第166話 緩くなるのが一番


 私、立石瞳。昨日は猪のお陰で洋二さんとの初めての経験…と言っても口付けだけど無くなってしまった。


 夕飯は流石に猪鍋では無かった。私達が来る前に元々用意されていたから当たり前だけど、あんなチャンス無かったのに。


 でもいいや。戻ってもまだ夏休み。宿題は終わらせているから。洋二さんは社会人。早々にウィークデイは会えないけど土日は会ってくれる。チャンスはある。



 もう午後には帰るから午前中はのんびりしよう。そう言えばお兄ちゃんはどうしているんだろう。食事の時以外は会わないから。玲子さんと上手くやっているんだろうな。部屋のバルコニーから外の景色を見ていると


コンコン。


えっ、誰だろう?


 ドアの側に行ってロックを外して開けると洋二さんだ。


「瞳さん…」

「洋二さん。どうかしましたか?」

「いえ、朝食が終わった後、部屋に入ったきり出てこないので、ちょっと気になりまして」

「そうですか。別に何もありません。外の景色を見ていただけです。中に入りますか?」


 瞳さんが部屋の中に入れと言ってくれている。でも彼女の部屋に入れるほど勇気はない。昨日だって、一瞬で猪を倒したほどの人だ。少しでも変な素振りを見せたら、あの猪と同じになってしまう。

 こんなに綺麗で可愛い人なのに信じられない。ここは


「少し外でも散歩しませんか。初日に来た遊歩道ですけど、今日も天気が良いし」

「良いですよ」


 なんか、言い方が固いんだよなあ。それに部屋の中に入れば、ぐっとチャンスは増えただろうけど、ここは仕方ない。



 二人で外に出た。遊歩道を歩きながらそっと彼の手を繋いでみる。最初ぴくッとしたけど繋いで来た。まだ恋人繋ぎなんて出来ない。手の平を合わせているだけ。


 鳥の鳴き声と少しの風で揺れ動く草木の音だけが聞こえる。二人共何も話さない。少し歩いたところで


「あの…」

「はい?」

「俺、昨日…」


 ここは勇気を出すしかない。お付き合いしてもう八ヶ月。もう十分時間は経ったはず。俺の心の一方通行とは思っていない。



 彼が歩き停まって私の方を見た。私も彼の方を振り向くと手を繋いでいない方の肩に彼はそっと手を置いたそして私を引き寄せる。私は目を閉じた。

 くる、絶対来る。今度こそ。



 バサ、バサ、バサ。


「うわっ!」


 鳥が木の間から一斉に飛び発っただけなのに。もう!



 私は目を開けると

「また失敗ですね」

「すみません」

「仕方ないですね」


 私は、もういいやと思い。彼の両肩を両手で持って引くと強引に


「うぷっ」


 瞳さんが強引に唇を合わせて来た。とても柔らかい。直ぐに離した。顔が真っ赤になっている。

「洋二さん、勇気をだして。私が付いている」

「はい」


 俺は、今度は彼女の背に腰から手を回して…これで良いのかな?ゆっくりと顔を近づけた。彼女は目を閉じている。


 

 どの位時間が経ったんだろう。とても柔らかい唇が俺の唇に付いている。自然と俺の手が彼女のお尻に…抑えられた。


「ふふっ、それはまだ駄目」

「そうですね」


 もう一度彼女が俺の背中に手を回して口付けをして来た。こんなに気持ちが良いものなのか。またそのままにしていると、さっと彼女が身を引いて俺達が来た方向を見ている。


 ああーっ、妹の玲子と達也君が手を繋ぎながらこちらを見て微笑んでいる。瞳さんが下を向いて耳まで真っ赤にしている。


 お兄ちゃんに見られてしまった。彼との気持ちの良い口付けに気が少しだけ抜けていた。


 お兄ちゃん達が近づいて来た。そして私達の方をジッと見て微笑むとそのまま先へ歩て行った。



 私、立花玲子。お兄様はやっとあの年になって…。でもこれで少しは先に進めるかもしれない。


 もし瞳ちゃんとお兄様が結婚とかになれば、我が立花家と立石家の関係は強固になる。三頭家だけに立石家を自由にさせない。


 そしてこれがきっかけで私と達也さんの関係も一段と進むかもしれない。桐谷さんには悪いけど。まだ四年間ある。



「どうしたんですか。玲子さん、嬉しそうな顔をして」

「いえ、やっとお兄様も好きな相手にファーストキスが出来たのかと思いまして。妹としては嬉しい事です」

「ファーストキス?洋二さんは今年二十五になりますよね」

「ふふっ、誰もが達也さんみたいな素敵な方だけでは無いのです」

「でも彼、俺より遥かにイケメンだし」

「男の人が顔だけなんて思うのは時代錯誤ですよ」

「…………」


 玲子さんの意味は、分からないでもないが。でもあの瞳が…。あいつも多分初めてのはず。まあ洋二さんなら、ちょっと不安な所は有るが、問題ないだろう。この後も上手く行ってくれれば良いけど。


「達也さん、私達もしますか」

「何を?」

「そんな意地悪な方でしたっけ、達也さんは」


 私は強引に歩くのを止めて少し背伸びして彼の顔をジッと見た。


「しませんよ」

「でも…」

「しません」


 仕方ないですね。後ろからお兄様たちが歩いてくるかもしれませんし。でも昨日は素敵な夜だから良かったですけど。ふふっ、良い夏休みです。




 俺達は別荘に戻ると瞳達も戻ってフロントのソファで寛いでいた。俺達の姿を見つけた中川さんが

「お嬢様。もうダイニングには昼食の用意が出来ております」

「達也さん、少し早いですが、車の事も考えると早めに頂きますか?」

「瞳達はどうするんだろう?」



「はい、洋二様と瞳様は食事を摂っても良いという事でお二人のお帰りを待っておられました」

「達也さん、それではダイニングに行きましょうか」



 

 俺達は、早めの昼食を摂った後、一時間弱程ゆっくりしていた。

玄関先の車止めに二台の車が入って来た。降りて来たのは、立石家の運転手滝田さんと立花家の運転手だ。


「玲子さん、では片付けをして来ます。瞳は?」

「もう片付けて部屋に置いてあります」

「そうか、じゃあちょっと行って来る」


 片付けと言っても男の二泊三日だ。五分もしないでスポーツバッグに仕舞うと一階に降りた。他の三人も既に降りている。


「達也さん、ここでお別れですが、とても楽しい時間でした。またご連絡します」

「はい」

「洋二さん、また」

「はい」

 瞳の顔が何故か少し大人びた感じがするのは気の所為か?



 車が高速に乗ると

「瞳、洋二さんとは進んだみたいだな」

「ふふっ、お兄ちゃんに見られるとは不覚でしたが。そうだ。お母さんには内緒ね」

「あれ位いいだろう」

「それは男の理屈です。女性はそうはいかないの。とにかく何も見なかった事にして」

「分かった」

「お兄ちゃんの方こそ、早苗お姉ちゃん、加奈子お姉ちゃん、涼子お姉ちゃんが居ながら玲子お姉ちゃんとも、…そのしているんでしょ」

「記憶にない」


「お兄ちゃんはいつから若年性痴呆症になったの?」

「都合の良い時だけだ」

「全く」


 前を見た瞳が本当に嬉しそうな顔をしている。来て良かったようだ。




 私、立花玲子。今お兄様と車の中。立石家の車が出て十五分位して別荘を出た。

「お兄様、如何でしたファーストキスは?」

「な、何を言っているんだ。あ、あれはちょっとした…」

「ちょっとしたなんですか。二十五にもなる男が鳥の羽ばたきだけで驚いてキスも出来ないなんて。でも良かったですね瞳ちゃんがきちんとフォローしてくれて」


「えっ、玲子お前達いつから見ていたんだ」

「ずっとです。お兄様達が別荘を出て遊歩道に向かったのを見て、少し経ってからありき始めたのですが、お兄様達があまりにもゆっくりだったので、途中で追いついてしまい。停まっていました。その時鳥達が羽ばたいたんですよ」


「えっ、そんな時から」

「でも良かったではないですか。瞳ちゃんは素敵な子です。容姿もそうですが、頭もいいし、気立てもいい、武道も出来ます。お兄様を一生守ってくれますよ」

「俺は、そんな事までは…」

「考えていないのですか。…本当に?」

「そ、それは俺だって望んでいるけど、瞳ちゃんが」

「それはお兄様の押し次第ですね。彼女は待っていると思いますよ」


 ふふっ、お兄様にはぜひ頑張って貰わないと。私と立花家の為に。


――――――


 いやー、瞳ちゃん、洋二君良かったですね。でも玲子さん…こわっ!


次回をお楽しみに。


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価★★★頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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