第3話
田口さんはおそらく純粋に俺のことを助けてくれたんだろう。
視線にもその優しさがひしひしと伝わってくる。
代わってどうだろうこの女。
『分かってんだろうな』
と、視線からは私に恥かかせんじゃねぞと脅しのような、殺意のような視線をガンガン浴びせてくる。一体どういう心境で俺を見てんだこの女は。
しかし、ここで屈していては田口さんの優しさに泥を塗ってしまう。
実際にめちゃくちゃに困っているし、そもそも高校まで追いかけてくることが恐怖以外何者でもない。田口さんという天使を入学初日に出会えたのはまさに神の恵み。センキューゴッド。
ここはその恵みに助けてもらうとしよう。
「……ありがとう田口さん。確かに俺は今こ……」
……今困っていた。
と言いかけた瞬間、不意に桜町の手が動く。
さっきまで手は友野さんの机の上に置かれていたが、いつの間にか身体の後ろに移動している。俺は今座っているので、その手はちょうど俺の顔らへんにあたる。
そしてその手にはキラリと尖ったものが律儀にこちらに向けられている。
よく見るとそれは、コンパス。
英語でいうと『compass』
本来は円を描いたり、線分の長さを移すために”紙”等に使用するが、彼女の使用方法はおそらく違うだろう。確実に武器として、そして脅しの道具として”俺”に使用している。
……彼女が怖い。
改めて俺はそう思った。
そして桜町という悪魔に屈した俺は神の恵みにありつくことなくあっさり言葉を濁すのだった。
「……今、こ、興奮していたんだ! 決して困ってないよ」
「……はぁ?」
しかも自分でもよくわからない言葉の濁し方をしてしまう。
なんだよ興奮していたって。ただの変態じゃねえかよ。
「そうそう、尊はね、私が膝の上に乗るといつも興奮してしまうの……色々と、ネ」
そしてその言葉に上乗せするように被せる桜町。
これではもうただの変態カップルのプレイである。
……誰かもう殺してくれ。
「……」
そんな俺達を侮蔑のような憐れみなような視線へと変わる田口さん。
もう彼女とは一生口を聞いてもらえないだろう。
「”お似合いのカップル”だったようね。……なら良かった。じゃ」
そして何か含みのある言葉を言い残し自分の席を戻っていく田口さん。
ああ……おれはなんて無力なんだ。
思わず天を仰ぐ俺に彼女は顔を振り向き言う。
「興奮、したんだ?」
と、勝ち誇った笑みを浮かべながら。
違う。俺は決してお前に負けたんじゃない。
コンパスに負けたんだ。
しかし、それを言えない俺は確かに彼女に負けたのだろう。
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