第34話✤湖水地方レトラト村

 ノイエファルカスの王都・フィオスから馬車で一日半の所に、王族の別荘地である湖水地方レトラト村はあった。

 街道沿いとはいえ少し山の方に入った場所にあり、広大な土地と大きな湖、そして幾重にも交差する小さな川が特徴の村だった。

 水の街アクオラも大瀑布のおかげで水量は豊かだけど、こちらは山からの雪解け水が主な水源なため、流れは緩やかだ。

 そして、広大な土地にも関わらず家は点々としていて、隣の家まで徒歩20分とかザラな感じだった。

 主に農業と牧畜がメインの街で、特産品は50種類にも及ぶ芋や瓜や根菜、グリューンシャーフやアイスゴートの毛や乳、加工肉、そして寒い地方でも育つよう品種改良された葡萄からなるワイン等だった。

 勿論、他にも作れるものは作り、ほぼ物々交換で相互互助で成り立っていた。

 なのでここでは冒険者ギルドは小さな出張所のみで、商業ギルドの他に農業・畜産ギルドがある珍しい村だった。

 なにせ、飼育動物が人の数の20倍はいるし、収穫物も土地に比例している。

 イメージしやすい例を上げると、アイルランドと北海道のいいとこ取りみたいな場所になる。

 うむ、これはマルシェが楽しみな所だ。


「枢がワクワクしてる」

「母の目がハンターの目になってる……」

「枢、枢。小遣いやるから僕に美味しいものお願い!」


 ふはははは!なんとでも言うがいいさ!

 荷解きとかあまりしなくていいお気軽な冒険者家業だもんね!

 別荘ついて一通り掃除してお茶飲んだら、市場にカチコミ行く気満々ですが何か!?


「ちなみにマルシェはこの街の中心部がメインですが、火と土の日には東西南北の噴水広場でも露店がありましてよ?」

「北区は山を擁してますので放牧地帯になります。なのでグリューンシャーフ、アイスゴート、エンペラーカウ、リトルディアー、リーフボア等も飼育されているので食肉等の加工品。西区は果樹園が多く、ワインや果実酒、果実酢等、東区と南区は農業地帯なので収穫品等がメインですね。中央区は商業系の店が立ち並んでます」

「へぇー。ますます楽しみだなぁ」

「王家へ納品している業者がおりますので、後ほどご紹介いたしますわね」


 ミルッヒちゃんとラクト君の説明を聞きつつ、ワクワクするのが止められない。

 は各地を転々とはしたものの、こういう細かい場所へは用もなく、そんな余裕も皆無だったしね。

 そもそもここが開拓されていたかどうかも怪しいし。

 だから聖やメルトと一緒に気ままに諸国漫遊できるのが凄く楽しい。


「あ!見えてきましたわ!あれが私達がこの冬を過ごす別荘ですの!」

「築年数は古いですが、折に触れて改修や立て替え等をしてますので、快適に過ごせるはずです。メインキッチンはもとより、サブキッチンも大きいので、こちらの方は枢さんの好きにして大丈夫ですよ」

「ありがとうございます!」


 サブキッチンの様子を見て追加で魔道コンロや作業台を置くことにしよう。

 まずは市場だ。


 はやる気持ちを抑え込むように、僕らを乗せた大型馬車は別荘の門をくぐる。

 別荘は中央区より外れてやや北寄りの、山肌を背負うような感じで建っていた。

 外見は大型の可愛いホテルの様なカントリーハウスの3階建て。

 左右に大きな棟があるので、どちらかが王族用なのだろう。


「先に出発させていたメイドやスチュワート、家令、管理人等が既に掃除を済ませているかと思いますので、軽くお茶にしたら街まで行きましょうか」

「そうですね。枢さん、僕らが冬の間ここに滞在することを伝えていますから、毎日新鮮で十分な量の食料が朝と夕方には届きますよ。サブキッチンにも運ぶ手筈になってます」

「本当?!嬉しいなぁ!」

「料理指南、よろしくお願いします」

「喜んで!」


 さて、安請け合いしたところで別荘に着けば、中から家令だろう年老いた男性と、中年の男性が出迎えてくれた。


「ミルッヒ様、ラクト様!お元気そうで何よりです!クレイ様のご活躍はよく耳にしております。それと、護衛の聖様、枢様、メルト様ですね。この館の管理人をしておりますアディと申します」


 中年の男性がぺこりと頭を下げてくたのでこちらも頭を下げた。


「ミルッヒ様、ラクト様。長旅お疲れ様でした。お客様、私は第三家令のレスターと申します。冬の間はアディと共にこの家の一切はお任せ下さい。早速、サブキッチンにも食料を入れ、調理器具や魔道コンロは新品に取り替えてあります」

「ありがとうレスター、アディ。聖様御一行はクレイ殿下の護衛であると共に、私達にとって大事なお客様です。皆にも伝えておいて下さいな」

「枢様は僕に料理を教えてくれる先生でもありますし、聖様には剣や槍を教えてもらう予定です。それにメルト嬢は幼くはありますが、優秀な魔法使いです」

「かしこまりました。ミルッヒ様、ラクト様。皆には徹底しておきます」


 それではと中に迎え入れられ、大きな暖炉のあるリビングに通された。

 部屋の中は充分に温まっており、暖炉の前にはアイスゴートの毛で編まれた絨毯にローテブルと半円型に3人がけのソファが3つ並べられていた。

 何も無ければここでくつろいでいてもいいらしい。

 運ばれてきたお茶は暖かいミルクティーに蜂蜜と生姜を淹れたもので、体を温める為のもののようだ。

 2杯目からはストレートティーになっている。


「それでは各自1時間後に、ここに集合でよろしいかしら?」

「問題ありません」

「おう」


 それぞれが返事をして、部屋付きのメイドさんに案内してもらった。

 僕らはクレイ殿下とは逆方向の別棟に案内される。


「ミルッヒ様より聖様方は御家族とお聞きしておりますので、こちらの大部屋がよろしいかと思いました。もし、お部屋を分けたいのであれば、左右に一室ずつ、寝室がありますのでそちらをお使いください。また、簡易キッチン、お風呂などもありますのでご自由にどうぞ。お戻りになられましたらサブキッチンの場所に御案内いたしますね」

「ありがとうございます。冬の間よろしくお願いします。こちら、皆さんでどうぞ」


 と、伝家の宝刀【クッキーとパウンドケーキの詰め合わせ】を手渡した。

 何気にお礼や賄賂に使えるので、作り置きしたやつです。

 クッキーはプレーン・紅茶・アーモンド・オレンジピール・ジンジャーの5種類が20枚ずつ合計100枚。

 パウンドケーキはプレーン・オレンジピール・チーズの小さめが3本。

 今回お世話になるメイドさんたちの数なんかを考え、2セット渡してさらに個人でたのしんでね、とどこかの王都で買った紅茶缶と小袋サイズのクッキーも上に乗せた。

 いうなれば、心付けチップだ。

 多少なりとお世話になるしね。

 これで円滑にいくなら僕の調理の手間などプライスレスですよ。


「ありがとうございます。後ほど頂かせて貰いますね」

「足りなかったらまたお作りしますから、言って下さいね」


 にこりと微笑めば、メイドさん……キリアさんはぱぁっと顔を輝かせた。

 甘味はいくらあってもいいからね。


「それではお時間の少し前にお声を掛けますね」

「はい、よろしくお願いします」


 キリアさんが退室したので、改めて部屋を見てみる。

 3LDKが丸ごと一部屋になったような作りで、窓際の一番奥の両サイドにはクイーンサイズくらいの大きなベッドがふたつ。

 それぞれが天蓋付きで衝立もあるので仕切れば個室みたいにはなるだろう。

 そして右側にはリビングにあったのと同じサイズの大きめの暖炉とローテブルに二人がけソファが3つ。

 ここで食事も出来るようにテーブルセットやお茶の道具などもあった。

 左側は簡易キッチンで魔道コンロが2台、作業台がふたつ、保管庫パントリーにはちゃんと食料が詰まっていたし、日持ちするパンも納められていた。

 お風呂は個人用の小さめのものだったけど、トイレも設置してあるし至れり尽くせりの良い待遇だった。


「さて、まずは外に出るために着替えますかね」

「「はーい」」


 メルトはこの間師匠に貰った冬装備を、僕と聖は普段通りの冬服に師匠から貰ったものを身につけた。

 まだ待ち合わせまで時間があるので、のんびりとお茶をすることにした。


「俺、あれがいい。さっき渡してたオレンジピールのパウンドケーキ」

「メルトは紅茶のパウンドケーキがいいです!」

「わかったよ。切り分けるから待ってね」


 暖かな紅茶を淹れて、ケーキを切って、なんか久々にゆったり出来てる気がした。

 冬の間は何事もなければいいなぁ。


 あ、フラグじゃないからね?!

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