162.力の受け渡し


 ――不意に訪れた眩暈。


 ただ、それは一瞬で終わり次に目を開けると世界樹に手を当てて立っていた。意識を失う前の状態に戻ったみたいね。


 『ふう……お疲れ様二人とも』

 「うん。ありがとうリーチェちゃん」

 「す、凄い体験でした! 風の大精霊様とお話できましたし!」


 元の小さいリーチェちゃんが私とポリンさんの周りを飛びながら労ってくれた。大きいリーチェちゃんはびっくりしたけどいつも通りでホッとする。


 「おかえり三人とも! 身体が強張ったと思ったら声をかけても反応しなくなるからびっくりしたわ」

 「大丈夫なのかい?」

 「あ、ただいま? でいいのかな。一応、お話は終わったよ」

 『あんまりいい報告は出来そうにないけどね。ポリン、長と話をしましょう』

 「あ、はい!」

 「?」


 リーチェちゃんが真面目な顔で二人にそう言い、ポリンさんが慌てて歩き出す。私達も少し遅れて彼女の後についていく。


 「なにがあったの? リーチェの雰囲気がリクが戦っている時みたいになってるわ」

 「それは――」

 『どっちにしても今から話すことになるし、もう少し我慢してよカナ。あ、それとフウタには仕事があるから気合を入れておいてね』

 「え、僕!?」

 「それは楽しみね」


 急に話を振られて驚く風太君に苦笑しながら夏那ちゃんと並んで先を急ぐ。長老さんのお家はそれほど離れていないのですぐに到着して中へ。

 ロディさんとドアールさんといった戦闘ができるエルフさん達も一緒にその場に居ることになった。


 「お戻りになられたか、勇者達よ。それでなにかわかりましたかな?」

 「はい。私とリーチェちゃん、それとポリンさんの三人で世界樹に触れ、大精霊のウィンディア様とお話しすることができました」

 「なんと……!?」

 「ほ、本当ですか!?」

 「ふふん、私がエルフの証人ですよ! ……でも、かなり事態は深刻でして――」


 視線を落としてポリンさんがポツリと呟き、エルフ達も顔を見合わせて首を傾げていた。そして私達が見聞きしたことを伝える。

 半信半疑になるような内容だと思うけど、精霊であるリーチェちゃんとポリンさんの言葉が嘘であるはずもないとその場に居た全員がため息をつきながら納得する。


 「では、魔王を倒す以外に世界樹を戻す方法はないのですね……」

 「とりあえず勇者の力を大精霊様に注ぐことで一旦、消耗を防ぐことはできそうです」

 「なるほど……」


 複雑な表情でポリンさんの言葉に頷くと、今度はリーチェちゃんが高いところへ移動してから口を開く。


 『で、ここに集まってもらったのはみんなに証人として見てほしいと思ったからよ。今からウィンディアの力をフウタに与える。その時、少し話ができるかもしれないから聞いてね』

 「大精霊様と!?」

 『それじゃ聖女ミズキ、お願いね♪』

 「も、もう、違うってば!」

 「やっぱり聖女なの? おばあちゃんの後釜……」

 「夏那ちゃーん」

 

 夏那ちゃんが神妙な顔で顎に指を置いて私を見てくるので軽くぽかぽかと叩いておいた。

 そんなやり取りを少ししてから私は風太君と向き合う。

 力の与え方はリーチェちゃんに聞いているので問題が無く行えるはず……。


 「風太君、私の手を」

 「あ、うん。こうかな」

 

 彼が私の差し出した両手を取る。

 この世界に来る前はドキドキしただろうなと思いながら、夏那ちゃんへチラリと視線を向けてみた。


 「?」


 微笑みながら意図を掴みかねている夏那ちゃんが首を傾げていた。

 私と夏那ちゃんは風太君が好きなんだけど、最近ではその気持ちが薄くなってきた気がする。

 怒るだろうけど夏那ちゃんはリクさんが好きそうな感じがするんだよね。


 ……私もこの世界に残るならリクさんが居ると嬉しいと思っているんだけど、難しいかな? 風太君はフレーヤさんのことがあるし、みんなこの世界で――


 「水樹?」

 「ハッ!? ごごごごごめんなさい考え事をしてて!」

 「はは、いいさ。初めてのことで緊張するだろうしね」

 「はははは初めて!?」

 「ああああ!? 水樹、手! 手を握りつぶしてる!?」

 「あ、ごめんなさい!?」

 「なにやっているのよ」


 変な考えを振り払い、私はすぐにリーチェちゃんを頭に乗せて魔力を風太君へ。

 リーチェちゃんという精霊を媒介して世界樹から出てきたウィンディア様を彼へと送り込む――


 「こ、これは……! う、ぐうううう……す、凄い力だ!?」

 『我慢してねフウタ! これができないと世界樹に勇者の力を分けられないから!』

 「くううう……!」

 「水樹! ちょっと、大丈夫なのリーチェ!」


 ウィンディア様を風太君へと意識した瞬間、私と風太君の間に繋がった魔力の橋を通じて移動を始める。

 憑りついているというわけではなく、体の中へ入り込むのと同義なのだけどこれは予想外にきつい……!!


 「力の暴力だよこれは……!」

 『拒否するんじゃない、受け入れるのよ! リクがかつてわたしを創った時と同じように!』

 「……! くううううう!!」

 

 リクさんも同じようなことをやっていたんだと私達三人は驚き、それと同時に風太君が手に力を込めた。リクさんの凄いところは男女問わず、誰からも頼りにされるということだよね。


 そう思ったところで不意に自分の身体が楽になったような気がする。


 『自然に身を任せるのです。暴風ではなく穏やかな風を――』

 「あ……」

 「い、今、声が! う……!」


 直後、私から風太君へウィンディア様が移動したような感じがして体に力が入らなくなった。


 「水樹!」

 「あ、夏那……ちゃん」


 そのまま私の意識は遠くなり、ゆっくりと目を閉じた。



 ◆ ◇ ◆



 「ミズキさん!?」

 「水樹!」

 「水樹!? これ……は……!!」

 

 目の前で水樹が倒れてポリンさんと僕、それと夏那が声を上げる。支えようとした僕の体は電気に痺れたようになり動けなかった。


 そして夏那が水樹を助けている中、僕の頭に声が響く。


 『フウタ様……ありがとうございます。これでしばらく世界樹は息を吹き返すでしょう』

 「あなたがウィンディア様?」

 『はい。ここからあなたの力を世界樹へ送り込みます。力が弱くなるというようなことはないのでご安心くださいね』

 「は、はあ……」

 

 僕が生返事をしているとリーチェが鼻先に飛んできて言う。


 『ウィンディアの存在を受け入れたのね。わかるわ』

 「あ、うん。今から世界樹へ力を送るらしいよ。ちょっと見てきてくれるかい?」

 『オッケー。ポリン、長さん、行くわよ』

 「お、おお……承知しました」

 

 慌ただしく駆けていく長さん達を横目に僕は夏那と一緒に水樹を支える。そこで遠目に見えていた世界樹が薄緑色の光をうっすらと放ち始めた。


 『世界樹に力が満ちてきました。ありがとうございますフウタ様』

 「そう、ですね。でも一時的なものなんですよね」

 「……? ウィンディア様と話しているの?」

 『これならいけそうですわね』


 夏那の言葉に頷いていると、ウィンディア様が僕達の前に姿を現す。うっすらとホログラムみたいな感じだけど。


 『あなたがもう一人の勇者ですね』

 「うわ、びっくりした……!? 結局、上手くいったってことでいいの?」

 『そうですね。まさか少しとはいえ顕現できるとは思いませんでした。勇者の力は昔、呼ばれた人間よりも強いかもしれませんね』

 「力が欲しい訳じゃないんだけどね。話は後だ、水樹を休ませないと」

 「そうね」


 僕達は水樹をエルフが作ってくれた家へ運び休ませ、しばらく待っていると世界樹の様子を見に行っていたリーチェがサムズアップをしてウインクをする。


 後は聖木についての交渉だけか……。

 それにしても魔王は倒さないと世界樹は枯れる可能性があるとは思わなかった。リクさんはどうするんだろう?

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