第10話✤本日のご予定は?

「市場で食材その他、色々見てからダンジョン用のご飯の作り置きをします」

「俺はメルトの魔法訓練の付き合いかな。ユレスクダンジョンの魔物配置や特攻属性なんかの把握とか·····」

「メルトは訓練終わったら母の手伝いしたいー」


 ということは、市場は1人で行きますかね。

 こういうところは割とあっさりと別行動出来るのです。


「市場の仕入れにも寄るけれど、食べたいものリストを帰ってくる前までに作っておいて。昼前には戻るつもり」

「了解。メルト、こっちを先にやるか」

「了解であります!」


 さて、それでは行ってきますかね。




 ユレスクの街の市場は商業区画と呼ばれる、商会や小売販売店が集まる区画の手前の広場にあった。

 街を4区画にわけ、さらに9区画にわけたそれぞれの中心部に共有井戸や洗い場が設置されている。

 そのうちの1区画がほぼ丸ごと、市場となっているようだった。


「大きいなぁ」


 市場の入口には総合案内所があり、そこで売り物マップが銅貨2枚で売っていたので購入。

 案内所は商会の持ち回りで、ここで得たお金は区画整備に当てられると書いてあった。

 マップには商会直営店や個人店なんかが記載されていて、場所は固定だと言う。

 1年に数件は入れ終わったりするが、殆どはそのままだと言う。


「まずは食材の方から見ていくかな」


 マップによれば奥の方にあったので、そこをめざして歩いていく。

 食材の露店はほんと千差万別で、肉にしても食肉であればそこそこ高級な物も取り揃えていた。

 流石にドラゴンの肉はなかったけれど、ワイバーンやミノタウロス、ジャイアントキングディアーなんかもあって、見てるだけで楽しい。

 肉はダンジョン産らしく、露店と契約している冒険者が、丸ごと持ってきたりもするらしい。


「ダンジョンの最下層の肉は滅多に見ないから、狩ったらうちに下ろしておくれよ。色つけて買い取るよ!」


 とか言われたのだけど、多分聖とメルトの胃の中に収まるので無理かもしれない。


 肉に関しては聖がかなりの量を狩ってくれたし、部位ごとに捌いてカットもしているので、足りないものは無いんだけれど、ひき肉系だけは買ってしまう。

 やはり、ミンサー買おうかなぁ。粗さがわけられるやつ。

 ついでにパスタ生地を平にするやつも欲しいな。


 メルトの手前、なるべくならこの世界のものを食べさせたいので、美味しくする努力は惜しまないのです。

 僕のネットスーパー(異世界通販)のスキルがあっても、メルトにはない。

 僕自身長命種なので、メルトが死ぬまで一緒にいてご飯を提供出来るけれどね。

 そんな僕だって、いつ死ぬかわからない。

 なんの前兆もないのに、突然コロリと逝ってしまう世の中だし。

 なのでメルトにはこの世界の食材を使った、美味しいものを伝えたい。

 いかに美味しくするかは僕の腕にかかっているんだけどね。


「次はお野菜かな」


 珍しい腸詰や燻製肉、ハム等の加工肉を手にいれて、こっそりと魔法鞄に入れる。

 そのあと、野菜コーナーを覗くと、農家直営だったり自分の畑のだったりと色んな物が売っていた。

 バカでかい米なすみたいなのがあったので、一山53本入りを購入。

 米なすの3倍は大きいので、食い出があるね。

 味噌とネギで焼いてもいいし、ミートソースとチーズで焼いても美味しいやつだ。

 スライスして甘辛いタレで焼けば、ご飯も進むしね。


 そのあとはアーティチョークみたいなギザギザの実を二山分購入。

 これ、見た目は黄色いアーティチョークだけれど、4つに切って分厚い皮をつまめばするんと剥ぐことが出来る。

 中身は素揚げしたり蒸したり。身の部分を少し残した状態で米とほじった身を混ぜて、皮を皿替わりにしてオープンで焼くと、残した実も外れやすくなって食べやすい。

 久しぶりに作ろうかな。

 野菜をひょいひょい買い込んで、これまたこっそりと魔法鞄に収納した。


「魚関係は流石に干物しかないかー」


 仕方がない、お魚だけは通販を使おう·····。

 この街のダンジョンから出てきて、次は·····となったら港町を提案してみるかな。


 次は·····と、何だか色々と見て回るのが楽しくなり、ついつい露店の店先を覗いてしまうのだった。




「ただいまー。すぐお昼にするねー」


 一通り楽しんで来たら、少しだけ遅くなってしまった。

 もともと、前世はウインドウショッピングが好きだったし、尾道生まれだったので1人で街の散策とかが趣味だったから、つい時間を忘れてしまうのだ。反省。


「おかえり。そんなに待ってないから大丈夫だし、あり物でいいよ?」

「母おかえりなさい。お手伝いするよ」


「ありがとう、2人とも。なら今日は微妙に残ったお惣菜祭りと行こうか?」

「やったー!おかず沢山あるの好きー!」

「やった!アレまだある?白身魚のカレー味のカピタ」

「確か2切れ位ならあったはず。じゃあメルトと聖は食器の準備してて。大皿にまとめてくるよ」


 滅多に使わない直径30センチの大皿はワンプレート用に買ったやつだ。

 予備も含めて5枚はあるので、今回のように今までの、少し残ったおかずをまとめ乗せするのに便利だ。

 いつも大量に作って、残ったらしまっていると、端数が余ることがしばしば。

 スープ類も後1杯には多く、2杯には少ないのとか。

 今日はそれらを大放出。

 聖が言ってた白身魚のカレー味カピタや、揚げ物アソートの残り、あと1本しか無かった串焼きの肉、ポテトサラダや箸休めなどなど。

 全部まとめて3皿と、新たにチキン南蛮を5枚分とペペロンチーノを2人前出した。

 2人が食べる量としてはこれで大丈夫かな。

 土鍋で炊いた熱々ご飯を2つ取り出し、それぞれのお椀によそってからいただきますをした。


「端数はこれで終わりかな。あとはまだ何種類かは丸ごと残ってるから、足りなかったら出すからね」

「はーい!」

「ん、わかった」


 午前中はどんなことをして過ごしたのか、ダンジョンには何が出るのかとか、色んなことを話しながら、食事を楽しんだ。




 食後休みと言って、メルトは自分の魔法鞄から大きなぬいぐるみを出して、日当たりのいいところにマットを敷いて寝てしまった。

 それを見計らってか、洗い物をしている僕に、聖が後ろから抱きついてきた。


「なぁに?甘えたさん」

「んー」

「クッキーでも出す?」

「んー」

「なぁに、どうしたの?」


 身長差から、僕の背中に顔を埋めたまま、動かない。


「·····」


 小さく、でも僕の耳にだけ届いた『お願い』の言葉に、僕は午後のタスクをほぼ諦めることにした。

 なんかまだ、前の街での事が引っかかっているのか、今までよりも距離が近かった。

 わかるけどね。でもこの世界ではよく見る光景なんだよ。


「·····1時間だけだよ」

「·····うん」


 洗い物を片付け、メルトに毛布を掛けてから、主寝室へ。

 宿よりは気にしなくてもいいけれど、しっかりと防音と振動無効の結界は張って貰おうと思う。


 さて、これからの1時間、僕は相当な覚悟をしなければならないんだよね·····。

 若いって、凄いよねぇ·····。



 ◆◇◆



 これが……若さか……。


 僕はねぇ、おじいちゃんなんですよ……。

 見た目は20歳ちょい位なんだけれど、実際は前世+今生で立派な100歳超余裕越えで、日本人の感覚のままなもんだから自分でもおじいちゃんだと思ってる。


 痛む腰をヒールで治し、後始末なんかも魔法でちょいっと。

 喉が渇いたのでそっと部屋から出てリビングにいく。

 メルトが起きていなくても、そろそろ起こさないと夜眠れなくなるからね。


 メルトを探すと、先ほどと同じ場所に大きなぬいぐるみを抱えてぼーっとこちらを見ていた。


「メルト?お茶にするけれど、飲む?」


 メルトの目の焦点が合ってない……。

 あれ?これってもしかして……。


「ふむ、茶か。頂こうか」

「……邪龍……」

「そう嫌うでないわ。邪龍も神龍も別側面。同一存在じゃぞ?」


 と、メルトは幼い容姿に似合わず、老人の様な喋り方をした。

 神龍の一部たる邪龍さんはたまーに出てくる。

 本人(本龍?)にしてみれば、微睡の中で見る現実ゆめとのこと。

 たまに出てきてこの世の情勢を知るのが面白いらしい。


「はい、お茶です」

「おお。我が好きだと言ったマスカットティではないか。覚えてるなど、やるのう、神官」

「もう神官じゃないですよ」

 

 まぁ、厄介な面と言えばこの状態でもメルトを操って2,3国なら再起までに100年コースに出来るという点と……。


「そうじゃったか?なぁ、護国寺要ごこくじかなめ。人間共にいい様に使われていた神官がこうも立派になるとはの」

「……今は神宮寺枢だよ」


 過去の『かなめ』を知っている点だ。

 神龍は唯一の存在。

 その記憶は途切れることはなく、存在そのものがすべてを識る記録媒体でもある。

 ゆえに、神(邪)龍アレス・レコード


「まぁよい。此度の勇者はほんに心が子供のままじゃのう。お前を抱くのも母の乳を吸うのも同義じゃ」

「言わないであげて。まだ母親が必要な歳でこっちに来ちゃったんだから」

「ソレ自体がおかしい事なんじゃがのう……」


 ふむ、と邪龍が考え込む。

 たしかに、今までの歴代勇者はもっと年齢が上だった。

 大体が15~25歳の間で、聖の様に10歳未満の子供は初めての事だった。

 しかし、神龍に認められ、神器と共にやってきたことは確かだ。

 子供特有の恐怖心によるヒステリックなところもなかったし、魔物を初めて殺した時も平然としていた。


「自分とはいえ、あの神龍バカが何かミスったんじゃろな。今の我にそれを確かめる術はないがの」

「それでも感謝はしているよ。聖といると楽しいんだ。メルトも可愛いしね」


 お茶のおかわりとオヤツのパウンドケーキを出せば、一切れつまんで口に入れた。


「はー。あの感情の起伏もなく、人形のようじゃったお前がなぁ」

「前世時代は酷かったと思うよ。何せ自分で考える事さえ制限されてたからね」

「我(神龍)もあれは酷かったと思ったぞ。なのでこっそり神託を出したのじゃが、巡り巡って我と勇者の母親役とはなぁ」

「その節は有難うございました。これからも大人しくして頂けるとありがたいですね」


 お礼に、とエクレアを差し出した。


「む、あまり食うと夕飯が食えなくなるからもうよいぞ。次にでも出してくりゃれ」

「わかりました」


 メルトの事を慮ってくれるあたり、律儀な邪龍だ。


「そろそろ暇とするが、気を付けろ。あのウサギが動き始めたぞ」

「ウサギ……って、あのウサギですか?ていうかあれ、ウサギじゃないですよね」

「何だったかの。兎神族ラビリスじゃなくて……」

精霊外星人エリュシオンですよ。死常の国の住人です」

「そうかそうか。まぁせいぜい気を付けることじゃ。お前ら三人、どう考えても厄介事に好かれておるからの」


 邪龍はそういうと、あくびを一つしてメルトの奥に引っ込んでいった。

 ふらりと倒れるメルトの体を支え、マットに寝かした。


 それにしても、ウサギかぁ……。

 見た目は銀髪美形のお兄さんなんだけれど、頭にでっかくて長いお耳がふさーっとある人だ。

 常に暇してて娯楽を探していて、厄介ごとや面白そうなことに首を突っ込んでくる厄災トラブルメーカーだ。

 精霊外星人、というだけあり、この星の外から飛来した唯一の存在で、この世界の理の外にいる。

 ゆえに滅多なことでは事象から観測されないし、そこに居ても任意で居ないものとされることができる。

 厄介オブ厄介。

 そんな人が動いてるって前もって知っておくことに越したことはないか……。

 うん。




 ちょっとだけ憂鬱な気分になったけれど、ダンジョン用のご飯を作り始めた。

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