第13話✤人助け続行中と勇者様
杏が戻って来た頃にはサヘル用のご飯準備は終わっていた。
まずはお米をたっぷりの野菜スープでトロトロになるまで煮込み、少量の塩、そして溶き卵で味を調えたものと、体調を整えてくれるちょっと苦い薬草茶、口直しの蜂蜜入りのミルクティを渡した。
「……普通にごちそうなんですけれど……」
「二人の分は別であるからね。どっちで食べる?」
「お礼もあるのでこちらで。まずはサヘルに食べさせてきます」
「いってらっしゃい」
杏が自分たちの天幕に戻るのを見届けてから、僕ら用のご飯に取り掛かる。
先ほどサヘル用のおかゆにも使った野菜スープに味付けをし直す。
バゲット二本を聖に切り分けてもらい、魔導コンロと焼き網を出して少しあぶってから半分はチーズをのせてもらう。
ドロップしたカルネブエの肉を使った根菜入り煮込み、ラムチョップ、ラムステーキなどを焼いていく。
副菜はポテトサラダでいいだろう。
もっと出してもいいが、今まで携帯食で凌いできただろう二人にはちょっと重いかもしれないので、食べっぷりをみてから追加しようか。
リラックス効果のある葉をブレンドしたミルクティと柑橘系の果実水、聖にはちょっとだけ酒精のあるワインを出しておく。
この程度であればあの二人も飲めるかもしれない。
「お待たせいたしました。サヘルはまた寝たのでお邪魔します」
「あ、あの、お邪魔します……。毛布、有難うございました」
杏とレネが安堵した表情で戻って来たので、サヘルはもう問題はないだろう。
あとは栄養を取って丸一日寝ていれば戻れるはずだ。
「いらっしゃい。今回は大変だったね。俺は聖。こっちは娘のメルト」
「宜しくお願いします」
聖の太もも辺りからひょっこりと出てきたメルトはぺこりと頭を下げた。
初対面の杏にやったような挨拶は逆に気を使わせてしまうと学習したようだ。
「か、かわいい……」
「ね?可愛いでしょー?」
「あ、ありがとう……?」
女の子二人に可愛いと褒められる機会はそうなかったメルトは、ちょっと戸惑っていた。
うんうん、うちの娘、可愛いでしょ。
「とりあえず座ってご飯にしようか。足りなければもっと出せるから、遠慮なく食べてね」
「「はい!」」
出された料理に二人はおおはしゃぎだった。
ダンジョンにこもってから1週間、携帯食のみの食事とドロップ品だけで凌いできたと話していた。
確かに、塩辛い干し肉、日持ちだけはする水分の飛んだ固くて黒いパン、セーフティエリアにある水の魔道具で補充できる水だけ、ともなると心がすさんでくるよね。
「ドライフルーツも少しは持っていたんですが……」
「早々になくなりまして……」
「わかる。乾燥リンゴとか気が付くとしゃぶってるしいつの間にか消えてるし」
携帯食クソマズイ談議に聖と杏とレネが花を咲かせていた。
「母、メルト携帯食食べたことがない」
「あれ?そうだっけ?」
「うん。父がいつもあれはクソマズイ、クソマズイって言ってるのを聞いていただけ」
「母!?」
「え?枢さん、女の人……?あ、でもエルフだから外見ではわからない……?」
おや、そこに食いつきましたか。
「メルトの母親役でもあるんですよ。主に家事全般を受け持っていて、勉強や礼儀作法なんかをメインに教えてます。父親役は聖で十分なので」
「母のご飯美味しい。父の訓練大変」
「確かに……このご飯の美味しさ……母親だわ……」
「勉強……礼儀作法……習いたい……」
「母、携帯食……」
「あ、メルトちゃん。私の持っているの食べてみる?最低ランクの携帯食なんだけど」
「杏!それはダメなんじゃ……」
メルトの興味に杏が反応し、腰に下げているポシェットから干し肉の入った小袋を取り出した。
確かに最低ランクともなると……材料がねぇ……。
携帯食に使われている干し肉は言ってしまえばゴブリンやウルフなどのあまり食用に向いてない、が一応は食べられる一番安いランクの者だった。
お金を出せばオーク肉やカルネブエ、ワイバーン、コカトリス、ボア系なんかの美味しい干し肉入りの携帯食が手に入るが、駆け出しから中級に上がる手前くらいまでだと手が出ないだろう。
たまに報酬の一環として支給されるくらいか。
「頂きます!」
メルトが目をキラキラさせて袋の中の一枚を手に取り、口に放り込んだ。
……が。
「……は、はは……」
涙目でこっちを向いたメルトに、にっこり笑って頷く。
貰ったものは食べきりなさい。
「うう……」
涙目になりつつも、メルトは干し肉を口に入れ、モグモグと咀嚼して飲み込んだ。
「なにごとも……けいけん……。メルト学んだ……」
柑橘系の果実水を飲みながら、メルトはそう呟いた。
「なんか……すみません」
「ごめんなさい……」
「いいんだよ。これも実学の一つだし。メルト、場合によってはこの携帯食がメインになることがあるからね」
「うん……がんばる……」
ちょっと良い物を食べさせすぎたかな?粗食にも慣れてもらわないとねぇ。
「そういえば皆はダンジョンに何をしに?レベル上げ?」
「それもあるんですけど、カルネブエの上位種の肉の納品クエストがあって……」
「それを5つ納品で銀貨8枚と素材の買取価格1割上乗せの報酬がもらえるので、三人でなら、って来たんですが……」
「大きな群れに遭遇しちゃったのかー」
「はい……」
そういえばメルトが倒していた中に、一回り大きな個体がいたから、それの肉かな?
こっそりと共有魔法鞄を覗いて確認してみると、ビンゴだった。
「でもあと一つなので、サヘルが動くことができるようになったら、一旦戻ってまた来ます。分割納品可能みたいなので」
「そうだね、一度戻ってギルド所属のヒーラーに見てもらうといいよ。一度エンプティ状態になると、能力値が下がることが稀におきるから」
「え?そうなんですか!?」
「うん、あんまり症例はないけれど、そういう報告はあるよ」
実は僕も一度エンプティ状態になって、能力値がちょっとだけ下がった口だ。
昔ちょっと頑張りすぎて死にかけた人の命を取り留めようと無茶をした時だった。
手持ちのアイテムも魔道具も、虎の子の魔力タンクとして貯め込んでいた宝石も魔石も生命力さえギリギリまで使ったのだ。
そりゃぁ、能力値が下がるし、それだけで済んだのは僥倖だった。
結果、その人は今、ちゃんと生きていて田舎で果樹園を営んでいる。
たまにだが、手紙のやり取りもあるのだ。
それに、能力値の低下だけ済んだのは聖のおかげでもある。
聖が僕への負担を軽減させるために補助動力となってくれていたことを、目が覚めて寝たきり状態になってから看護士さんに聞いた。
勇者様なのにまた無茶をして……、と口にしたらものすごーく怒られた。
俺とこの子を残して逝くのか、と。
俺をこの世界につなぎとめる役割があるんだろ、ならこれからは枢の全部が俺のものだ、いいよな!って泣きながら言われちゃったら頷くしかないじゃない?
結局僕は聖やメルトからのお願いには弱いのだ。
「わかりました、ギルドにも相談してみます」
「そうした方がいいよ。それよりも、もっとご飯食べられる?」
話し込んでいたら料理の殆どは消えていた。
聖やメルトもまだ食べ足りない表情をしている。
「はい!」
「い、いただきます……」
では、とバゲットを二本また聖にやってもらい、僕は作り置きの中からショートペンネサラダ、ローストビーフを取り出して切り分けた。
まだ残っているラムチョップや煮込み料理も温め直してから大皿に乗せ、口直しの素焼きのナッツ類を出した。
「これ、ほんと美味しいです!」
「煮込み料理と焼いたパンが最高です」
うんうん。若者はどんどん食べていいんだよ。
僕はお爺ちゃんなのでもうお腹いっぱいです。
「そういや杏って名前、珍しいな」
「ああ、そうですよね。実は先代勇者様から賜った名前なんです」
「ふふぉ!」
「……は?」
「枢さん!?どうしたんですか?」
「い、いや。大丈夫。なんか変なとこはいって……」
先代勇者っていうとあれかー。あいつかー。あの博愛主義者かー。
「先代勇者様?」
「はい。私の祖先が先代勇者様の随伴者で、大侵寇時の働きの褒美として、えーと50音、でしたっけ?それぞれに因んだ名前の一覧を賜りました。杏の次は伊織、卯月、永夢、桜花などですね。直系は子孫は産まれたときにランダムでそこから名付けされるんですよ」
「へぇ。先代勇者様、頑張ったんだなぁ」
「そいえば、聖さんと枢さんも同じ文字……ですよね。ニホンゴ?でしたっけ」
「僕と聖も似たようなものかな。勇者様に関係した人がたまたま近くにいてね」
若干一名、現勇者様が目の前におりますけれどね。
まぁ、あの戦争から8年は立ってるし、終戦と同時に5年間は行方くらましてメルトを育てるために数名しか知らない場所にいたしね。
なので、育った勇者様である聖の顔を知る者はいない。
名前だって貴族とか戦争関係者くらいしか知らないし。
こんな地方のダンジョンに来るような人は聖の事を知るわけもない。
「そうなんですか。奇遇ですねぇ。それに、勇者様が召喚されたときって、ニホンゴ?の名前が流行ったり、勇者様の知恵でいろいろが改善されたりしますよね」
「そうだね!」
確かに、住みやすくなったよねぇ。
「始まりの勇者様はとても知識に秀でていて、国を一から興したとも聞きますし」
「ブッフォ!!」
「枢さん!?」
「母?」
「おい、枢、大丈夫かさっきから」
だ、大丈夫。うん。
「国を……興した……?」
「ええ、うちの祖母は語り部でもあるんですが、初代勇者様は知恵も知識も豊富で、誰も思いつかないような事業もたくさん立ち上げて、一国を興したと言われているんです」
「……へぇ……」
「魔法が主体なこの世界で、魔法が使えない国から来た勇者様が提案するものはどれも人々を豊かにしたと聞いてます」
「そう……だね」
まぁ、嘘は言ってないんだけどなぁ。うん。
なんか事実が捻じ曲げられている……というか美化されてる気がする。
「さて、そろそろお開きにしようか。サヘルが一度目が覚める頃じゃないかな」
「あ!すみません、一人で喋ってて」
「ううん。沢山話が聞けて良かったよ。これ、良かったら三人で食べて。鍋は明日返してくれればいいよ」
僕はコーンスープを鍋ごととバゲットを二本、二人に持たせた。
うん。バゲットはこれでもかというくらい焼いたからね。
「ありがとうございます!」
「また明日、ご挨拶にうかがいますね」
「ではおやすみなさい」
「「おやすみなさい」」
二人が天幕に完全に入ってから、僕と聖は言いようのない疲れを感じた。
はー。お風呂入ろう。
そして、冷たいワインとチーズでちょっと記憶を飛ばしたい。
ささっと片づけをして、僕らはそそくさと自分の天幕に戻るのであった。
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