第168話 遠い先だった筈なのに
俺と瞳は九月一日から二週間、爺ちゃんの群馬県の山の中にある合宿所、と言っても宿泊施設、室内稽古場、外稽古場、山の鍛錬場それに自炊場など一通りが揃っている場所で鍛錬に励んだ。
型、組手、自稽古等はいつもの通りだが、ここでは楽しみな事もある。地元の人からも頼まれている事だが、山中にいる害獣駆除だ。
経験と熟練度に寄っては防具も当然つける。空手と柔術、棒術等を自由に取り入れ組合わせる事により、一連の稽古を獣相手に実践で行う。運悪く出会わない事も有るがそれはそれで道なき山歩きという楽しさもある。
獣は突進し、飛跳ね、噛みつき、引掻く。これらを避けながら獣の急所に一撃を何度も打ち込むスピードと、流れるように技を繰り出す事が出来なければ反対に酷い目にあう。だから熟練でない人はしっかりと防具を着けていないと大変な事になる。
来てからの一週間は型、組手、自稽古で汗を流す。三日目からは体が軽くなって来て気も集中出来る様になって来た。
東京という街での生活にまだ慣れていない俺には、最高の時間だ。瞳も勉強で同じらしく自分より体の大きな有段者を相手に凄い動きで鋭い技を連発し相手を翻弄している。
妹は綺麗な顔と細い体をまるで遊戯の様にしならせて、次々と技を繰り出していく姿を見るとこの前言っていた事も理解できるような気がした。洋二さんの前では乙女だが。
「達也、瞳は一段と切れが出て来たな。これもあの立花家の長男の所為かの」
「さあ、でも俺が見ても一連の動きに切れ目が有りません。あれでは相手している人が反撃するきっかけをまったくつかめないでしょう」
「そうじゃな」
そして残りの一週間と言っても一日中ではないが、朝早くから昼にかけて皆で山に行く。
道が無い登り坂や下り坂を歩き、木の上や陰、土の中の動きも注意しながら歩いて行くと突然獣が飛び出してくる。一瞬目が合った後は物凄いスピードで逃げ出すか向って来る。
足場が悪いだけに相手をするのは大変だ。それでも周りの木や蔦を使い攻撃を受け流しながら攻撃を加えて行く。
棒も有効だ。普通は六尺、二メートル弱を使うが実践ではもう少し長い三メートル使う。狭い所で振り回す愚かな者はいない。
ここは季節によって、ハクビシン、タヌキ、猪、時は熊も出没する。猿は余程でない限り俺達に仕掛けて来ない。自分達が不利だと悟っているのだろう。
俺は、一週間でハクビシン二匹とタヌキを一匹、それに親猪を一匹捕まえた。瞳はハクビシン一匹と子供の猪一匹だ。今回は熊が出て来なかった残念だ。あいつの胆のうは怪我に良いのだが。
他の人達も中々の数を捕まえている。ほとんどは地元の人に渡す。流行りのジビエ料理とかにするそうだ。代わりに野菜や卵などを一杯くれる。毎年俺達のこれを楽しみにしていると聞いている。
そして残りは俺達が夜、鍋にして食べる。干物にするのも良いが時間が無いので仕方ない。ちなみに肉にするまでは地元の人にして貰う。流石に出来ない。
そんな楽しい合宿も終了し、夏休みの残り二週間となった。そろそろ後期分の履修科目を考えないといけない。まだ時間はあるのでまあいいかといつもの気分だけど。
そんな中、加奈子さんといつもの様に会った。彼女と一緒に昼食を食べながら涼子の事を話した。本当は早苗が先の方が良いのだろうが、タイミングが合わず加奈子さんが最初になった。
「達也、ちょっといやとても面倒だわね」
「えっ?」
「あなたも分かっていると思うけど、三頭家は色々な国の色々な場面で仕事をしている。単に社会経済だけではないの。だから敵も多い。常に狙われていると考えた方がいい」
だからあんなにいつも厳重な警備なのか。
「私と一緒になるあなたでも好戦的な国のその道のプロ達が相手では厳しいわ。でもあなたは立石、三頭家の中にいる。だから問題ない。
桐谷さんもあなたの立石家の保護下の中に入る。それは立石、三頭の保護下に入ると同じ。
もし立花さんと強い結び付きが出来ても彼女は立花、立石という保護下の中にいる。
でも本宮さんは違うわ。彼女は全く私達とは違う立場。もしあなたの子供を本宮さんが身籠るもしくは生まれた時、達也は家族という一番弱い所を外に曝け出すことになる。
これを私達を快く思わない組織が知ったら…。言わなくても分かるわよね達也。あなたは本宮さんとその子供を見殺しに出来る?」
「…………」
何も言えなかった。そこまで俺は考えていなかった。俺が仕出かした不始末が外にある程度でしか考えていなかった。
もし、涼子や俺の子供を盾に三頭家や立石家に取って不利、不都合な条件を出されたら…。組織としてそれが飲めるもので無かったら。俺はどうする。涼子や自分の子供を見殺しに出来るのか。
「達也、理解したようね。その約束手形になるような文章は作ってはいけないし、あなたが外に子供を持つことも許されない」
加奈子さんがいつにない目で俺を見ている。
「達也、本宮さんには可哀想だけど、あなたの事は諦めて貰いなさい。彼女の為にも」
どうすればいいんだ。涼子からは大学卒業後の計画も聞いている。だからこそその考えで良いと思った。
しかし、まさか…。まだ俺はこれから来る運命を理解していない様だ。
「達也、そんな事より…もうずいぶん時間が経ったわ。お部屋に行きましょうね」
……………。
本宮さんがあそこまで考えているとは思わなかった。多分、達也は何も出来ない。本宮さんには悪いけど…。
家には午後十時に着いた。この時間流石に瞳は出てこない。安心して靴を脱ぎ、自分の部屋に行く為に階段を登ろうとすると俺の背中が突かれた。後ろを振り向くと
「ふふっ、お兄ちゃん、いくらボディソープの匂いをさせても加奈子お姉ちゃんの匂いは消せないわよ」
「…………」
おい勘弁してくれ。これじゃあ、万万が一にも洋二さんは浮気は出来ないな。もっともそこまで話が行けばの事だが。
俺はベッドの上に横になり、加奈子さんの言った事を反芻していた。どうすれば良いものか。そこにスマホが震えた。
画面を見ると早苗だ。
「もしもし、どうした」
「達也、そろそろ後期の履修科目考えないと。明日達也の部屋に行ってもいい?」
「全然構わないが」
参ったな。全然考えていなかった。
――――――
今回の件確かに達也の認識の甘さが出ましたが、加奈子さん、あなたはやっぱり怖い人?
次回をお楽しみに。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価★★★頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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