第2章 大学生 ⑤近いようで遠いね

ユーゴは大手飲料メーカ―のマーケティング部でブランドマネージャーをしている。近い将来フランの経営を担うための勉強でもあるらしい。楓はユーゴの部署でコピーをとったり会議用の資料を揃えたりするなどの雑務をしていたが、次第にリサーチ用の情報収集や集めた情報を資料にまとめるといった仕事も頼まれるようになり、たまに新規企画のアイディア出しなどにも参加させてもらうようになった。


会社で働くのは初めてで、最初はコピー取りでも緊張していた。資料のまとめ方がよくわからずだらだら情報を並べて書いたら、ユーゴではないほかの社員に「わかりづらいなあ。大学のレポートじゃないんだからさ」とつぶやかれてものすごくへこんだ。大学生のバイトに資料のまとめ方を教えてやり直しさせるほど会社は暇ではない。結局、楓がまとめた情報をもとにその人が自分で資料を作りなおした。二度手間になっただけでと楓がしょげていたら、最初はみんなそんなものだよと、ユーゴが資料のまとめ方を教えてくれた。彼は細かいことには気にしないおおざっぱなタイプだと思っていたが、仕事に関してはとても細かい。細かいというかスキも無駄もなく、つまり仕事ができる。就職したらユーゴみたいな優しくて楽しくて頼りがいのある上司だったらいいなと楓は思った。


アメリカに行った樹とは週末にビデオ電話で話すことにしていた。時差があるので平日はなかなか時間を合わせることができない。日曜の夕方5時から夜の10時(コネチカットは朝7時から12時)の間に樹から電話がかかってくることになっている。


フリーで使えるライン電話はお金のない大学生の遠距離恋愛にはとても有り難い。

話す内容はお互いの1週間分のたわいない近況報告だが、海外に行ったことがない楓にとって樹が話すアメリカの学生生活や町の話はなんでも面白かった。


大学の寮は2人一部屋で、樹のルームメイトはLAから来たサーフィン好きの学生だという。


「健康的で明るくていかにもカリフォルニアの輝く太陽が似合うナイスガイだよ」

「カッコいい?」

「見たい?」と樹が聞いたとたん、くりくりした金髪の白人男性が画面に現れ、ハロー、こんにちはーと手を振っている。ハローと手を振り返すと「ハロー! アー、ワタシハ、ジェームスデス」と人懐こい笑顔を見せてから樹に代った。


「本当、明るいね」

「うん、ユーゴ君並み」

「そういえばユーゴさんがイエール大学のステンレスボトルを買って送ってくれって言ってたよ」

「やだよ、なんでステンレスボトルなんだよ。自分で買いに来いよ」

「そのまま伝えておく」

「ユーゴ君の会社のバイトはどう?」

「わからないことも多いけどユーゴさんが親切にフォローしてくれるからなんとか。ユーゴさん、丁寧に教えてくれるからすごく勉強になる」

「あれで面倒見いいからね」

「仕事ができてカッコいいのよ」

「ふーん」

「あ、妬いた?」

「別に」

「なーんだ」

「なんで従弟に妬くんだよ」


画面の向こうで樹が笑う。近いようで遠いなあと思う。


樹の大学の夏休みが終わるまではのどかにテレビ電話で逢瀬を続けていた。けれど新学期が始まると楓よりも樹の方が時間に余裕がなくなり、毎週のテレビ電話デートもままならなくなった。アメリカの大学は課題の量が半端じゃない。1日に大量のリーディングの課題が出るそうで、ネイティブかどうかに関係なくその量を読むのは大変らしい。学生は皆、図書館にこもりきりになるという。


樹はなにかに夢中になると食事も抜かして集中してしまう。山盛りの課題に取り組んでいるときには時間を忘れ、気づけば楓との電話タイムを逃していたということもしょっちゅうだった。日曜日の夕方はスマホを前に楽しみに待機している楓の方はすっぽかされて大層がっかりするが、仕方がない。


仕方がないと思ってはいるのだけど――。


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