第130話 平穏は長くは続かない
昨日、早苗には朝来ない様に言っておいた。これ以上朝のシチュを続けると俺のメンタルが持たない。午後も玲子さんと会う事を話した。もう隠す理由もない。大分拗ねていたが。
幸い、昨日昼食後少し話してからしたので、一応精神的納得はしている様だ。しかし女性という生き物はなんであんな事が好きなんだろう。それとも俺がおかしいのか。
そんな事はどうでもいい。今年も後二ヶ月と少し、やはり年末までにははっきりさせた方が良いだろう。
来年に入ると受験やその他の事で忙しくなりそうだから。
午前中、爺ちゃんの所で稽古をした後、シャワーを浴びてから玲子さんのマンションに向かった。
マンションの入口で部屋番号を押すとドアが開いた。更に中ドアが開いてエレベータに行くとドアが開いている。凄いシステムだな。
玲子さんの部屋のドアの側の壁に付いているインタフォンを鳴らそうとしたところでドアが開いた。
「いらっしゃい、達也さん。待っていました」
いきなり飛びついては来なかったが、ドアを閉めてロックを掛けると思い切り抱き着いて来た。
「玲子さん」
「達也さん、少しの間だけこうさせて」
仕方なく俺も彼女の背中に手を回すと俺の背中に回っている彼女の腕が思い切り力を入れて来た。彼女の豊満な胸が俺の鳩尾辺りに当たっている。参った。
何分経ったのか分からないがそのままにしているとやっと離れた。
「ふふっ、充電出来ました。手を洗ったらダイニングに来て下さい。今準備している途中です」
手を洗いダイニングに行くとテーブルには、ローストビーフがクレソンの上に乗り、ビーフストガノフが、スープ皿に盛られていた。更にクラッカーの上にはチョウザメの卵とはっきり分かるキャビア、そして焼き立てのピザが二枚大きな皿の上で切り分けられていた。バケットとバターも横に置いてある。
「凄い、これ一人で作ったんですか?」
「はい、あの電話の後、準備しました。ローストビーフとストロガノフは昨日の内に仕込んで寝かせているので味が十分に落ち着いていると思います」
「済みません。こんなに」
「いいんです。達也さんが喜んで下されば」
参った。まさかここまでの料理を用意しているとは。
「さっ、召し上がれ」
玲子さんの手作りの料理はどれも美味しかった。俺も味に乗って思い切り食べたので、流石にお腹がいっぱいになった。
「達也さん、まだお替りありますよ」
「いえ、流石に入りません」
「では、片付けましょうか。少し待って頂けますか」
「俺手伝います」
「では食器をシンクに持って来てくれますか」
達也さんとダイニングとキッチンの間を行き来しながらテーブルの上を片付けている。ふふっ、一緒になれたらこういう事も毎日出来る。
私は決してあきらめていない。達也さんの心の中に一つある席、そして正妻の立場を。桐谷さんは今が優位なだけ。まだ決着がついた訳ではない。
方法はいくらでもある。でもそれを使うのは最終手段。
「達也さん、ダイニングで少し待って頂けますか。食器を洗ってしまいます」
「良いですよ」
俺は、ダイニングで待っていると玲子さんがクマさんエプロンを着けた。三人共同じエプロンだ。凄い偶然だな。
「達也さん、お待たせしました。私お部屋に行きましょう」
ここ全体が玲子さんの部屋じゃないの?
玲子さんが部屋と言ったのは彼女の寝室。彼女の体には明らかに大きなベッド。まだ数回しか来ていないが、こんなに大きかったかな?
「ふふっ、達也さん、何を驚いているのですか?」
「いやちょっとベッドのサイズが」
「達也さんと私の為に、クイーンサイズに入れ替えました。部屋が少し狭くなりましたが、問題はなさそうです」
十分広いですよ玲子さん。
俺達はベッドの横に有るローテーブルに並んで座ると
「達也さん、帝都大学には入れますか?」
早苗と同じシチュになったぞ。
「いえ、塾の模試も依然B判定です。十月と十一月の模試も同じ位になると思っています」
これだけスラスラ言えるという事は既に桐谷さんと話しているという事。つまり彼女は公立を目指すはず。
「達也さん、一緒に勉強しましょう。今のあなたの学力なら欠落している知識分は少ないはず、多分理解の仕方の問題と思います。後ケアレスを拾えば、帝都大合格率は簡単にA判定になります」
早苗と同じことを言って来ている。
「桐谷さんはその上で、公立と言ったのではないですか?」
「…………」
「図星の様ですね。駄目ですよ。私と一緒に帝都大に行きましょう」
参った。どう答えていいか分からない。早苗は学力を帝都大A判定まで持って行った上で、公立に行こうと言っている。玲子さんは同じ学力をつけて帝都大に行こうとしている。どうすればいいんだ?
「達也さん、このお話はまた後で、今は、ねっ…」
………………。
嬉しい。この感覚。前よりも多くして貰える。達也さん…嬉しいです。
俺の隣に絹の様にきめ細やかで真っ白な肌持つ美しい人が横になっている。俺の気持ちは早苗だ。でもこの人の気持ちも無下には出来ない。かと言ってこのまま引き摺っても良いと言う訳ではない。
この人とは後四年半の約束だが、やはりこの関係はどこかで断ち切らなければいけない。どうすれば。
「あっ、達也さん」
軽く唇を付けて来た。
「達也さん、そのお顔は悩んでいるのですね。後、四年半このまま続けて下さい、お願いします。その後であなたがもし桐谷さんを選ぶなら私は身を引きます。だから…」
「玲子さん…」
「達也さん、私は桐谷さんや三頭さんの立ち位置ではありません。彼女達が羨ましいです。でもそれは仕方ない事。だから今日はもう少し…」
俺が家に帰ったのは午後七時を過ぎていた。珍しく瞳が玄関に来ない。まだ帰っていないのだろうか。
自分の部屋に入ろうとして隣のドアが開いた。
「お兄ちゃん、玲子お姉ちゃんの所に行って来たのね。お兄ちゃんが大好きな妹として言わせて貰うけど…。
このままでは相手の心に深く入って取り除けない物が出来てしまう。今はまだいいかも知れないけど。だから深く入り込む前に決めないとね。
あっ、お兄ちゃん私なら何の問題も無いよ。みんな振って私と結婚しよう」
「何言ってんだ瞳」
「ふふっ、冗談よ。でもさっき行った事は本当。女だから分かる。相手の心に深く入れば入る程、別れた時の苦しみは長く続く…。
じゃあねお兄ちゃん。あっ、お風呂入った方がいいよ。体中が玲子お姉ちゃんの匂いだから」
私、立石瞳。お兄ちゃんは優しすぎる。お兄ちゃんは別に女の人を侍らかせたい訳ではない、むしろ面倒と思っている。
でも来る者を拒むことが出来ない。もちろん誰でも良い訳ではないし、今お付き合いしている人達は、それなりの理由が有って付き合っている。
このままでは、早苗お姉ちゃんとさえ、一緒になれるか甚だ疑問。三頭さんは除くしかない。もうあの人は家の繋がりという事務的な世界にまで行ってしまっているから。
私は早苗お姉ちゃんがいい、立花さんが悪いと言う訳ではない。多分申し分ない人。でももしこのまま決めきれなければ、早苗お姉ちゃんに最終手段を選ぶように進言するしかない。
…私も彼氏欲しいな。お兄ちゃんを超える人いないのかな。私にちょっかい出そうなんて男も私が睨むだけで逃げていく。
私って可愛いと思うのだけど…。
――――――
瞳ちゃんも悩んでいますね。しかしそろそろ落し所を見つけないと達也!
次回をお楽しみに。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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