を合わせる。
そしてウズメは自分の手のひらの上にスクナビコナを乗せると、自分の腰の辺りに持っていく。
するとスクナビコナはすぐにウズメの腰帯と服の間にするすると移動して素早く挟まる。
そうして両者はいっしょにいずこかへと走り去ってしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます