第51話 秋はもうすぐなのに
本来は、夏休みが終わり九月の第二週の土日に文化祭が開催される予定だったが、この長尾高校は創立以来始まっての不祥事、校長以下、教頭、二年生学年担任、三年生学年担任、2B学級担任が処分され、数人のテニス部三年生が退学、同じく数人の二年生テニス部員が停学、テニス部が廃部にまでなった事を受けて、催し物を実施する状況に無かった為中止になった。
そして涼子が登校を始めてから三週間が経ち、学校も落ち着きを見せていたが、俺の周りでは、
「達也さん、中間考査まで後三週間です。一緒にトップを取りましょう」
「達也、私と勉強するんだよね」
お昼休み時間、昼食も終わり健司と話をしていると玲子さんと早苗が寄って来ていきなりの発言。
「あの二人共、俺そういうのもういいから。自分でやるから」
「でも、でも達也さん、私は一緒に勉強したいんです」
「何言っているの。達也は私と勉強したいのよ」
健司がニタニタしながら聞いている。クラスの他の生徒はいつもの事と思って遠巻きに耳を立てているだけだ。
「ねえ、また始まったわよ」
「そうねえ、でも立石君可哀想。私が連れ出そうかな」
「馬鹿、そんな事言っていると」
「ひっ!」
声が聞こえたのか玲子さんと早苗が声を上げた子を睨んだ。
「無理そうね」
「当たり前でしょ」
この二人の俺に対する距離感がほとんどない感じがする。これもそれも夏の出来事の所為だ。
二人が俺の前で騒いでいると何故か、教室の中にいる生徒が後ろの入口を見ている。何かと思って顔を向けると涼子が立っていた。
何か言いたそうだ。まだ入って来る勇気が無い様だ。仕方なく目の前の二人を無視して、入り口に行くと
「どうした涼子?」
「達也」
「うん?」
涼子が背伸びして小声で何か言おうとしている。仕方なく膝を少し曲げて耳を傾けると
「達也、一緒に勉強出来ないかな。休みが少し長かったので遅れているんだ」
うーん、涼子と一緒に勉強するのはいいが、しかしあの二人が。ちらりと後ろを向くと
えっ!凄い目つきで俺達を睨んでいる。不味い。仕方なく涼子の耳元に小声で
「今日連絡するから」
「うん、分かった」
涼子が嬉しそうな顔をして隣の2Bに戻って行った。
「ねえ、本宮さん笑顔戻ったわよね」
「うん、良かった。でも前より可愛くなったような」
「あっ、私もそう思う」
耳に入って来る声を無視しながら自分の席に戻ると
「達也、本宮さんと何話していたの?」
「いや。…」
「達也さん、もしかして勉強のことですか?」
うっ、なんでこの人分かるの?もう早く外部表示機能壊れてくれ。
「ふふっ、達也さんの事なら分かりますよ」
もう逃げたい。
昼休みの終りを告げる予鈴が鳴った。良かった。
午後の授業も終わり、今日も図書室の鍵を職員室に取りに行く。姉の涼子の件が落着き、もう涼香ちゃんとも一緒に図書室担当や下校する必要は無くなったが、何故か図書担当は前のままだし、下校も一緒だ。
図書室の鍵を開けようとすると後ろから声を掛けられた。
「立石先輩。済みません。職員室に鍵を取りに行ったら無かったので。私もっと早く鍵を受け取る様にします」
「別にいいよ。どっちが先でも図書室を開ける事には変わりないから」
「はい」
立石先輩は優しい。何とか二番目の席を確保したい。
図書室を開けると涼香ちゃんが一人で開室処理を行い、準備が完了する。もうすぐ三頭さんが担当を離れるからそこに俺がスライドすれば、二人で分担できる。この子が入ってくれて助かった。
予備椅子に座りながら復習をしていると
「達也、ちょっと話が有る」
振り向くと三頭さんが立っていた。
「立石先輩、良いですよ。私ここに居ますから」
「悪いわね。本宮さん」
涼香ちゃんがああ良いってくれたので、三頭さんと一緒に廊下に出ると
「達也、今度の日曜に会えないかな?夏休みに会ってからもう一ヶ月も二人で会っていない」
「今週の日曜日ですか?」
確か何もないはず。涼子の事は気になるが、順番ではこっちか。
「午後からなら良いですよ」
「達也、午前中は稽古だものね。いいわ、私の家のある駅に午後一時でどうかしら?」
「分かりました」
三頭さんが帰る後姿を見ながら、いつの間にか学校でも普通に名前呼びされる様になってしまった。
玲子さんや早苗がそうだからという事ではなく、多分俺と三頭さんの距離感の所為だろう。仕方ないか。
俺は図書室に戻ると涼香ちゃんが貸出処理をしていた。もう俺が一緒でなくても問題なさそうだ。
予鈴が鳴り図書室を閉め鍵を職員室に返すと下駄箱に向かった。出口で涼香ちゃんと待合せて下校しながら
「なあ涼香ちゃん、お姉ちゃんの事も落ち着いたし、もう別々に帰っても良いんじゃないか」
「えっ?何故ですか。私と立石先輩は一緒に帰るのが当然と思っていたんですけど」
何でそうなっているの?
「いや、涼香ちゃんと一緒に帰るのは、周りからのいじめ…」
「まだ、有るかもしれないじゃないですか。一緒に帰って下さい。それとも私と一緒に帰るのが嫌になったんですか」
「なってはないけど…」
困ったなあ、なんか正論っぽいようだけど、都合の良い言い方されているだけの様な。俺は一人で帰りたいんだが。
結局、言い返せず彼女の家の最寄り駅、俺にとっては下校途中だけどそこまで送って別れた。
「ただいま」
タタタッ。
「お兄ちゃんお帰り」
「瞳ちょっと話が有る。リビングで待っていてくれ」
「分かった」
俺は部屋着に着替えるとリビングに行った。
「なあ瞳、涼香ちゃんの件なんだけど…。もう一緒に帰る必要無いよな」
「うーん、まあそうだよね。涼子さんの事は落ち着いたし。でもなんでそんな事聞くの?」
「下校中に涼香ちゃんにもう別々に帰る事にしないかって言ったら、まだ分からないじゃないですかって言われてさ。理屈に合っている様で、単に都合よく言われている様な気がするんだが」
「…………」
涼香ちゃん、もしかしてお兄ちゃんの事、好きになった?
「そうかあ、分かった。私涼香ちゃんに聞いてみるよ。お兄ちゃんが好きになったのかって」
「はあ、お前そんな事聞いたら…」
既に告白されているんだが。
「いいじゃない。はっきりした方がいいでしょ。三人、いや四人かそれに涼香ちゃんが加わっても大した問題じゃないわ」
「四人?」
「立花さん、早苗お姉ちゃん、三頭先輩、涼子さんよ」
「涼子?」
「何をおかしなこと言っているの。一度は好きになった人を自分の所為で別れる事になって。
まだ未練一杯のその人が、あんなドラマみたいな衝撃的な助けられ方を好きな人からされたら、もう一筋しかないわ。
お兄ちゃんが救わなかったら涼子さんこの世にいないんだから。まあそこに妹の涼香ちゃんが加わったって事。大した問題じゃないわ。モテモテお兄ちゃん。ふふふっ」
「…………」
俺は何を間違ったんだろうか?
――――――
達也に涼しい秋はいつから?
次回をお楽しみに
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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