十、最初の戦い①―突然の奇襲!イツセたちの命運は!?―
「ぜえんしーんッー!」
「しょおうりッー!」
イツセたちの耳に東の方から何者かが叫んでいるような複数の声が聞こえる。
「何事だっ!」
その不穏な声にイツセの周囲の者たちは皆騒然となる。
そのとき東の方から一人の兵士が叫びながらイツセたちの方に駆け寄ってくるのがわかる。
「…敵襲だーッ、敵襲だぞーッ!」
「敵襲だとっ!」
確かにイツセにはそう聞こえた。
「間違いないようだ!」
イツセの言葉にすぐそばにいるスサノオもうなずく。
その表情はすでに険しいものに変わっている。
そのときである。
イツセたちの方に走っている兵士の背後から巨大な影が猛烈な速さで迫ってきている。
「来てるぞ!」
「後ろだ!」
イツセたちは兵士たちに向かって必死に叫ぶ。
しかし―。
「…え…」
兵士が後ろを振り向いたのとほぼ同時、巨大な赤い影の右手から巨大なものが兵士の頭上めがけて振り下ろされる。
「……!」
兵士はすさまじい速さの一撃を脳天に受ける。そのときメリメリッ、と何かが裂けるような音がする。そしてそのあと声を上げることもなく、そのまま地面に倒れてしまう。
イツセの位置からはその様子を細かく確認することができない。だが動く気配がないことから見て、とても生きているなどとは想像できない。
「…ぜえんしーんーッ!」
「しょおうりッー!」
それとほぼ同時にイツセたちの周囲の森から鬼たちが叫びながら襲いかかってくる。
「クッ、完全に包囲されていたのか?」
イツセたちは全員急いで武器を構える態勢をとる。
「ここは我らにお任せを!」
スサノオはそう叫ぶと、オオクニヌシ、サルタヒコ、タヂカラオらと共にイツセとイワレビコの四方を取り囲むような位置に素早くつく。
ミナカタはイツセらのすぐそばで弓を構える。
「…ぜえんしーんーッ!」
「しょおうりッー!」
「…クッ、しつこいぞお前らッ!」
スサノオたちは鬼たちがしつこく繰り返す“前進勝利”の言葉にいら立ちながらも必死に応戦する。
「おっ、とこっちにもいるぜえッ!」
さらに赤い巨大な鬼も叫び声を上げながら、周囲で呆然としている兵士たちに対して
鬼たちは皆攻撃を繰り出しながら“前進勝利”という言葉を連呼する。
それらの攻撃の前に兵士たちはウワッ、グワッ、と悲鳴を上げながら次々と倒れていく。
その場の人間たちはあっけないほど簡単に鬼の攻撃に屈していく。
その様子を見て周囲の兵士は一気に戦意を
ある者はその場から逃げ出そうとし、またある者はそれすらできず呆然とその場に突っ立っている。
力がある者と無い者。
兵士たちはその圧倒的な差を残酷かつ暴力的な形で見せつけられる。
この世には自分たちの力ではどうしようもないことがある。
その事実をこの場の者たちは皆
「クソッ!」
その様子をしばらく見ていたイツセはたまりかねたかのように鬼に向かって走り出す。
「いかんっ!待てっ!」
そんなイツセの姿を見たスサノオは慌てて制止しようとする。
「父上、後ろ!」
オオクニヌシの言葉にスサノオは即座に後ろを振り返る。
するとそこにはスサノオの頭上に金棒を振り下ろそうとしている鬼の姿が。
「チィ!」
スサノオは何とかその金棒を自分の頭のすぐ上で受け止める。
「大丈夫です!私が必ずあの者を倒しますからっ!」
イツセはスサノオのほうを向いて叫ぶ。
そして鬼の方に向かって全速力で駆け寄っていく。
その様子を見て、今度はサルタヒコがイツセのそばに近づこうとする。
がしかし―
「おいおい、前鬼ばかり相手をしようとするのはズルくねーか!」
突然サルタヒコの目の前に青い巨大な鬼が現れ、進行方向を
「…クッ!」
そのためサルタヒコはその場に立ち止まらざるを得なくなる。
「オイッ、前鬼よッ!」
青い鬼はサルタヒコを前にしながら首だけ前鬼の方を向けて話しかける。
「テメエ、自分だけ勝手に突出しやがって!おかげでこっちはしばらく置いてきぼりだったんだぞッ!」
それに対して前鬼が相変わらず斧を振り回しながら答える。
「しょうがねえだろッ!何しろコイツら弱すぎるんでなあッ!次々ぶっ殺していったら止まらなくなっちまったんだよッ!」
その会話は戦いの最中としてはあまりにものんきな調子で交わされている。
そのときである。
「覚悟ーッ!」
イツセが持っている刀で斬りかからんと前鬼の元に駆け寄っていく。
「…ヘッ、ウゼエよ!」
前鬼はそう言いながら不敵にニヤリと笑う。
そして右手で巨大な斧を実に軽々と振り回し、イツセをなぎ払わんとする。
「なんのッ!」
しかしイツセはこの一撃を真上に飛び上がってかわす。
「テエエエエエーイッ!」
そうしてそのまま振りかぶって前鬼の脳天に刀を振り下ろさんとする。
だが―
「…残念だったなあ…」
イツセの刃が前鬼の頭に届く前に、前鬼の空いている左手がイツセの首をガッチリとつかんでいる。
「…おい、テメエ。ひょっとしてけっこう身分が高いんじゃねえのか…?」
しばらくイツセを品定めするように見ていた前鬼がつぶやく。
「…ウッ、…我が名はイツセ…。この軍を率いる者だ…」
イツセは少し息苦しそうにうめきながら答える。
「…ヘッ、なんとなく雰囲気が立派そうな感じがしていたが…、そういうことか…」
「兄上ーッ!」
そのときイワレビコがイツセに呼びかけながら前鬼の方に駆け寄ってくる。
そのすぐ後ろにはスサノオら高天原の者たちの姿も見える。
「…イワレビコ、…逃げろ…!」
イツセはイワレビコの方を見ながら訴える。だがその声は小さすぎてイワレビコたちに届くことはない。
「…おっと、こりゃあ早く片づけないとヤバイな…」
前鬼はイワレビコたちの姿を確認すると、イツセをつかんでいる左腕を高く
「…おらよおーッッッッッ!」
そう叫びながら、前鬼はイツセをつかんでいる左手を地面に叩きつける。
「止めだーッ!」
さらに地面に倒れているイツセの体めがけて、右手に握った斧を思いっきり振り下ろす。
「…兄上ーッ!」
走りながらその様子を見たイワレビコは絶叫する。
「…あ、…兄上…?」
ようやくイツセが倒れている場所のそばにまで来たイワレビコは兄の様子を見て絶句する。
イツセは体の斧を受けたと思われる
そして再び動こうとする気配は全く感じられない。
「…あにうえーッ!」
その様を確認したイワレビコは思わずその場に四つんばいになりながら号泣する。
「ヘッ、弱いくせに俺に立ち向かってくるからだ」
前鬼は倒れているイツセとイワレビコを交互に見やりながら呆れたように言い放つ。
「…ッ!」
その言葉を聞いたイワレビコは顔を上げてキッ、と前鬼を
「…ハッハッハッ、何だ、やるつもりか?」
そんなイワレビコを前鬼は加虐的な笑みを浮かべながらにらみ返す。
そのときである。
「…イワレビコ殿、ここは我らにお任せを。仮にも一軍の将たる者が命を
スサノオはイワレビコのすぐそばに近づいて片ひざをつく。そしてそのままその右手をイワレビコの左肩に当てて
「…クッ…!」
イワレビコはその表情に悔しさを
「…ケッ、なんだ来ねえのか。兄弟そろって弱虫の上に臆病者とはな…」
前鬼は露骨にしらけた様子を見せながら言い放つ。
「…オイ、そこの無駄に体がデカい
スサノオは立ち上がり、前鬼をにらみつけながら言う。
「アアッ!俺には前鬼って名前があるんだよッ!」
スサノオの言葉を自分への侮辱と受け取ったのか、前鬼は声を荒げて激高する。
「ならば一応名前で呼んでやろう。前鬼よ、貴様には一言言っておきたいことがある」
「何だよ?」
「はっきり言っておくが、イツセ殿は貴様よりも遥かに勇敢だ」
「ハアッ!テメエ、何言ってんだ?」
前鬼はスサノオの言葉を聞いて露骨に
「イツセ殿が貴様に立ち向かうのと貴様がイツセ殿に立ち向かうのとでは全く意味が異なるからだ!」
スサノオはその語気に一段と力を込めながら言う。
「ハッ、何言ってやがる!アイツは弱いからこの前鬼に敗れた。ただそれだけの話だろうがッ!」
そう言いながら、前鬼はスサノオを
「…どうやら貴様との間に会話を成立させるのは無理なようだな…」
スサノオは呆れたように言うと、右手を刀の
そのとき左肩に何者かが手を乗せてくる感触を感じて後ろを振り向く。
そこにはスサノオに鋭い目線を向けているタヂカラオの姿が。
「…なんだ、戦いたいのか?」
スサノオがそう言うと、タヂカラオは力強くうなずく。
「…フム、お主の働き場所を奪うわけにはいかんかな…」
そう言うと、スサノオは自らタヂカラオよりも後ろに下がる。
それと入れ替わるようにタヂカラオは前に出て前鬼と真正面から向かい合う。
その右手には槍がしっかりと握られている。
「…オイ、今度は逃げ出すなよ…!」
そう言いながら、前鬼はニヤリと笑う。
そして斧を振り回さんと右後ろに構える。
そんな前鬼に対してタヂカラオは無言で槍を自分の体の前方に構える。
前鬼とタヂカラオの様子を見つめながらスサノオは考える。
この戦いは武器を比べた限りでは明らかに前鬼の方が有利だ。
前鬼の持つ斧とタヂカラオの持つ槍の
しかし槍は斧よりも長さがない。
それはタヂカラオが槍で攻撃するためには、何とかして前鬼の斧が届く
タヂカラオは何とかしてこの不利を
両者はしばらくの間にらみ合ったまま動かなかったが、やがて戦闘が始まる。
「ぜえんしーんーッ!」
前鬼が一瞬ニヤリと笑ったあと、右手の斧でタヂカラオをなぎ払わんとするかのように振る。
それは十分に予想された攻撃とはいえ、そんなものは関係ないと言わんばかりの強烈かつ早い振りである。
「…クッ…」
タヂカラオはたまらず斧の届く範囲の外に逃げる。
そんなタヂカラオを前鬼は斧を振り回しながら
「オラオラーッ!いつまで逃げ回ってくるつもりだッ!」
「…クッ…」
前鬼は相変わらず斧を振り回しながらタヂカラオを追い回す。
タヂカラオはただ単に後ろに下がることしかできないのだった。
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