第3話 悪役令嬢

「はぁ、なんだか疲れちゃったわね」


 アスカは学生寮の自室に戻ると、ソファーに体を預けて天井を仰いだ。


「アスカ様」


「なに? ファブレガス」


「迫真の演技(?)でしたが、本当にあれで良かったのですか? アスカ様もロビン王子を……」


 ファブレガスは骸骨なので、表情はわからない。その口ぶりからすると、彼なりにアスカを心配しているようだ。


「バカなこと言わないで。わたしと婚約が内定していたにもかかわらず、コソコソ他の女と逢瀬を重ねていたアホ王子なんて、まっぴらごめんよ」


「また、そういうことを……」


 テーブルの中央に飾られたフラワーアレンジメントを眺めながら、アスカはため息をついた。


「嫌いではなかったわ。けれどね、彼を結婚相手と言われても、わたしはピンとこなかった。それは確かなのよ。お互い様よね」


 アスカはフラワーアレンジメントに手を伸ばし、バラを一本引き抜いた。茎の先を摘まむようにして持ち鼻の先に近づけて、その香りを楽しんでいる。


「それに、こうでもしないと、ロビンはなし崩し的にわたしと望まない結婚をしたでしょう。アナスタシアも、きっと親の言いなりになって望まない相手と結婚をすることになるわ。まったく、世話の焼ける人たちね」


 頬杖をついてバラの花をくるくると回しながら、やれやれといった感じの表情でそれを眺めていた。


 しばらくすると、コンコンと扉をノックして側仕のレイチェルが入ってきた。


「ロビン王子の護衛騎士ジョアン様が、お越しになっています」


「通して」


「かしこまりました」


 ジョアンはレイチェルに案内されて、アスカの部屋へ入ってきた。


「アスカ様……、パーティー会場では大変失礼いたしました」


 ジョアンはやや沈痛な面持ちでアスカの前に立つと、その場に片膝をついて跪いた。

 アスカは微笑みを浮かべてジョアンに近づき、彼の胸ポケットへ手にしていた薔薇の花を差し込んだ。


「いいのよ、ジョアン。お願いしたのは、わたしだから。こちらこそ、今日はありがとう。さあ立って、こちらに」


 そう言って、席を勧めるアスカ。


 アスカがアナスタシアにした仕打ちは、全て事実である。

 アナスタシアとロビンの気持ちに気が付いたアスカは、二人の恋を成就させるために「悪役令嬢」を演じて見せたのだった。


 さほど豊かではない胸の奥に小さな痛みを感じながら。


 教科書の件では、その後ロビンの教科書を挟んでロビンとアナスタシアが仲良く並んで講義を受けていた。後日、隠された教科書は、ジョアンによってロビンに届けられ無事アナスタシアの手に戻った。

 剣術の訓練と称してボコった後、アナスタシアの怪我を治療したのはロビンである。

 このときは、流石にやり過ぎたと猛省した。彼女とその護衛騎士がアスカの想定を超えて弱すぎた。

 そしてピクニックのときも、ロビンが森の中を彷徨うアナスタシアを発見し、二人きりになる時間ができた。

 日記の日付からすると、ふたりが「結ばれた」のは、このときだろう。


 すべての場面でタイミングよくロビンが登場するのは、彼の護衛騎士ジョアンが目撃していたからだ。

 ジョアンはアスカに依頼されて、それらの仕打ちを見届けた後ロビン王子に報告するという役回りを担っていた。


「しかし、あれではアスカ様が……」


 ジョアンはアスカを気遣って、心配そうな表情を見せている。


 当然のことながら、学園内でアスカは完全に悪役である。聡い生徒たちは、禍を避けるように何気なくアスカと距離を取るようになった。


 アスカは、ソファーに背中を預けて微笑んだ。


「ふふっ、心配してくれるの? ありがとう。でも、ロビンにすべてを話すとか、しらけること言わないでね?」


「しかし、このような形で婚約を破棄されれば、アスカ様にキズが付きます」


「ジョアンは、やさしいのね。大丈夫よ」


 そもそもが親同士(国の都合で)で決めた婚約だ。ロビンにもアスカにもその気は全く無かったといっていい。


 とはいえ、アスカとロビンの婚約が公表された後、ロビンとアナスタシアとの関係が明るみになった場合、もはやタダでは済まない。


 そうなる前に、アスカは日記に書かれた秘密を読み上げることで事実を明るみにした。それは、アナスタシアにとって屈辱的なかたちとなった。あの場にいた者達は、おそらくアナスタシアに同情するだろう。


 ロビンにしても、婚約者であるアスカに隠れてアナスタシアと愛をはぐくんでいたとか外交問題に発展しかねない失態だ。しかし、アスカの悪行を理由に婚約を解消したことにすれば、多少は大目にみてもらえる(?)かもしれない。


 逆に婚約解消の件で、他の貴族達がアスカに同情することがあってはならない。自分への同情の余地を1ミリたりと残さないために、アスカは過剰演出と思えるほどの振舞をしてきた。


 それが、今日、ようやく実を結んだのである。


「その、婚約破棄の件ですが、王様にご報告は……」


 おずおずとレイチェルが尋ねた。


「それは、ロビンの役目だわ。彼は、自分から満座の前で『婚約を破棄する』なんて言ったのよ? アナスタシアのために、それくらいの根性は見せて欲しいわね。そうでしょ? ジョアン」


 ジョアンは何とも言えない表情で頷いて見せた。


 翌日、アスカは国王フリードリッヒに呼び出され王宮へと向かった。

 王の私室でフリードリッヒと面会した。


「ロビン王子から申し出があった。お前との婚約を解消して欲しいそうだ」


 殊更にほっとしたような表情をして見せるアスカ。どうやら、ロビンは根性を見せたらしい。


「そうですか。ロビン様がそうおっしゃるのであれば、仕方ありませんわ。婚約を解消して下さいませ」


「良いのか?」


「ええ。わたくしが至らず、申し訳ございません」


 残念そうな面持ちで、アスカはしおらしくフリードリッヒに頭を下げた。けれども、内心では舌をぺろっと出している。


 フリードリッヒは、ため息をついて目を閉じた。


「わかった。もう良い。さがれ」


 アスカは立ち上がり、カーテシーをして部屋を後にした。



 後日、テバレシア王国とブライトン王国との協議により、アスカ王女とロビン王子との婚約は解消される運びとなった。

 それからしばらくして、レイス伯爵の娘アナスタシアとブライトン王国第二王子ロビンとの婚約が正式に発表されたのだった。


(完)

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黒薔薇王女の婚約――重・大・発・表⭐でーす。じゃーん! わら けんたろう @waraken

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