第92話 春休みは静かにしていたい


「むぐっ」


 俺の頭の中では、まだ午前七時当たり、今日から春休み。そして土曜日でもある。何も無い一日。

そう全く予定の入っていない一日の朝のまどろみを楽しもうと深い眠りの底から段々意識が戻って来ている所だ。


「むぐっ」


 うん、まだ夢の中か。だが夢は記憶に無いのだが。


 もぞもぞ。


 えっ、俺の掛けている毛布の中に何かいる。瞳かな。でもあいつこんな事しないし。

仕方なく上の方から毛布の中を覗くと黒い髪の毛が…。


 ガバッと毛布を持ち上げると

「さ、早苗。なんで?」

「えへへ。お母さんに言って達也の部屋に入れて貰ったの」

「うおっ」

 俺の体の上に乗って来やがった。


「お、おまえその格好」

「いいじゃない。洋服着ていると皴になるし」

「し、しかし」


 なんと早苗はピンクの上下の下着だけで俺のベッドの中に入っていた。

「いつから?」

「うん、三十分前くらい。お母さんからゆっくり起こしてあげてって言われてから。ゆっくり起こしてあげた」


早苗の柔らかい体が思い切り俺にくっ付いている。


チュッ。


「ふふっ、お目覚めのキスだよ」

「ちょ、ちょっと」

 こいつ完全にタガが外れている。いくらしたからって…。参った。


「ふふっ、達也しよか?声出さないから」

「しない。瞳に聞こえるし」

「瞳ちゃんもう一階にいたよ」

「でもしない。後もう少し寝かせてくれ」

「えーっ」


 俺は、早苗が下手な事をしない様に体が動かない様に早苗を抱き枕にして眠った。彼女もまんざらではなさそうだ。


コンコン。


コンコン。


「誰?」

「瞳。どうせお兄ちゃん、早苗お姉ちゃんくっ付いてんでしょ。部屋入らないからね。お母さんがもう起きて来てって」


「えっ?」


机の上に有る目覚ましを見るともう午前八時過ぎだ。チラッと腕の中にいる早苗を見ると幸せそうな顔をして眠っている。

 こいつこうして居れば本当に可愛いな。じっと見ているといきなり腕を伸ばして


「むーっ、あっ達也おはよ」

「早苗起きるぞ。もう午前八時過ぎた」

「えっ、ほんと?いけない達也起こすつもりが一時間も寝ちゃった」


チュッ。


「起きよか達也」

「先に起きて下に行ってくれ」

「えっ、一緒に起きようよ」

「少し用事が有る。理解しろ」


「あっ。ふふふっ、そっかあ。そっかあ。じゃあこの後は私の家に来る?」

「行かない」

「まあいいや。じゃあ先にダイニングに行くね」

毛布を退かせてサッと起きると俺の目の前で洋服を着始めた。


「ちょ、ちょっと待て」

 急いで目を瞑ると


「ふふっ、いいじゃない」

 駄目だ、こいつ本当にタガが外れている。


 それから体が静かになるのを待って俺も一階の洗面所に行った。顔を洗いうがいをしてダイニングに行くと瞳と母さんがニタニタしながら俺の顔を見ている。


「お兄ちゃん、早苗お姉ちゃん。朝から元気いいよね。流石高校生」

「ふふっ、でもまだ子供出来ちゃ駄目よ」


「い、いや。寝ていただけだし」

「ふーん。寝ていただけね?」


早苗が耳まで顔を赤くして、ダイニングテーブルに顔をうつ伏している。


「まあ話はそこまで。早く二人共朝ごはん食べて」



 朝食を食べ終わり、コーヒーにミルクをたっぷり入れて飲んでいると早苗が復活したみたいで

「達也今日は何する?」


「えっ、何か約束していたか?」

「何もしていないけど、春休みが始まったんだし。宿題無いからずっと一緒にいよ」

「いや、待て待て。急に言われてもな」



ピンポーン。


「あら、誰かしら?」


ガチャ。


「おはようございます。お母様」

「あら、玲子さん。ちょっと待ってね。あっ、瞳。達也に玲子さんがいらしたと伝えて」

「えっ。あっ、はい」

 ふふふっ、朝から修羅場。


「お兄ちゃーん。玲子お姉ちゃんが来たよ」

「えっ?」

「達也何か約束した?」

「何も?とにかく上がって貰わないと」


 というか、母さんが上げたのだろう、玲子さんがダイニングに歩いて来た。白の長袖ブラウスに茶のロングスカートだ。可愛い茶のバッグを持っている。コートは玄関のコート掛けにあるんだろう。


「達也さん、おはようございま…。えっ桐谷さん?」

「おはよ立花さん」

「玲子さんおはようございます」


「立花さん、達也に何か用?」

「いえ、今日から春休みなので、特に約束もしてなかったのですが、お時間有れば遊びにでもと思いまして」

「…………」

 これはまたベタな展開になって来たぞ。困った。


「今日は達也と私はデートお約束をしているの。あなたとは遊べないわ」

「達也さん本当ですか?」

 寂しそうな顔をしている。


「早苗」

「でもーっ」

「玲子さん、早苗とデートの約束はしていない。早苗も春休みに入ったからと遊びに来ただけだ」

 玲子さんの顔がパッと明るくなった。

「ふふふっ、良かったです」



「達也、玲子さんが立ったままよ。皆さん、ダイニングでお話もなんですからリビングに行って。いまお茶を入れるから」


 ちょっと早苗が不機嫌顔だが、母さんにそう言われたのでリビングに移動する事にした。

 リビングに行くと瞳が〇チューブとか言う奴を見ている。

「あっ、ここでお話するの。なら瞳は自分の部屋に行くから」


「瞳悪いな」

「ううん、気にしないで。お兄ちゃん、朝から修羅場?」

「何言っているんだ」

「えへへ。じゃあねー」


 なんて事言うんだあいつ。でも本当にどうすればいいんだ。こういう時。二人共見つめ合った、いや睨み合ったままだ。


「あの…」

「早苗ちゃん、玲子さん。お茶が入ったわ。ごゆっくりね」

「はい」

「ありがとうございます」

 話題が一瞬だけそれたが、また二人は睨み合ている。仕方ない。


「あの、外天気もいいし、出かける?」

「何処に?」

「何処へですか?」


 俺も良い案がない。ゲームセンターとか行った事無いし。公園を散歩するにはまだ早いし。デパート?神社?喫茶店?映画?カラオケ?これは無理だ。カラオケは行った事無い。遊園地?絶対揉める。困った。


「達也さん、まだ午前十時です。私ゲームセンターとか行った事無いので行きませんか?」

「ゲームセンターですか。俺も行った事無いのですけど」

「達也、私は一回友達と言った事あるよ。デパートの有る駅から五分位歩いたところ」

「そ、そうか。じゃあ行ってみるか」



 私桐谷早苗。全く立花さんが来なければ達也と二人きりで居れたのに。あれだって出来ただろうし。もう。でも仕方ないか。ここで追い返す訳にもいかないし、達也も流石にそれはないだろう。



 私立花玲子。まさかこんなに朝早くから桐谷さんが来ているとは。やはり近さというのは武器ですね。私が来なかったらどうなっていたか。今日は来て良かったようです。




 俺達三人は、午前十一時過ぎ、早苗の言っていたゲームセンターにやって来たが、全く勝手が分からず早苗に教えて貰いながらやれたのは、クレーンゲームだけだった。


 それ以外は、そもそもそのゲームが何なのか分からず、手の出しようが無かった。クレーンゲームでは一人千円近く使ったが戦利品なし。


 後チャレンジしたのはプリクラという奴だ。これは早苗が操作を知っていたので撮る事にした。


 最初二人は自分と俺が取るともめたので、三人で撮る事にした。俺が真ん中で右に早苗、左に玲子さんだ。

これ二人座りじゃないのか。ただでさえ体の大きい俺に二人が両方から俺の足に乗りかかる様にしている。何だんだこれは。

そしてその後早苗と俺、玲子さんと俺で撮る事になった。早苗は少し膨れていたが。

もうゲームセンターには来ないぞ!



 その後、珍しく駅前の〇ックで三人で遅い昼食を摂ったが、早苗と玲子さんに周りからの注目が凄くて、俺が居心地悪かった。


 明日は爺ちゃんの所で朝から稽古だ。やっぱりそれがいい。


――――――


 春休み初日から心休まらない達也です。ちょっと同情。


次回をお楽しみに。


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。



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